需要曲線(じゅようきょくせん)情報マネジメント用語辞典

demand curve

» 2010年01月21日 00時00分 公開

 ある商品に関して消費者個人あるいは市場に提示された価格に対応する需要量を表したグラフのこと。ミクロ経済学における基礎ツールである。

 需要曲線を単純化して説明すると、「その商品の価格がXならば、どれだけの数量Yを買うか」を図示したものである。

 需要曲線の基本モデルは販売のための仕入れは考えず、価格以外の要因は変化しないことを想定する。このとき、ある財(商品)の価格Xが与えられると当該経済主体が効用最大化行動をとった場合、その購入量Yが決まる。これを主体的均衡というが、この組み合わせがすなわち「需要」である。この需要??XとYの組み合わせをプロットして作成したグラフを需要曲線という。

 需要曲線には、個別需要曲線と市場需要曲線がある。個別需要曲線は、個人や個別企業がある商品について価格Xを提示されたときの需要数量(購買数量)を表したものである。対して、市場に参加するすべての個人・企業の需要を同時に1つのグラフに表示し、市場全体の需要数量を表したものが市場需要曲線である。社会的需要曲線ともいう。

 需要曲線は通常、価格を縦軸に、需要数量を横軸にとった平面に描き、右下がりの曲線(直線)となる。これは価格が高くなれば購買数量(有効需要)は低下し、安くなれば購買数量が増加することを意味する。直観的には予算制約(限られた所得)の下で買いたいものの値段が下がれば、その分、多くを購入できるといった解釈もできるが、本来の需要曲線にはその背景に限界効用の理論がある。限界効用は数学的には「効用関数を財の消費量で微分したもの」と定義され、その意味において需要曲線は原点に対して凸型の双曲線となる。

 経済学における限界効用は個人の主観的便益をいい、実際の計測は困難なものとされる。従って需要曲線は理論的なものとされ、限界効用を無視できる場合、簡易に考える場合には直線で表現される。他方、マーケティングや消費者心理学などの分野では1970年代以降、POSデータなどを使って実際の販売実績から価格と販売量の関係を分析する研究が行われているが、そこではS字型/逆S字型の需要曲線が報告されている。

 需要曲線の傾きは、需要の価格弾力性を表す。横に寝た需要曲線は、価格のわずかな変化に対して需要が大きく反応することを示しており、これを「(需要が)価格弾力的」という。需要曲線が水平線の場合、弾力性が無限大を意味する。逆に縦に立った需要曲線は、価格の変動に対して需要の動きが鈍いことを示しており、これを「非弾力的」という。需要曲線が垂線となった場合は、弾力性が0であることを意味する。

 経済学的にいうと、右下がりの需要曲線は“需要の法則”が成立していることを説明するものである。需要の法則とは上述の“高価になれば需要が減る”“安価になれば需要は増える”ことをいい、この法則が成立する財を通常財という。これに対して需要曲線が右上がりになる財をギッフェン財という。これは理論的な財である。

 市場の需要は、市況や経済状況に左右される。消費者の消費性向が高まれば同じ価格でもよろ多くの需要が発生し、需要曲線は右方にシフト(移動)する。逆に左シフトする場合は、同じ価格では商品のはける量が減ることを示す。

 需要曲線単独では価格は所与のものとして登場するが本来、価格は需要と供給の関係で決まる。ミクロ経済学では需要曲線と供給曲線を1つのグラフに描き、その交点が市場価格であると説明する。すなわち、需要曲線は均衡理論理解のための最も基礎的な概念の1つと位置付けられる。

 限界効用の概念を背景した需要曲線を最初に用いたのは、フランスの土木技術者 ジュール・デュピュイ(Arsene Jules Emile Juvenal Dupuit)とされる。デュピュイは1844年の論文で公共物(橋梁)の社会的便益を相対的効用(後の消費者余剰)の概念で計測することを提唱し、それを説明する図として横軸に価格、縦軸に消費量を置いた消費曲線(courbe de consommation)を掲載した。

 今日、一般にみられる横軸に数量、縦軸に価格をとった供給曲線を示したのは、アルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall)である。マーシャルは、n個の財を需要する消費者がいるとき、そのn単位目の価格としていくら支払う意思があるかを示す図として需要曲線を描いた。これは1種類の財に対する消費者の主観的な効用を対象に貨幣の限界効用が一定という仮定を置いて議論を始めたもので、数量(需要数量)が独立変数、価格(需要価格)が従属変数となっている。

 しかし、所得効果や代替効果を含めて考察を行うと、ある財の数量が与えられたからといって価格が一意に定まるとはいえなくなる。そのため、需要曲線(需要関数)は所得効果・代替効果を考慮に入れた形に拡張され、価格を所与のパラメータとして与えると需要量が導かれるものとして定義されている。これを「マーシャルの需要曲線」と呼ぶ(なお、所得効果を補償して代替効果だけを示す需要曲線を「補償需要曲線」「ヒックスの需要曲線」という)。

 経済学ではマーシャル以来の伝統を守って独立変数である価格を縦軸に置くグラフとして描かれることがほとんどだが、マーケティング(プライシング)分野の文献では価格を横軸、数量を縦軸にとって描く例がしばしば見られる。

参考文献

▼『ミクロ経済学〈第2版〉』 伊藤元重=著/日本評論社/2003年11月

▼『スティグリッツ ミクロ経済学〈第3版〉』 ジョセフ・E・スティグリッツ、カール・E・ウォルシュ=著/藪下史郎、秋山太郎、蟻川靖浩、大阿久博、木立力、清野一治、宮田亮=訳/東洋経済新報社/2006年4月(『Economics -3rd ed.』の邦訳)

▼『クルーグマン ミクロ経済学』 ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルス=著/大山道広、石橋孝次、塩澤修平、白井義昌、大東一郎、玉田康成、蓬田守弘=訳/東洋経済新報社/2007年10月(『Economics』の部分訳』)

▼『基礎からのミクロ経済学』 河野正道=著/晃洋書房/2004年7月

▼『経済学原理〈第2版〉』 アルフレッド・マーシャル=著/永沢越郎=訳/岩波ブックサービスセンター/1991年1月(『Principles of Economics - 8th ed.』の邦訳)

▼『デュピュイ 公共事業と経済学』 ジュール・デュピュイ=著/栗田啓子=訳/日本経済評論社/2001年10月(『De la mesure de l'tilutedes travaux publics』の邦訳)

▼『プライシング・サイエンス――価格の不思議を探る』 杉田善弘、上田隆穂、守口剛=編著/同文舘出版/2005年9月


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