アジルマニュファクチャリング(あじるまにゅふぁくちゃりんぐ)情報システム用語事典

agile manufacturing / アジル生産 / アジャイルマニュファクチャリング

» 2009年04月28日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 製造業における生産コンセプトの1つで、激しい市場変化や顧客の個別ニーズに対応するために複数の企業が連携して、短期間のうちにカスタマイズ製品を開発・製造すること。こうした俊敏性(アジリティ)や市場即応能力を備える企業を「アジルカンパニー」「アジルマニュファクチャリング・エンタープライズ」、俊敏性を競争力の源泉と考えて行う経営を「アジル経営」、俊敏性をベースに行われる競争を「アジルコンペティション」という。

 アジルマニュファクチャリングは、規格品の大量生産による効率化・コスト競争、あるいは製品の機能性や品質による競争とは違い、顧客の購買機会に焦点を当てた製造業の競争戦略である。急な注文や仕様変更に対しても柔軟に対応を行い、迅速に納品することで顧客価値を高めることを目指す。

 メーカーが予期せぬ注文に対応するには、あらかじめ多様な能力・知識・設備などを準備しておく必要があるが、製品が複雑化した今日、それらすべてを1つの企業が保有することは困難である。そこでインターネットなどを使って一芸に秀でた企業を募り、異なる能力を結集することで特注品や新製品を短期のうちに開発・生産する体制を作り出す方法が提案された。これがアジルマニュファクチャリングである。従ってアジルカンパニーは企業内だけでなく、企業間でも情報を共有し、フレキシブルに協業し合う能力が必須になる。

 JIS用語(JIS Z 8141)では、アジルマニュファクチャリングを「コアコンピタンス(核となる固有技術)をもつ複数の企業が連携して、特定の顧客のために高品質の製品をスピーディに開発し、限られた量を生産する方式」と定義している。

 アジルマニュファクチャリングはもともと、米国製造業がグローバルな競争力を取り戻すための道筋を示すビジョンとして米国リーハイ大学のアイアコッカ財団が打ち出したものである。これは米国議会の要請に基づいて国防総省がアイアコッカ研究所に依頼した調査・研究から導かれたもので、同研究所ではロジャー・N・ネーゲル(Roger N. Nagel)やリック・ドーヴ(Rick Dove)らを中心に米国の有力企業13社のエグゼクティブからなるチームを編成、合宿討議を繰り返して、1991年11月に報告書「21st Century Manufacturing Enterprise Strategy」をまとめた。

 この報告書では湾岸戦争における事例を採り上げている。1990年末、開戦必至の情勢を前に米国陸軍は砂漠戦に必要となる新たな敵味方識別装置の発注を急きょ行うことになった。しかし、仕様の決定や発注先の選定などに手間取り、実際に発注されたのは開戦の1カ月後だった(この間は空爆が主体で、陸軍部隊はまだイラク周辺で準備中だった)。装置製造企業は受注から5日後にプロトタイプを納入、その1週間後には数百台が前線に届けられた。発注から投入まで2週間のスピード生産であった。

 アジルマニュファクチャリングで用いられる技法は、リーン生産コンカレント・エンジニアリングBPR、系列などの日本的経営に由来する経営手法の影響を受けている。ただし、日本型のフレキシブル生産は企業の立場から効率化を狙ったものだが、アジルマニュファクチャリングは顧客や消費者に価値を提供するために多品種少量生産を志向するものであって、不連続に変化する市場と対話しながらニーズを探り当て、素早く製品を納品・市場投入することを眼目とする。

 ネーゲルらはアジルマニュファクチャリングを、次の7つのコンセプトにまとめている。

  1. 予期せぬ、絶え間ない変化の続く経営環境
  2. いかなる場合でも、チャンスを素早くつかむ俊敏性
  3. 顧客を感動させ、満足させる魅力的な品質
  4. 地球・環境保護に対する責任
  5. バーチャルエンタープライズとバーチャル生産システム
  6. 世界中の企業活動を結ぶ情報通信基盤の確立
  7. 長期的な成長・発展を達成する人的資源への継続投資

 “アジル(アジャイル)”は1990年代の米国産業界で一種の流行語となり、製造業以外にも波及した。ジェームズ・マーチン(James Martin)は著書『Cybercorp』(1996年)で、「俊敏さは、単に製造分野だけでなく、すべてのタイプの企業活動に適用されるべきものだ。うまくいけば、各企業から最も卓越したコアコンピタンスを糾合し、超一流の能力を構築できる」と述べている。1999年に提唱されたアジャイルソフトウェア開発にも影響を見ることができる。

参考文献

▼『アジル・コンペティション――「速い経営」が企業を変える』 スティーブン・L・ゴールドマン、ロジャー・N・ネーゲル、ケネス・プライス=著/紺野登=訳/野中郁次郎=監修/日本経済新聞社/1996年4月(『Agile Competitors and Virtual Organizations: Strategies for Enriching the Customer』の邦訳)

▼『アジル生産システム―――速い経営・速い生産』 野口恒=著/生産性出版/1997年3月

▼『経営の未来』 ジェームズ・マーチン=著/前田俊一=訳/ティービーエス・ブリタニカ/1997年5月(『Cybercorp: the Business Revolution』の邦訳)

▼「21ST Century Manufacturing Enterprise Strategy Report」 Roger N. Nagel=編・著/1992年


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