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新野氏 今回は、デジタルマーケティングの支援ビジネスでマーケティング業界を牽引するネットイヤーグループの石黒さんに、「経営とビッグデータ」をテーマにお話をうかがいたいと思います。まずは御社のビジネスにおいて、“経営とデータの関係”をどのように捉えていらっしゃるのか、ご解説いただけますか。
石黒不二代氏 ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO |
石黒氏 ネットイヤーグループは、マーケティング活動の中核にWebを位置付けることで、顧客と企業の関係を強化する「Webセントリックマーケティング」を提唱しています。このWebというのは通常のWebサイトだけを指すのではなく、マルチデバイス・マルチスクリーンで見ることができる自社サイトすべてのことなのですが、その重要なインフラとなるのが、顧客と企業を結ぶ“統合的なデジタルマーケティングプラットフォーム”です。
このデジタルプラットフォームとは、非常に大きな概念です。具体的には、“自社メディア”である企業ホームページをはじめ、Eコマース、ブログ、またTwitter、Facebookといったソーシャルメディアや、情報の流入元であるマスメディアを融合させて、これらのメディア情報を分析することによる“より親密で深いコミュニケーションが図れるプラットフォーム”のことを意味しています。
さらにはこうしたインフラを、リアル店舗での販売業務や日ごろの営業活動などで得られるアナログデータとも連携させて、あらゆる顧客接点の情報を融合させ“統合的なデジタルマーケティングプラットフォーム”を作ることが、これからの企業経営の発展には欠かせない要素になると私たちは考えています。そして、そのプラットフォームを形作る最も重要なものは何かと言いますと、まさに「データ」なんですね。
新野淳一氏 Publickey主宰 ITジャーナリスト |
ただ、そのプラットフォームへのデータの入り方が近年は実に多様化しています。スマートフォンやタブレット、PCといった「デバイスの多様化」と、非定型なつぶやきや画像・動画なども含めた「データの種類の多様化」によって、プラットフォームを形作るデータが非常に複雑かつ膨大になってきているのが最近の傾向です。
新野氏 なるほど。それに従って、言わば顧客とのコミュニケーション基盤となる情報プラットフォームを適切に整備する重要性も、どんどん増してきているということですね。
石黒氏 その通りです。顧客接点の多くがデジタル化されてきたことにより、すぐに使える情報もたくさん入ってきますが、一方で、蓄積されてはいるものの、使われることなく眠っているデータもたくさんあります。そこへ日々、新しいデータが間断なく入ってくる。つまり、データを収集・蓄積するスピードに“活用”が追い付いていない。ならば、急速に進化してきたITの力で、プラットフォームに蓄積されたデータを迅速かつ効率的に分析し、その結果をよりタイムリーに経営力の強化に生かすことはできないか――そうしたモチベーションが高まってきたのが、現在のビッグデータ時代ということになるのではないでしょうか。
新野氏 顧客との関係作りにおいて、データの重要性が一層向上しているとともに、データの量や種類も増えている。そんな中、「データをどう活用していけばいいのか」というテーマは経営力強化のための重要なポイントになりますね。
石黒氏 言ってみれば「マーケティング=経営」ですから、自社メディアやソーシャルメディアなどから収集したビッグデータをどう生かすのかは、業種を問わず、全ての企業にとっての共通課題だと言えると思います。しかしこれまで、多くの日本企業は「マーケティング」という概念を「広告宣伝」や「一部のプロダクトマーケティング(商品企画)」としてしか捉えてこなかったのではないでしょうか。
実際はR&Dから商品開発、営業、販売、宣伝、カスタマーサポートといった全ての活動に、顧客の声をはじめとするマーケティングデータが寄与するにもかかわらず、そこにデータを生かす発想がなく、あったとしても具体的な活動にはあまり反映されていなかったと思うんです。これを実行すれば、企業内で生産性が低かった部分にも間違いなく望ましい効果が出てきますから、日本の企業成長、経済成長にも大きく貢献するはずです。
新野氏 なるほど。「マーケティング=経営」とは非常に分かりやすい捉え方ですね。だとすると、マーケティングで必須となるデータの重要性が増している現在は、「データ分析=経営」と言ってもいい。
石黒氏 その通りです。言わばデータがマーケティングのツールとなって、マーケティングが経営に貢献するというロジックです。その意味で私は、今後“ビッグデータ”がマーケティングや経営の在り方を大きく変えていくと考えています。
その象徴的な例として「購買前のデータが取れる」ことが挙げられます。従来、マーケティングで活用されてきたデータのほとんどは購買以降のものでした。新商品の発売をCMなどで認知させ、さまざまな施策で関心を高めたとしても、当然ながら顧客のデータが取れるのは購買後です。「誰が、何を、どれほど、どれほどの頻度で買ってくれたのか」といった情報は、POSやポイントカードなどで取得するしかありませんでした。
ところが現在は、たとえ購買前でも、ソーシャルメディアというコミュニティを通じて、顧客が「どの商品に、どのような関心を持ち、どう評価しているのか」を知ることができます。また、自社メディアからはCookieや検索ワードの分析などを通じて、「どのような人が、サイト内の何を見て、どこへ出て行ったのか」が分かります。つまり、購買前の認知、興味、関心といったデータを、推測するのではなく、科学的に取得することができる。これは従来との大きな違いだと思います。
新野氏 “お客さまになった人”だけではなく、“お客さまになってくれそうな人”ともコミュニケーションできる。確かに、これは今までにない大きな価値となりますね。
石黒氏 そして、もう1つが「コンテキスト=文脈が分かる」ということです。リレーショナルデータベースで扱われる構造化データは、「性別」「年齢」「購買額」「購買頻度」といった、いわば“記号”や“数字”で表現できるデータです。だから、関係分析はしやすいが“気持ち”は分からない。しかし、ソーシャルメディアから収集される「私はこの商品が好き」「Aさんがいいと言っているらしい」「こんな色ならいいのに」といった非構造化データを自然言語解析技術を使って分析すれば、消費者動向の裏に隠れた“記号だけでは見えてこなかった文脈”も見えてきます。企業はそれを受けて、より迅速・適切に意思決定を行い、“顧客との、より親密で深いコミュニケーション”を図ることができます。
ビッグデータ時代では、こうした「ソーシャルCRM」をさまざまな分析ツールを使いながら実践し、今まで聞くことができなかった有益な顧客の声を拾い上げ、社内で横断的に共有・活用できる環境を作る――言わば“社内データのソーシャル化”を図っていくことが重要だと思います。そうすることによって、顧客の志向の多様化に対応した、より精度の高いマーケティングやブランディングを実践でき、おのずとエンゲージメントの強化につながっていくのではないでしょうか。
新野氏 顧客同士がソーシャルメディアでつながっている今、「企業内のデータもソーシャル化していかねばならない」というのは非常に重要な指摘だと思います。では、そうした情報活用の実現に向けて、これから企業は何をすべきだとお考えですか?
石黒氏 そうですね。まずデータを使う目的、分析する目的を明確化することが重要だと思います。例えば「自社メディアのログ分析は始めている」という企業はすでにたくさんあります。しかし、「レポートを見て次のアクションにつなげていこう」という企業はまだ非常に少ないのが現状です。なぜなら、ログが膨大過ぎて手が回らないこともありますが、明確な目的なしに分析しているケースが多いからです。
つまり、「どのデータを使って何をすればいいのか分からない」といった具合に、「データ活用のシナリオ作り」をしていないんですね。ですから、今後、マーケターは、「どのようなビジョンに基づいて、何のデータを、何の目的に向けて解析するのか」というシナリオを作ることが必須になると思います。
新野氏 なるほど。それを自社メディアの話に当てはめれば、これまでなら「新しいコンテンツへのPV(Page View)が増えました」「それは良かった」で終わるところでしょうが、これからは「サイトを訪れた顧客を、自社のマーケティングにどう結び付けるか」というシナリオこそが重要ということですね。
石黒氏 また、そうしたシナリオを考える際には“分析の視点”も重要になってきます。例えば自社のWebサイト分析なら、「何をKPI(Key Performance Indicator)にするか」が非常に重要なポイントになります。先ほどのPVだって、ユーザーの導線が悪いなど、サイトの作り方が悪いために増えることもありますから、KPIが不可欠となるんです。重視するのは訪問客のコンバージョン率なのか、PVなのか、それを決めるのは、財務諸表において売上率と利益率のどちらに重きを置いているのかという判断と同じようなものです。
すなわち、まずは企業としての大方針がなければKPI、すなわち分析の視点もなかなか決められません。だからこそ、まずは経営トップのビジョンが非常に重要であり、それを踏まえてマーケターが各部門の戦略におけるKPIやKGI(Key Goal Indicator)を決めて分析していくことが求められるのです。
新野氏 これまで日本企業は、ビジョンを明確化する、打ち出すといったことが少し苦手だったようですが、そうも言っていられませんね。
石黒氏 昔は日本でも強固なリーダーシップを持つ経営者がいましたが、最近はボトムアップで企業経営を強化してきた会社が多いように思います。それはそれで日本の特質なのかもしれませんが、そろそろ自社のコアコンピタンスをきちんと洗い出し、明確なビジョンを発信する重要性も再認識する必要があると思います。ソーシャルの声は非常に重要ですが、そこから新しい知見やビッグアイデアを見出すためには、まず企業自身が強い意志、ビジョンを持ち、それに沿って“データを見る目”を養わなければなりません。その部分を怠らないことが大事です。
新野氏 そうですね。しかし一般的に言って、分析の視点を明確化できても、分析スキルの問題もありますし、そうしたスキルは一朝一夕に獲得できるものでもありません。ビッグデータへの対応を早急に行いたい場合、外部の知見や専門的なサービスを使ってみるという選択肢もありそうですね。
石黒氏 インフラの構築ばかりに時間をかけていても、市場はどんどん変わっていきますし、新技術も次々と出てきますからね。従って、自社のビジョンや戦略、目的に合った分析手法、ツール群を組み合わせていくことが必要でしょうね。そこで重要となるのが、本当にやりたいことをきちんと理解し、シナリオ作りもサポートしてくれるベンダを選ぶことです。「このインフラとこのツールを組み合わせればそれができます」と、明確に回答できるベンダと協業していくことだと思います。
新野氏 日本では長らく経済の低迷が続いていますが、今回お話いただいたような認識が広がると、まだまだ成長への期待が持てそうですね。
石黒氏 日本企業は欧米に比べて、マーケティング活動や先進的なITの活用が遅れていた分、業務効率や利益率を上げるポテンシャルをまだまだ秘めていると思います。明確なビジョンと目的意識の下でビッグデータをうまく活用して、コミュニケーションの在り方を継続的に改善し、顧客とのエンゲージメントを深めていく――これが日本の企業成長、経済成長につながる道だと私は信じています。
新野氏 これから一歩踏み出そうと考えている企業の皆さんに、とても心強いメッセージをいただいた気がします。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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