システムダイナミックス(しすてむだいなみっくす)情報システム用語事典

system dynamics

» 2009年03月31日 00時00分 公開

 時間の経過とともに変動するシステム(動的システム)の内部構造をモデル化して、その挙動をシミュレートすることで、対象システムの動的特性を解明しようとする方法論のこと。

 企業組織やサプライチェーン、市場といった産業システム、都市や国家、世界といった社会システムなど、人間の集団意思決定と多重フィードバックループを備えた複雑なシステムは、機械システムのような単純なシステムと異なり、その振る舞いを理解するのは簡単ではない。そこで、複雑なシステムを構成する各要素同士の相互作用(因果関係)を数学的に記述してステップ・バイ・ステップのシミュレーションを行い、その当てはまりを検討することで対象システムの内部構造の理解を深めていく方法がシステムダイナミックスである。

 この手法が対象とするのは、システムを構成する要素間にフィードバックによる非線形な相互作用があり、全体として自律調整や増幅、時間的遅れといった働きを内在する社会システムである。例えば経済・経営問題ならば、「人気商品は価格が上昇して需要が抑制される」(市場メカニズム)、「将来価値の上昇期待が現在価格が上げ、それがまた価格上昇につながる」(バブル経済)、「店頭需要の小さな変動が生産計画に大きな影響を及ぼす」(ブルウイップ効果)といったものだ。

 システムダイナミックスは1950年代に、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のジェイ・W・フォレスター(Jay Wright Forrester)が、産業プロセスの構造と挙動の関係を調べる手段として開発したもので、当初は「インダストリアルダイナミックス」と呼ばれた。やがて都市問題を考察する「アーバンダイナミックス」、世界の環境・資源問題を検討する「ワールドダイナミックス」などに発展、適用が広がったことから「システムダイナミックス」に改称された。「ソーシャルダイナミックス」ともいう。

 利用分野は、企業における製品・技術開発、生産計画、価格問題などの経営戦略から、国際関係や公共政策/社会問題、経済・産業問題、エネルギー・資源問題、環境・生態系問題、自然科学や社会科学の仮説構築まで、多岐にわたる。

 システムダイナミックスの基本認識は、システムの挙動として現われる具体的な出来事の背景に、それを生み出す“構造”があるというものである。その構造は産業システムであれば要員・資金・資材・設備・情報など、社会システムであれば人口・資本・資源・汚染などの諸要素の流れ(およびその滞りや遅れ)から成り、それらが複数の多重フィードバックループを形成していると考える。

 システムダイナミックスでは、このような諸要素の流れを「レベル」と「レイト」という概念を用いてモデル化し、変数間の関係を非線形の連立常微分方程式に数式化して、その初期値問題を解くことでシステムの挙動を再現、その構造を理解するとともに将来予測などを行う。

 「レベル」は「ストック」ともいい、システム内各所における諸要素の蓄積量をいう。産業システムならば在庫量や要員数、機械設備などである。「レイト」は諸要素の流れ(フロー)の大きさをいい、1日当たりの入出荷量や要員の増減などが該当する。レベルは要素フローの流入と流出の差から生じる累積値で、レイトの量・率を通じてのみ変化する。他方、レイトの値は任意のレベルの状態に応じて変化させることができる。例えば、在庫量(レベル)が一定の値を割り込んだので、入荷量(レイト)を大きくするといった場合がそれである。レベルの状態をレイトに知らせる流れを情報フロー(情報チャネル)といい、情報に応じてレイトの値を定めるポリシー(数式)を意思決定機構という。

ALT フローダイアグラムによる「単純なフィードバック」

 すなわち、レイトは要素フローを通じてレベルをコントロールし、レベルは情報フローでレイトをコントロールすることになり、レベル−レイト同士の関係はフィードバックループとして表現できる。このフィードバックループ=因果関係ループを基本構造としてシステムを表現するのが、システムダイナミックスモデル(SDモデル)の特徴である。

 システムダイナミックスのおおまかな手順は、まず採り上げる問題を決定し、その問題領域(システム境界)を設定する。次に対象システムを観測して情報を集め、そのシステムを表現するのに重要な要素(変数)を抽出する。それらの変数間の因果関係(フィードバックループ)を追跡し、その関係の強弱を定める意思決定機構を推定する。それら各要素をフローダイアグラムに表わしてSDモデルを構築、これを実行して対象システムの挙動と比較し、差が小さくなるようにモデルを修正する。この過程を通じて、対象の構造が明らかになる。

 初期のシステムダイナミックス(インダストリアルダイナミックス)ではモデル化/数式化は手作業で行われたが、現在は専用のコンピュータ・ソフトウェアが用いられ、インタラクティブな環境でフローダイアグラムを描画すると自動的に数式が定義できる。システムダイナミックスのモデリング/シミュレーションソフトウェアとしては、「Dynamo」「STELLA/iTHINK」「Powersim」「Vensim」「Dynasys」が知られている。

 システムダイナミックスの意義の1つは、対象システムの理解を深め、人々が持つメンタルモデルを共通化することである。多くの人間は「需要が倍になったから、生産量も倍にする」というように、単純な発想で意思決定を行っている。しかし、現実世界のものごとは、背後により複雑な構造を有している場合があり、表面的な理解で判断を行えば、誤りを犯すことになる。システムダイナミックスは一定の手順とフローダイアグラム、そしてシミュレーションツールを通じて、ものごとの構造を理解できる形に表現する。このうち、構造理解の部分だけ取り出した思考技法にシステムシンキングがある。

 また、システムダイナミックスはシステム構造を中心としたシミュレーション手法であり、パラメータへの依存度が小さいという特徴がある。従って、定量情報が不十分な場合でもモデルを推測によって構築してシミュレーションを実行し、リアルシステムへの当てはまり具合を観測することが可能である。これは利点といえるが、逆にいえばモデルの精度が低いとあいまいな結論しか導き出せないため、対象システムの十分な観測によるモデル検討が不可欠である。

 システムダイナミックスを創案したジェイ・W・フォレスターは、もともと自動制御およびコンピュータサイエンスの専門家で、対話型ディスプレイを持つ初期のデジタルコンピュータ「Whirlwind」や北米防空システム「SAGE」の開発を指揮した経験を持つ。これら大規模プロジェクトの困難さは技術の問題ではなく、マネジメントの不備から来るものと考えたフォレスターは、1956年にMITの経営大学院(現・MITスローンスクール)の教授に転じる。ここでGE(ゼネラルエレクトリック)からケンタッキーにある家電製品工場では2〜3年のサイクルでレイオフが発生している話を聞き、その分析を行った。紙とペンで行われたそのシミュレーションは、製造業の生産プロセスに制御工学の基本であるフィードバック概念を適用したもので、工場の雇用が不安定なのは景気変動のような外部要因ではなく、工場の構造的問題であることを示した。

 これをきっかけにフォレスターは、企業のオペレーション上の意思決定が構造問題にどう関係しているかを理解する方法として、“インダストリアルダイナミックス”の開発に着手し、1957年にはMIT Technology Review誌にその概要を「Systems Technology and Industrial Dynamics」として公表した。さらにフォレスターとその研究室のメンバーはこの手法にコンピュータの導入を図り、1958年にリチャード・ベネット(Richard Bennett)がモデリング言語「SIMPLE」を、1959年にはフィリス・フォックス(Phyllis Fox)とアレクサンダー・プック(Alexander Pugh)がその改良版であるDYNAMO Compilerを作り上げた。

 1961年までに定常状態システムに関するダイナミックスの研究が一応の完成を収め、その成果は『Industrial Dynamics』として出版された。このころから教育プログラムや教材が作られるようになり、適用範囲は企業・産業分析のほか、エンジニアリング、医学、心理学、経済学の諸分野に広がった。

 その後、研究範囲は成長するシステムのダイナミックスに拡張され、適用分野も1960年代後半になるとより大きな社会システム――都市にまで広がった。1968年、フォレスターは研究室が隣同士となった縁で、MITの都市問題客員教授のジョン・コリンズ(John Collins)と共同研究を始め、都市の成長・成熟・衰退のメカニズムの解明にインダストリアルダイナミックスを適用した。その成果は著書『Urban Dynamics』(1969年)にまとめられ、話題を呼んだ。

 1970年、ローマクラブはフォレスターをベルンの会合に招待した。ローマクラブはスイスに本拠を置く有識者のグローバルネットワークで、人口爆発などの“人類の難問”に懸念を表明し、その問題解明手段としてフォレスターの手法に注目したのである。この会合で自身の手法が人類の難問に適用可能であると答えたフォレスターは、帰りの飛行機の中で人口−経済−環境ダイナミックスに関するモデルの草案「World I」を作り、帰国後に改良版の「World II」を開発して、MITを訪問したローマクラブのメンバーに“ワールドダイナミックス”の説明を行った。その内容は『World Dynamics』として出版された。

 この成果を受けてローマクラブは本格的な研究を申し入れるが、フォレスター自身は都市問題(アーバンモデル)に取り組むことを考えていたため、弟子に当たるデニス・L・メドウズ(Dennis L. Meadows)に研究を奨めた。デニスはMITスローンスクールのシステムダイナミックス・グループの研究者16名をメンバーとするプロジェクトチームを指揮し、フォレスターのモデルをさらに精密化した「World3」を開発して、1900〜2100年の200年間の世界の人口・経済・環境に関する12のシナリオを作り上げた。研究結果は、ローマクラブの報告書『The Limits to Growth』(1972年)として出版され、(当時としては)刺激的な結論――21世紀の人口と経済成長は、地球資源と汚染排出に関係する制約によって限界に至る可能性がある――もあって、世界的なベストセラーとなった。

 この報告書でシステムダイナミックスは広く知られるところとなり、批判的な立場からのものも含めて数多くのワールドモデル、地域モデルが作られた。日本では実験プロジェクト「兵庫ダイナミックス」が知られる。なお、メドウズらは最初の研究から20年後に再結集して追跡研究(ローマクラブとは無関係)を行い、その成果を『Beyond the Limits』(1992年)として刊行した。さらに、2004年には第3弾として『Limits to Growth: The 30-Year Update』が出版されている。

参考文献

▼『インダストリアル・ダイナミックス』 J・W・フォレスター=著/石田晴久、小林秀雄=訳/紀伊国屋書店/1971年1月(『Industrial Dynamics』の邦訳)

▼『アーバン・ダイナミックス――都市のシステム構造と動的挙動モデル』 ジェイ・W・フォレスター=著/小玉陽一=訳/日本経営出版会/1970年12月(『Urban Dynamics』の邦訳)

▼『ワールド・ダイナミックス――システム・ダイナミックス(SD)による人類危機の解明』 ジェイ・W・フォレスター=著/小玉陽一=訳/日本経営出版会/1972年11月(『World Dynamics』の邦訳)

▼『システム・ダイナミックス・ノート』 マイケル・R・グッドマン=著/蒲生叡輝、山内昭、大江秀房=訳/マグロウヒル好学社/1981年6月(『Study Notes in System Dynamics』の邦訳)

▼『システム・ダイナミックス入門――複雑な社会システムに挑む科学』 小玉陽一=著/講談社(ブルーバックス)/1984年1月

▼『システム・ダイナミックス――経営・経済系の動学分析』 宮川公男、小林秀徳=著/白桃書房/1988年10月

▼『文科系のための意思決定分析入門』 上田泰=著/日科技連出版社/2002年12月

▼『システムダイナミックス入門』 島田俊郎=編/山内昭、内野明、町田欣弥、高萩栄一郎、椎塚久雄、黒野宏則、山極芳樹、石川芳男=著/日科技連出版社/1994年4月

▼『成長の限界――ローマ・クラブ「人類の危機」レポート』 ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズ、ヨルゲン・ランダース、ウィリアム・W・ベーレンス=著/大来佐武郎=監訳/ダイヤモンド社/1972年5月(『The Limits to Growth』の邦訳)

▼『限界を超えて――生きるための選択』 ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウス、ヨルゲン・ランダース=著/松橋隆治、村井昌子=訳/ダイヤモンド社/1992年12月(『Beyond the Limits』の邦訳)

▼『成長の限界――人類の選択』 ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズ、ヨルゲン・ランダース=著/枝廣淳子=訳/ダイヤモンド社/2005年3月(『Limits to Growth: The 30-Year Update』の邦訳)

▼『地球のなおし方――限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵』 ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズ=著/枝廣淳子=訳/ダイヤモンド社/2005年7月


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