エンジニア「5つのキャリアビジョン」(前編)エンジニア「5つのキャリアビジョン」(前編)

» 2003年03月28日 00時00分 公開
[中村京介@IT]

 エンジニアとしてスペシャリストの道を選ぶのか、あるいはマネージャとして組織の経営幹部を目指すのか。30歳前後に多くのエンジニアがキャリア選択の壁に突き当たることだろう。

 ただ、キャリアビジョンを考えるうえで注意が必要なのは、企業のマネジメントの形態自体が進化しつつあるということだ。「コンピテンシーに基づく人事評価の導入」、「ヒューマンリソース型」から「ヒューマンキャピタル型」への転換、さらに従来のリーダー像を覆す「サーバントリーダー」の出現……。

 30代で失敗しないためのキャリア構築術とは何か? 5年後に市場価値を高めるために、いますべきこととは? 前編後編の2回にわたって自分の能力にふさわしいキャリアの選び方を紹介していきたい。

 今回は 「マネージャ、スペシャリスト、コンサルタント、CIO、起業独立」――エンジニアが“自分戦略”を立てるうえでの秘けつを、コンピテンシーによる人材開発の先駆者である、ワトソンワイアットのコンサルタント、川上氏に伺った。

図1 将来エンジニアから次にどのようなキャリアを目指すのかによって、求められる能力は異なる。30歳前後のなるべく早い時期に決めておくといいだろう 図1 将来エンジニアから次にどのようなキャリアを目指すのかによって、求められる能力は異なる。30歳前後のなるべく早い時期に決めておくといいだろう 

スペシャリスト、ゼネラリストの分類に意味がなくなった

 「最近、ゼネラリストとかスペシャリストという分け方自体に意味がなくなりつつあります」

 そう語るのは、大手人事戦略コンサルティング会社、ワトソンワイアットでコンサルタントを務める川上真史氏。いまビジネスの世界で求められているのは、ゼネラリストであるかスペシャリストであるかということではなく、「プロフェッショナルであるかどうか」ということだ。

 「知識や専門を生かして、新たなロジックやモデルを作ることができる人。それがプロです。プロは“自分ブランド”で勝負することができる。だから、会社に仕事がくるのではなく、その人自身に仕事がくる。プロであれば、ゼネラリストであるかスペシャリストであるかは関係がない。よく専門家とプロを混同している人がいますが、専門家は自分の専門領域の範囲内でしか仕事ができない。プロは自分の専門を使って、その領域外に応用できる人なのです」

 少なくとも一エンジニアではなく、将来マネージャ以上を目指すのであれば、「プロ」であることが不可欠だと川上氏はいう。

 「これからのマネージャに求められる能力はプロデュース力です。もっと具体的にいえば、人をまとめて動かすことよりも、むしろ個々のノウハウだとか個々の強み、部下の持っている専門を活用して、これらをトータルでプロデュースし、大きな力に転換していく能力。『プロ』というのは、自分の持っている専門性をその領域の外に拡大できる人ですから、いいマネージャになろうとすれば、まず前提として『プロ』であることが必要なのです」

コンピテンシー・レベル「4」以上がプロの条件

 川上氏は、いまや多くの企業の人事担当者が社員評価の必須アイテムとしている「コンピテンシー」の先駆者でもある。コンピテンシーとは、仕事で高い成果を上げている人に共通する行動特性のこと。コンピテンシーには5段階のレベルがあり、3以下と4以上の間に大きな壁があるという。

ワトソンワイアット コンサルタント・川上真史氏 ワトソンワイアット コンサルタント・川上真史氏

 1レベルでは、自分の能力を何らかの成果を出す方向に活用する行動はあるが、「いわれたからやる、追い込まれたからやる」という程度。一応行動には結び付いているのだが、上司から指図されたり追い込まれたりしなければ行動に移さない。2レベルになると、何もいわれなくても行動は起こすが、条件反射的な当たり前の行動でしかない。

 3レベルになると、条件反射的に当たり前のことをやるのではなくて、いったん「考える」。その行動を起こすまでに「判断」や「意図」が入ってくる。いまの状況を判断すれば、これが一番良いやり方だというものを選ぶという思考が入ってくる。

 もっとも、3以下のレベルでは、あくまで状況に従属した行動を取っているにすぎない。これに対し、4以上のコンピテンシーの人は、状況を“変容”させる行動を取ることができる。

 「要はプロというのは4以上のコンピテンシー・レベルを持った人です。4レベルになると、状況の中で『阻害要因』になっているものを判断し、その状況を変えようとする。状況を変えるときに、いままでの方法ではなく、独自の工夫やアプローチが入ってくる。これが4レベルです。5レベルになると、むしろ状況を変えようとはせず、いままでの常識を覆してまったく新たな独自ワールドを作ろうとします。いわゆる『パラダイム転換』です。4レベル以上になるとそろそろ起業家になれます」

 4レベル以上の行動を別の言葉に置き換えれば、要するに「セルフマネジメント」である。すでに設定されたプランに乗っかるのではなく、自分でいまの状況を押さえ、自分でプランを作る。自分だけでプランを作ったらそれを実行に移し、その結果がダメだったら、また独自にプランを修正していく。そこには必ず独自の工夫を加える。

 これが、レベル4以上の人が持つセルフマネジメントのスタイルである。

図2 コンピテンシーは「見える部分」「見えない部分」とに分かれる 図2 コンピテンシーは「見える部分」「見えない部分」とに分かれる

サーバントリーダーを目指そう!

 最近、マネジメントの形態そのものが大きな変化を見せており、同様にリーダーに求められる資質も進化しつつある。この点をエンジニアからマネージャ、さらには将来起業家や経営幹部のCIOを目指す人は意識しておくべきだろう。

 例えばあるプロジェクトを担当する場合、まずチーム全体に大目標を出して、その大目標の達成に向かってリーダーが指示を出し、各メンバーがコマとなって動いていくというのが従来のリーダーとメンバー像だ。この場合、リーダーとメンバーは主従関係になり、リーダーは、プロジェクトの最終責任をすべて背負うことになる。

 ところが川上氏によれば、これからの時代に求められるリーダー像は、「サーバントリーダー」と呼ばれるタイプに進化しているという。

 「サーバントリーダーはいままでのリーダーとまったく異なる行動を取ります。まず、チームメンバーは個人の独自目標を持っていなければなりません。この個人目標というのはまったくバラバラでも構わない。最終的に個人の目標が達成されてチームに何らかのメリットをもたらせばいいのです」

 では、そうした状況下でリーダーが果たす役割とは何か。

 「サーバントは日本語に直訳すれば“召使い”。サーバントといっても、一番無能な人がリーダーになるのではなくて、一番すごい人がなります。何が一番すごいかというと、一番多くの資源を持っていること。ノウハウ、ネットワーク、情報、知識、パワー、体力、知力……こうした山のような資源を一番持っている人がリーダーになる。メンバー個人が自分の目標を達成するためにセルフマネジメントを発揮していくときに、一番資源を持っているリーダーがその資源を全面的に提供する。これがサーバントリーダーです」

ヒューマンリソースからヒューマンキャピタルへ

 サーバントリーダーの出現に伴い、従来のヒューマンリソース型の組織は、「ヒューマンキャピタル型」へと転換しつつある。

 ヒューマンリソース型では、チームのメンバーをリソースととらえる。これに対してヒューマンキャピタル型の組織では、メンバーはキャピタル。資本である。個人個人が目標を達成しようとして頑張っているとき、リーダーはだれにどれくらい自分の資源を提供しようか、ポートフォリオを考える。

 要はメンバーに投資するのだ。自分の持てる資源を彼にはこれくらい投資していこう、あの人にはこれくらい投資していこうと。最終的にトータルとして組織全体で最大限に利益を回収できるような、ポートフォリオを考える。このようなヒューマンキャピタル型の組織では、そのリーダーは必然的にサーバントリーダーになる。

キャリアアップの近道は「サーバントリーダー」を目指すこと

 ここまで述べてきたことは、当然IT業界にも当てはまる。いまやヒューマンキャピタル型組織への転換、その組織をマネジメントするサーバントリーダーの登場は、IT業界に突きつけられた大きな課題となっている。その背景にあるのが、中国の台頭だ。

 「SEがいて、外注のプログラマがいる。彼らをまとめて動かしていくマネージャがいて仕事配分を考える。こういう組織形態で経営している会社が、これから生き残っていくことは困難でしょうね。こういう組織でできる仕事は人件費の安い中国に取って代わられてしまう。さらに、中国から押し寄せる極度の価格低下の波についていけず、消えていきます。勝ち組企業の条件を組織のマネジメント手法の点からみると、サーバントリーダーが多数存在する会社になります」

 例えば、いまあなたが働く会社に、卓越した技術力を持つ開発者をマネジメントできるサーバントリーダーが何人いるのか。もし皆無であったら、自分自身がサーバントリーダーを目指すといいだろう。

 「サーバントリーダータイプのマネージャとして成果を上げれば、転職の際に人材マーケットでも高く評価されます。本当のキャリアアップへの近道はサーバントリーダーを目指すことでもあります」

コンピテンシーを高めるには「現状に従属しないこと」

「サーバントリーダー」を目指すことが競争に勝つ条件 「サーバントリーダー」を目指すことが競争に勝つ条件

 では、コンピテンシーのレベルを高め、サーバントリーダーとなるには、具体的にどうすればいいのだろうか。

 「まず状況に絶対に従属しないというポリシーを持つこと。いままでやってきた仕事の進め方に従うのではなく、いまの状況を変えてしまおうというポリシーを持つことです。自分の考えを社内はもちろんのこと、顧客にもドンドン提案して成果につなげていくことです」

 実際こうした姿勢を貫くことは、周囲からの反対意見やプレッシャーも多く、困難に直面することだろう。

 「サーバントリーダーは、ノウハウでもネットワークでも知識でも、メンバーのだれよりも持っていなければなれません。コンピテンシー・レベルは必ず4以上が要求される。4レベル以上のコンピテンシーは、環境に従属せず、徹底して初心を貫き通す姿勢で仕事をこなさなければ習得できません」

起業家を目指すのならば「アライアンス型」に

 こうしてコンピテンシー・レベルが高まっていくと、エンジニアのキャリアもマネージャクラスを飛び越え、当然「起業」、あるいは「経営幹部のCIO」という選択肢も視野に入ってくる。実際、IT系の人材の中には、将来の起業を夢見る人は多い。

 ただ、IT系の人材の特性を考えた場合、「起業に際しては必ずアライアンスを模索すべき。会社を経営していくには、最低3つのスキルが必要になるからです」と川上氏は指摘する。

 では、会社経営に最低必要となる3つのスキルとは何か。説明していこう。

 1つ目はモノづくりの天才であること。ただ、これだけではビジネスはできない。IT関係のベンチャーでは、その能力に長けた人ばかりが集まっていることが多い。これでは会社はすぐにつぶれてしまう。なぜなら、ビジネスを成功させるには、モノをつくる天才であることに加え、“お金もうけ”の天才でなければダメだからだ。

 つまり、つくったモノを使ってお金もうけの仕組みをつくる能力、その天才が必要になってくる。いま風にいえばビジネスモデルである。草創期のソニーには、井深大というモノづくりの天才と、盛田昭夫というお金もうけの天才という両輪がそろっていた。

 こういうビジネスモデルをつくる力が、IT系の人には欠落していることが多い。というよりも、IT系の人たちだけではなくて、日本人に欠落していることが多い。

 もう1つ経営に必要なのが、「ストップさせる機能」である。モノづくりの天才とお金もうけの天才は、ストップすることを知らないことが多い。最近、CEOやCIOなど「CXO」という役職を設ける企業が増えてきた。

 これは、経営の機能を1人に集約するのではなく、分担させた方がいいという発想からきている。1人で3つの機能を果たせるかといったら絶対に無理。モノをつくった人は、モノの良さばかりに集中しがちで、お金もうけの仕組みをつくれない。最近、流行の「社外取締役」はまさにストップさせる機能を担っている。ビジネスモデルをつくり、その有効性を評価するには、外部からの冷静な目が不可欠である。

 「エンジニアから起業家、あるいは経営幹部のCIOを目指すのならば、アライアンスを組むことです。いまは1人で会社を経営しようという時代ではない。実際、ワンマン社長でやってきた会社は経営が傾き始めているところが多い。将来起業家を目指す人に求められるのは、『自分は何の天才』であるかをしっかり押さえることにほかならない」と川上氏は強調する。

 そのうえで、自分のアライアンスの相手、パートナーを見つけ、機能分化する。これができるかどうかで、起業家、経営幹部のCIOとして成功する確率は大きく変わってくるのである。

3レベルの人材は余剰人員の筆頭候補!

 多くの企業でコンピテンシー・レベルの調査を実施してきた川上氏だが、残念ながら、起業できるレベルまで到達している人はほとんどいないのが現実だ。

 「ほとんどの人が2レベルです。もっとも、あらゆるビジネスの局面で、4・5の行動を取れなくてもいいのです。全体としては2レベルでも、行動の1割くらいに3・4レベルが混ざってくればそれで十分です」

 ただ、実態を聞いてみると、すべての行動が2レベル辺りでウロウロしている人がかなり多いようだ。もっとも、日本の企業では、せいぜい3レベルが頂点といえる。なぜなら、コンピテンシー・レベルの4・5を発揮できる人材ほど、「組織から外れている」「目立ちやがって」「勝手なことしやがって」とたたかれ、つぶされることが多いからだ。

 優秀な人材でも、結果的に平均の3レベルの行動しか発揮できないことになる。日本の企業で人材アセスメントをすると、社内で優秀といわれる人でもほとんどが3レベルだという。

 「3レベルは安住できる場所なのです。4・5レベルになり、状況を変えていく、新たな状況をつくり出すための行動を起こすことは、とても大きなリスクを背負うからです」

 3レベルならば、状況を変えるリスクを取ることなく、『こういうやり方ができない理由は、そもそもこの業界が……』と評論できる。何らかのロジックを組み立て、自分の頭の良さをアピールできるのである。

 ただ、この3レベルに落ち着いたときに、「これから先の競争社会の中で生き残れない状況が訪れる」と川上氏は警鐘を鳴らす。

 1・2レベルの行動しか取ってきていない人は、中国並みの安価な給料でプログラマの仕事に就くことはできるかもしれない。しかし、3レベルの人材は中途半端に給料やプライドが高いのだが、実は何にも新たな価値を生み出す能力はない。よって3レベルの市場価値はドンドン落ちていく。

図3 目指すは4・5レベル。3レベルの人は「リストラ候補」になりやすいので要注意 図3 目指すは4・5レベル。3レベルの人は「リストラ候補」になりやすいので要注意

 「これからは、1・2レベルで『自分は安い値段でいい、最低限の収入が稼げればいい。人生は別の部分で楽しみたい』と割り切れる人は、完全にシステム化された仕事に組み込まれていくでしょう。4・5レベルを発揮できる人は、自分なりにビジネスをつくって、さまざまな仕事にチャレンジできるはずです。でも、3レベルしか発揮できない人は、このような二極分化の中で次第に“余剰人員”となっていくでしょうね」

コンピテンシーを高められる環境で働こう

 なかなか背筋が寒くなるような話ではあるが、真剣に自分のキャリアを考えるのならば4・5レベルを発揮するようなワークスタイルにチェンジすべきだろう。それもできるだけ早い時期にである……。

 「中国の台頭の影響を考えると、エンジニアはもっとシビアに自分のキャリアを考える時期にきています。いまの職場が高いコンピテンシーを発揮できる環境でないのならば、転職という選択肢もあり得るでしょう。自分の数年後の市場価値(将来価値)を上げるためならば前向きな転職といえます」

 まずスタートラインに立つには、自分がどのレベルにあるのかを把握することだ。それには、自分のワークスタイルについてだれかに言葉で説明してみることが効果的である。いくら自分のことを優秀だと思っていても、案外言葉で仕事の成果を的確に説明しようとしても、うまく表現できないこともある。そのとき、「自分は優秀」というのが単なる思い込みにすぎなかったことに気付く。

 仕事の現場では、常に自分なりの視点を見いだし、それを確実に実践し、成果につなげていく――これをひたすらに繰り返す地道な作業の中でしか、真のキャリアアップは見えてこないのだ。

 後編では「マネージャ、コンサルタント、経営幹部」など、キャリアビジョンごとにどのようなスキルが求められるのかを紹介していく。

筆者紹介

ワトソンワイアット株式会社 コンサルタント

川上真史氏

 京都大学教育学部教育心理学科卒業。産能大学経営開発研究所研究員、ヘイコンサルティンググループのディレクターを経て、1997年より現職。コンピテンシーに基づく人事制度、人材マネジメントに関するコンサルティングや、目標管理制度による成果主義的な人事制度の構築、定着を多数の企業において手掛ける。今年より早稲田大学大学院文学研究科心理学教室の非常勤講師を務める。ビジネスブレイクスルーチャンネル(スカイパーフェクTV!)の「コンサルティングライブ組織人事編」へのレギュラー出演など、多方面で活躍中。



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