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» 2003年09月04日 00時00分 UPDATE

転職を阻む意外な落とし穴(2):意外と知らない「退職」という儀式

転職する際に重視することは何か。給料、希望職種、経営者のビジョンや方針、スキルアップ支援など。しかし、いざ転職する場合に、そんなこととは関係なく、思いもよらぬことで転職を断念しなければならないことがある。そんな例を、毎回キャリアデザインセンターのキャリアコンサルタントが紹介する。

[平岡健,キャリアデザインセンター]

 「転職」をする人は必ず退職を経験します。退職手続き自体は大半の企業が事務的ではありますが対応してくれるので、特別な知識がなくとも、問題なく「退職」できます。しかし、それはあくまで事務的なことであって、実際には退職にかかわる「保証」という、知っておいて損はない退職のノウハウが存在するのです。

 今回は、意外と知られていない、退職時のノウハウをお話ししましょう。

苦労して得た自動車と転職先

 石川氏(仮名)は大手通信キャリアで働くエンジニアです。あこがれであったコンサルタント職を目指し転職を決意。私のところに相談に来られました。初めての転職ということで苦労しながらも努力の結果、無事希望の企業からオファーを勝ち取ることができました。

 ほっと一息の石川氏ですが、まだこれで転職活動が終わったわけではありません。そう、退職というステップを踏まないといけないのです。ところが石川氏は新しい環境のことで頭がいっぱいで、退職に関しては特別何かをしたわけではありませんでした。石川氏は賞与をもらって退職し、7月1日から新しい会社で働くことを決めたという連絡を私に残した後、少しの間音信が途絶えてしまいました。どうやら旅行に行ったようです。私は少し不安になったのですが、その予感が的中してしまうことになります。

退職時に陥りやすいワナ

 6月中旬に旅行帰りの石川氏から連絡がありました。電話の向こうから石川氏の動揺を感じることができました。どうしたのか尋ねると「なぜか賞与が異常に少ないんです。確か去年の冬はこの金額の倍はもらったはずなのですが、何かの手違いではないかと思うんです」というのです。そう、退職時に陥りやすいワナに石川氏が陥った瞬間でした。

 石川氏のように賞与をもらった直後に会社を辞めるのは、転職の慣例のようになっています。ただ、あまり知られていませんが、賞与の概念は(1)いままでの労働に対する報酬、(2)これからの労働に対する奨励という意味合いがあり、そのために退職が決まっている人に支払われる賞与は通常より少なくなるケースが多々あります。

 これは後から分かったことですが、石川氏は自動車が趣味で、退職前に新しい自動車を購入したそうです。高額だったので、ボーナス払いを組み込んだローンで購入。毎月の給与で少しずつ返済し、ボーナスである程度まとまった金額を支払うローンを組んだのです。

 石川氏の給与であれば、生活に困ることはありません。しかし、今回の予想以上に少ない賞与ではボーナス払いが非常に厳しくなったのです。石川氏は冬の賞与はこれぐらいだったから退職時の賞与も……、という皮算用をしてしまい、それを前提に自動車を買ってしまったのです。

 皆さんにも注意してほしい点は、賞与支給は(1)支給日に在籍している社員に支給する、(2)賞与は査定対象期間の在籍者に支給するという2つのパターンがあるということです。

 賞与の査定期間はきっちり働いているのだから、その後会社にいなくても賞与をもらう権利があるはずだ、と考えてしまいがちですが、もしあなたのいる会社の就業規則に、賞与は在籍している社員にしか払われないと書かれていた場合、数十万円(もしくは数百万円)がもらえないということになります。よほど裕福な方でない限り痛い話です。

退職金

 石川氏は渋々ながらも賞与の件は納得したようでした。しかし、「賞与は残念でしたけど退職金はしっかりともらいますよ」というのです。気になったので「石川さん、退職所得の受給申請書は出しましたか?」と聞いたところ、石川氏は何のことかさっぱり理解できていない様子でした。「それは何ですか? 出さないといけないものなのですか?」と石川氏。

 私は電話の向こうの石川氏がまた動揺し始めた様子を感じ取りながら、話し始めました。

 退職所得受給申請書とは、退職金という所得に対しての特別控除を得るための申請書のことをいいます。退職時に絶対必要なものではないのですが、会社に提出しない場合、退職金に一律20%の所得税がかけられてしまうのです。逆にいえばこの申請をするだけで、余分な所得税を払わなくてもよくなるわけです。

 詳しい話は省きますが、勤続10年で退職金500万円だった石川氏を例に計算すると、手取り金額では95万円もの差が生じるのです。

退職金の謎

 この控除制度の話をした後、石川氏はこれで一安心といった口調になりました。ですが、私にはまだ不安が残っていました。「石川さん、退職日はいつにしたんですか?」。石川氏は答えました「6月20日です」。それを聞いて私は「石川さん、もしいまから可能であれば、6月30日に退職日を変えられないか、会社に問い合わせてみてください」とお願いしました。石川氏はいったい何のことやら分かっていない様子でした。

退職日と社会保険の関係

 退職日は新しい会社への入社日と比較して、安易に決めてしまいがちです。しかし社会保険(健康保険、厚生年金保険)というものに大きく影響してくるのです。

 7月1日入社の石川氏は、6月20日まで働くにもかかわらず、6月の1カ月間、被保険者の資格を失うことになるのです。そしてその期間、国民年金に入らなければその期間分だけ年金額が減ってしまうのです。退職日の違いで将来もらえる年金額が変わってしまうことは、意外と知られていません。退職日は極力末日にするように心掛けましょう。

その後の石川氏

 石川氏は退職日に関して会社に掛け合ってみるという言葉を残し電話を切りました。後日退職日を末日に変更してもらったという連絡をいただきホッとしたのを覚えています。

 石川氏がその際にいっていた言葉が印象的です。「会社を辞めることは簡単ですけど、退職という儀式は奥が深いですね」。そう、転職するには退職という「儀式」を通過しなければいけません。そしてその「儀式」には通常では知ることのない、さまざまなものが含まれているのです。それらを知らなくてもこの「儀式」は無事終わらせることはできますが、石川氏のように奥深さを知ることによって得るメリットを忘れないでいただきたいものです。

著者紹介

平岡健

1974年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学卒業後は人材派遣会社に入社。仕事柄さまざまな業種や職種に触れる中で、求人雑誌の広告営業に興味を持ち、「type」誌の広告営業として2000年にキャリアデザインセンターに転職。その後人材紹介事業部に異動、現在に至る。IT業界を担当、特にソフトウェア業界を得意とする。



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