AHP(えいえいちぴー)情報システム用語事典

analytic hierarchy process / 階層化意思決定法 / 階層分析法

» 2007年12月17日 00時00分 公開

 多基準の選択問題があるとき、これを目標・評価基準・代替案の階層構造に整理したうえで、各階層における要素同士の相対的な重要度をシステマチックに導き出し、それらを総合することで最適な評価・選択を図ろうという意思決定手法のこと。

 いくつかの候補から選択や順位付け、分配することをせまられたとき、人間は何らかの評価基準に照らして決定を行う。しかし、一般に評価基準は複数あり、しかも必ずしもすべての基準を同時に満たす決定ができるわけではない。こうしたとき、どの評価基準をどれだけ重視するかなどを、「一対比較法」と呼ばれる心理学的測定法を援用して、質問に対する答えから計算で数値化し、その重み付けした評価基準と代替案の評価から最適な優先順位・配分率の決定を行おうというのがAHPである。感性や好みなどの定性的な要素を定量的に扱うことができ、さらに手順が比較的分かりやすく、ステップにしたがって単純化された個別の判定を行うだけで、数学的に合理的な結果が得られるハイブリッドな手法である。

 考案したのは、数学者・OR研究者で米国ピッツバーグ大学カーツ経営学大学院の主任教授 トーマス・L・サーティ(Thomas L. Saaty)である。米国防総省や国務省で対ソ戦略や軍縮問題に取り組んだ経験のあるサーティは、ペンシルバニア大学ウォートン校教授だった1971年に、構造がはっきりしない意思決定問題にも適用できる方法としてAHPを発表、1979年にピッツバーグ大学に移った後もその発展と普及に努めている。

 AHPの手順は次のとおり。まず課題を「目標」−「評価基準」−「代替案」の視点で分解し、各要素を階層化する。具体的には下図のような階層図に書き表わす。最上層の目標(goal)は最終目的なので、1つだけ置く。その下には評価基準(criterion)を、最下層に選択可能な候補・選択肢であるを代替案(alternative)を配置する。評価基準・代替案は多重階層(複数レベル)になってもよい(同一階層での要素が多くなるほど一対比較※後述の作業量が爆発的に増加するため、要素が5〜9以上になる場合は整理した方がよいとされる)。

ALT AHP階層図の例

 次に階層化された評価基準・代替案の各階層で、要素間の相対的な重要度(ウェイト)の計算を行う。この基礎データの収集には“一対比較”が用いられる。一対比較は多数の比較対象を一度に評価するのではなく、一対(2つずつ)を取り出し、その優劣・好悪・大小を判定していく方法である。サーティのオリジナルAHPでは、同一階層にある要素から2つずつ、総当たりで相互比較し、1〜9の評価値を与えていく。例えば「結婚相手を選ぶに当たって、ルックスと性格ではどちらが重要か?」との問いに、「ルックスが極めて重要」という答えが得られれば、ルックスに9、性格に1/9(逆数)を与える。重要さが同程度の場合は、双方ともに1を付与する。こうした問いを「ルックスと収入」「性格と収入」というよう繰り返し、すべての組み合わせで結果が得られたら、その数値を行列形式にして固有ベクトルを求め、固有値から整合度(CI=consistency index、一対比較の答えに一貫性があるかどうかを見る指標)を、固有ベクトルから要素の重要度(ウェイト)を算出する。

 続けて、その下の階層(代替案)でも同様に一対比較する。下位階層の一対比較は上位階層の要素(評価基準)ごとに行い、それぞれにウェイトを求める。すべての階層のウェイトがそろったら、上位階層のウェイトを使って下位階層のウェイトを順次加重していくことで、代替案の総合ウェイト(最終評価)が得られる。

 AHPにはさまざまな研究者による多数のバリエーションがある。提唱者のサーティ自身、オリジナル手法(相対比較法と呼ばれる)を発展させ、代替案の評価を(基準ごとにすべて一対比較するのではなく)一対比較で求めた共通の尺度値で行う「絶対評価法」、同一階層にある要素同士に従属性がある場合に対応する「内部従属法」、異なる階層間に従属性・依存関係がある場合に対応する「外部従属法」、課題の構造を階層に限定せずにネットワーク関係へと一般化した「ANP」(analytic network process)、「NNP」(neural network process)などを提唱している。ほかにも特定の代替案で評価基準などを評価する方法(支配型AHP=木下・中西)、ファジィ計算を導入した方法(ファジィAHP)、一対比較値がそろっていない場合の方法(不完全情報AHP)などがある。

 相対比較法の重要度計算法としては、サーティの固有ベクトル法のほか、幾何平均法、対数最小二乗法、CIミニマム法などが提案されている。一対比較における評価値ではサーティの9段階(線形尺度)のほかに、5段階や3段階が使われることもある。また、指数尺度を推奨する研究者もいる。

 ORの分野ではそれまでの計量的な手法に対して、人間の自然な思考の流れ、意思決定者の主観的判断を積極的に取り入れた、柔軟な意思決定手法と位置付けられるが、数理統計学的に見れば多変量解析(主成分分析)と見なされ、計量心理学では一対比較法の1つと紹介される。

 AHPの適用範囲は広く、国際問題(紛争解決、軍事戦略など)から、国内問題(政治課題・政策決定、エネルギー・環境問題、都市計画など)、経営問題(長期計画策定、商品開発、営業企画・マーケティング、人事評価、プロジェクト選定、ポートフォリオ選択など)、そして個人の意思決定(就職、結婚、買い物)まで、さまざまな課題への実践・研究が行われている。

参考文献

▼『ゲーム感覚意思決定法』 刀根薫=著/日科技連出版社/1986年

『孫子の兵法の数学モデル――最適戦略を探る意思決定法AHP』 木下栄蔵=著/講談社ブルーバックス/1998年

▼『孫子の兵法の数学モデル 実践篇――意思決定支援ソフトAHPがすぐ使える』 木下栄蔵=著/講談社ブルーバックス/1998年

▼『問題解決のためのAHP入門――Excelの活用と実務的例題』 八巻直一、高井英造=著/日本評論社/2005年

▼『戦略的意思決定手法AHP』 木下栄蔵、大屋隆生=著/朝倉書店/2007年


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