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〜ビッグデータ対談 第4回 環境と社会編〜
慶応義塾大学 環境情報学部教授 中村修氏に聞く

“実空間の大量データ”を
どう社会の価値に還元するか


ものづくり、経営、医療など、ビッグデータ利活用の適用範囲は実に幅広い。ではそうしたあらゆる適用分野を全て内包する、“環境”“社会”という大きな枠組みの中では、ビッグデータはどのような価値をもたらしてくれるのだろうか。データのオーナーシップ、プライバシーの問題も含め、慶応義塾大学 環境情報学部教授 中村修氏とITジャーナリストの新野淳一氏が、社会におけるビッグデータ利活用の在り方を占う。

データによる“実空間と仮想空間の融合”

新野氏 今回は慶応義塾大学 環境情報学部で研究と教育に携わっていらっしゃる中村修さんに、ビッグデータと社会のかかわりについてお話を伺いたいと思います。中村先生と言えば、同学部の村井純先生らとともに、長くインターネットの研究と普及にかかわってこられたことがよく知られていますね。

中村修氏
慶応義塾大学 環境情報学部 教授

中村氏 はい。1980年代、まだ日本にインターネットがなかった時代に、村井先生らと大学間ネットワークなどを構築してインターネットの研究と実践を始めました。以来、ずっと基本的にはインターネット関連の研究に携わっています。最近では主に、IPv6関連の研究や活動に取り組んでいます。

新野氏 一方で先生は、環境クラウドビジネス推進タスクフォースの会長も務めておられます。また、所属先が環境情報学部ということもあり、コンピュータテクノロジそのものの研究だけではなく、“テクノロジと社会のかかわり”までを射程にとらえた幅広い研究をされているという印象があります。

中村氏 そうですね。コンピュータやネットワークそのものの研究もさることながら、それ以上に、コンピュータの普及やネットワーク化によって、「あらゆる人がコンピュータを利用できるようになった結果、どのような世界が実現できるのか」といったことを研究対象にしてきました。

 かつて私が学生だったころは、コンピュータを使うためにはコンピュータルームに出向いて、割り当てられた時間だけ「使わせてもらう」というイメージでした。しかしコンピュータと人の関係は、本来、人が主体であるべきです。その後、ネットワーク技術の発達により、人が行く先々でコンピュータを利用できるユビキタスコンピューティングが提唱されましたが、さらに今日ではモバイル技術の発達により、コンピュータは常に人が手に持っていつでも使えるようになりました。

新野淳一氏
Publickey主宰 ITジャーナリスト

新野氏 その結果、コンピュータは人にとってより役立つものになってきた、かなり人間主体の関係性ができてきたということですね。

中村氏 そうですね。今後はこうした傾向がさらに強くなっていくのではないかと考えています。というのも、現在はコンピュータやネットワーク、モバイル技術が高度化したことで、ITが支える仮想空間が極めてリッチになり、さまざまな情報がそこに蓄積されるようになっています。一方で、私たちが暮らす実空間の情報も、センサなどを通じてどんどん仮想空間に吸い上げられるようになっています。こうしたことを通じて、「実空間と仮想空間をいかに近づけ、連携させていくか」ということを、現在の主な研究テーマにしているんです。

新野氏 私たちが暮らしている物理的な空間と仮想空間が、情報を通じて有機的につながっていく――これがこれからの世界像だということですね。そうした世界では、具体的にはどのようなメリットがもたらされるのでしょうか?

中村氏 分かりやすい例としては、われわれが研究を進めている「プローブカー」が挙げられます。これは、自動車の走行情報をセンサやGPSデバイスを通じて集め、それに対して統計・分析処理をほどこすことで、何か社会に役立つ知見を導き出せないか、という取り組みです。

 例えば、東日本大震災の直後にカーナビのGPS情報を基に、通行可能な道路を表示するサービスがいくつか登場しましたが、これもプローブカーの研究成果の1つです。プローブカーの例以外にも、気温やCO2排出量、電力消費量など、実空間のさまざまな情報をセンサを通じて仮想空間であるクラウド環境上に収集・蓄積し、分析することで、社会に役立つさまざまな知見が得られつつあります。

情報は、果たして誰のもの?

新野氏 ところで、中村先生が会長を務めていらっしゃる環境クラウドビジネス推進タスクフォースの活動も、まさにセンサやクラウドを活用して環境に関する情報を収集し、それらを分析することで知見を引き出そうという取り組みですね。

中村氏 そうですね。地球温暖化防止やCO2削減のためには電力消費量を減らす必要がありますが、そのためには、まず「電気がどのように、どのくらい使われているか」を可視化しなくてはなりません。

 いわゆる「スマートグリッド」の取り組みですね。いくつかの地方自治体の協力を得て、公共機関の建物の電力消費データをクラウド上に収集、解析するという実証実験も行いました。

新野氏 非常に興味深い取り組みですが、実際に行ってみて、どのような成果や課題が見えてきたのでしょうか?

中村氏 第一に、こうした仕組みは比較的コストを掛けずに実現できることが分かりました。センサデバイスはさほど高価なものではありませんし、クラウドサービスも安価なものが複数あります。ネットワークインフラも日本では整備が進んでいますから、データを収集すること自体は、技術的にもコスト的にもさほどハードルは高くないことが分かりました。

 逆に、最も大きな課題として挙がったのが、データのオーナーシップやプライバシーにまつわる問題です。企業や組織、一般家庭の電力消費に関する情報を、果たして外部の第三者に公開して良いものなのかどうか――これは非常に難しい問題で、環境クラウドビジネス推進タスクフォースにおいても、こうした情報を扱う際のガイドライン策定が今後の重点課題になると考えています。

新野氏 なるほど。「センサで収集した情報は、果たして誰のものなのか」――それは「センサを設置した人のもの」とも言えますし、公共性の高い情報であれば「みんなのもの」という考え方もできますね。

中村氏 これは今後、ビッグデータの活用を考えていく上で、極めて重要なポイントになると思います。ただ個人的には、企業が取得した顧客データや販売履歴データなどは、当然その企業や顧客に帰属しますが、電力消費量や温度、交通量など、“われわれ全員が共有している環境”に関する情報についてはオープンにして、みんなで共有できる仕組みを作ることが重要ではないかと考えています。そうすれば、環境のデータを社会全体の利益に還元することができるわけですから。

新野氏 ただ、“プライバシーとの兼ね合い”はなかなか難しい問題ですね。

中村氏 そうですね。環境データをクラウド上に収集すること自体に問題はないと思いますが、それらのデータを悪用されないよう、アクセス制限をかけるなどセキュリティをきちんと担保することは大前提と言えます。しかし、プライバシーの問題に配慮し、こうした課題をクリアできれば、ある程度まとまった量のパブリックなデータを分析することで、単なるセンサデータが社会に役立つ“情報”に変わり、さまざまなメリットを享受できるようになるのではないでしょうか。

膨大なデータから価値を見出す“目”が必要

新野氏 さて、ここまでは中村先生が日ごろ取り組まれている「社会全体」という大きな枠組みの中でビッグデータ利活用を考えてきましたが、一方で、企業におけるビッグデータ利活用の現況をどのように見ていらっしゃいますか?

中村氏 実は先日、ある企業の方とお話しする機会があったんですが、「データはたくさん持っているものの、『それを使って何が分かるのか』が分からない」と言うんです。これは明らかに順番が逆ですよね。本来は「○○を知りたい」という目的が先に来るはずです。それに、分析のためのITプラットフォームを構築するにしても、その目的によってアーキテクチャやデータの持ち方は変わってきます。例えば在庫データや売上データなど、一定量のデータの分析なら、現在のコンピュータの性能をもってすれば、オーソドックスなファイルシステムとシェルプログラミングだけでも十分に処理できます。

 昨今、「ビッグデータ」や「分析」というと、すぐに「Hadoop」と連想するような風潮がありますが、必ずしも大掛かりな並列分散処理を行う必要はありません。企業においては、この辺りの認識が逆転している例も少なくないのではないでしょうか。まず目的があって、そこから適切な手段に落とし込む――ビッグデータ利活用においても、IT活用の基本アプローチは変わりません。

新野氏 そうなると、自社におけるビッグデータ利活用の目的と価値をきちんと理解した上で、それを的確にアーキテクチャに落とし込める人材が必要になりますね。

中村氏 その通りです。これまでITの専門家は、まず課題を与えられて、「その解決のためにいかにITを使うか」といったように考えてきました。しかし現在、ITは“すでにある課題を解決するもの”であると同時に、“新たな価値を生み出す攻めのツール”としても使うことが求められています。従って、今後ITの専門家には、“あらゆるデータ活用の在り方に最適なシステムを柔軟に提案できる能力”が強く求められるようになると思います。

新野氏 それと同時に、データを分析するスキルを持った人材も必要ですね。

中村氏 はい。単にコンピュータと大量のデータがあるだけでは、何の意味もありません。「目的に応じて、どのようなデータを集め、どのように分析すれば有益な知見を引き出せるのか」という、ビジョン実現のためのデータ活用のシナリオをきちんと考えられるデータアナリストが不可欠です。従って、ビッグデータの時代においては、「利用者=データを有効に使いたい人」「そのためのシステムを考える人」「データをどう分析すべきかを考える人」という三者でトライアングルを形成することが非常に重要になると思います。

新野氏 なるほど。では最後に、今後のビッグデータ利活用の進展について、先生の展望をお聞かせいただけますか。

中村氏 現在はセンサデバイスや、クラウドなどのインフラ、そしてビッグデータ分析のためのさまざまな技術がひと通り出揃い、ビッグデータ利活用のさまざまな可能性が明確に見えてきた段階だと思います。それと同時に、データのオーナーシップやプライバシー保護などの問題があり、なかなか前へ踏み出せない状況でもあります。

 こうした状況を打破するためには、ITベンダが中心となり、“データから引き出せる価値”を社会に向けてどんどん提示していくことが重要だと思います。そうした中で、ビッグデータ利活用に対する社会の関心が高まれば、データのオーナーシップに対する関心も高まり、そのための制度設計も進展しやすい機運が生まれてくるのではないでしょうか。

 ビッグデータの向こうには、ビジネスや社会、そしてわれわれの生活をより良いものに変える、実に多様な可能性が開けています。ですから今は何よりも、ビッグデータから引き出せる価値を、企業や社会全体でポジティブに模索していくことが大切だと思いますね。

ビッグデータ利活用に向けた日立の取り組み

データ・アナリティクス・マイスターが顧客とともに形成する
データを価値に昇華する“三者間トライアングル”


 われわれが暮らす実空間の情報を、センサを通じて仮想空間に集め、分析によって引き出した価値を再び実空間にフィードバックする――対談でもこうした「実空間と仮想空間の融合」が語られたが、これは決して“これからの話”などではない。すでに至るところでこうした取り組みが始まっている。

 日立が研究開発している「人流ソリューション」もそうした取り組みの1つだ。これは「人の移動」に関する大量のデータを収集・分析し、人の流れの可視化や予測を通じて、快適で経済性の高い空間デザインの実現を支援するというもので、すでに多方面で実績を挙げている。例えば、駅の商業施設「エキナカ」の活性化を図るプロジェクトでは、レーザーレーダと改札データから人流のデータを取得。それを基に、施設内の導線をシミュレーションし、店舗への誘導を改善する取り組みを実施している。



 ただし、こうした高度な分析やシミュレーションは、データを取得するためのセンサデバイスや、大量データを高速処理する高性能なITプラットフォームだけで実現することは難しい。対談で中村教授も指摘していたように、データ分析の高度なスキルをもった「人」の存在が不可欠となる。

 日立において、その役割を担っているのが「データ・アナリティクス・マイスター」と呼ぶデータ分析のスペシャリスト集団だ。彼らは「ビッグデータを使って何を実現できるのか」というビジョンの策定から、実際のビッグデータ活用のシナリオ策定、それに基づくソリューションの効果検証から実際のシステム構築まで、ビッグデータ利活用の全フェーズを支援する。

 すなわち、「データをどう分析すべきかを考える人」「そのためのシステムを考える人」の役割をデータ・アナリティクス・マイスターが担うことで、「データを有効に使いたい人」である顧客とともに、“ビッグデータ利活用のトライアングル”を形成するのである。先のエキナカ活性化の事例も、この“三者間の協働体制”が優れた成果を挙げた格好だ。


 さらに日立では、そうしたビッグデータ利活用のための体制を、ビジネス分野だけではなく自然環境分野にも生かしている。その1つが、2012年7月に完成した日立の横浜事業所にある新社屋で進めている「快適eco」プロジェクトだ。

 これは活動効率と省電力のバランスを見極め、空調設備の稼働を最適化するという取り組み。具体的には、社屋全体の電力使用量を収集するとともに、「体感温度や服装に関する社員アンケート」のデータをオンラインで収集。両データを掛け合わせることで、電力使用量と活動効率の相関関係を割り出し、理想的な稼働状態になるよう空調設備をコントロールするというもの。

 日立では、そうしたデータを可視化する「快適ecoモニタ」を新社屋の至る所に設置。マイスターをはじめとする日立の関係者が協力して 作り上げた“生きた事例”を来社した顧客に見せることで、ビッグデータ利活用の可能性を実感してもらうための取り組みだ。

 実空間の情報をどのように収集・分析し、社会全体の価値として還元していくのか――今後、企業におけるビッグデータ利活用が進展していくに従い、このテーマはますます重要なものとなっていくことだろう。ものづくり、経営、医療、環境など、ビッグデータ利活用の適用分野は実に幅広いが、日立では、今後もさまざまなビッグデータ・ソリューションを使ったあらゆる分野への価値提供を通じて、“より良い社会”への変革という壮大なテーマを、顧客企業とともに真摯に追求していきたい考えだ。


 関連リンク
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提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画
制作:@IT情報マネジメント編集部
掲載内容有効期限:2012年10月31日