FONはアクセスポイント持ち寄り型コミュニティを形成するかものになるモノ、ならないモノ(15)

多数の事業者がチャレンジしてきたアクセスポイント持ち寄り型による無線LANパラダイス形成。スペインで生まれたFONの勝率を占おう

» 2007年01月11日 10時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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格安無線LANルータで町中を無線LANパラダイスにしてしまおう!

 世界中でユーザーを増やしている公衆無線LANサービスの「FON」が日本でも開始されて1カ月余りが経過した。サービス開始から5日間、無線LANルータを無料配布したり、提携するプロバイダのBB.exciteが3000台の無線LANルータを自社会員に無料モニターとして配布する(無線LANルータも無償配布! 「FON」が日本で本格稼働)など、ハードウェアばらまきによるアクセスポイント増殖作戦が功を奏しているようで、FON社製無線LANルータ(La Fonera:ラ・フォネラという名称)のユーザー数は日本でも順調に伸びているようだ。

写真1:フォン・ジャパンの藤本潤一CEO 写真1:フォン・ジャパンの藤本潤一CEO

 また、無料配布期間終了後もLa Foneraを1980円という安値で販売しており、有名メーカーの同程度の製品(IEEE 802.11b/g)が実売で8000円程度することを考えると、「2007年内に7万5000台のアクセスポイントを設置したい」(フォン・ジャパンの藤本潤一CEO)という目標もあながち夢物語ではないのかもしれない。

 FONというのは、早い話が「自宅の無線LANインターネットアクセスをみんなで共有して町中を無線LANパラダイスにしてしまおう!」というWiFiコミュニティの運動だ。La Fonera(FON社製無線LANルータ)を購入したユーザーは、自分用のアクセスポイントとして利用できるのはもちろんだが、ほかのFONユーザーにも公開してインターネットアクセスを提供しなければならない。

 「安いのには訳がある」というわけではないが、無線LANルータ1980円という破格値のウラにはちゃんと「アクセスポイントの公開」というそれなりの理由があるわけで、逆にいうと、安価→大量頒布→FONコミュニティの拡大→無線LANパラダイスの確立、という成長の方程式を描いているわけだ。

 その代わりというわけではないが、FONユーザー(FONero:フォネロというらしい)は、ほかのFONeroが公開しているアクセスポイントを無料で利用することができるといううれしい権利が与えられる。世界中でユーザー数18万人を突破したFONeroだけに、行く先にFONのアクセスポイントさえあれば、公衆無線LAN事業者にお金を払う必要がないのはちょっと得した気分。ちなみに、FONeroの位置は、同社ホームページで公開しているGoogleマップを利用した地図(FONマップ)で簡単に見付けることができる。

「非公開のLa Foneraは恥」という性善説の側に立った方針

 ここで誰もが疑問に思うことがある。1980円で購入したLa Foneraを自分専用に使って、公開はしないという“ズル”もできるのでは?と。確かにそれは可能だ。それに関してFONの創始者でありアルゼンチン出身の実業家マーティン・バーサフスキー氏は記者会見で「恥」という概念を前面に押し出して次のように説明している。

 「非公開のLa Foneraは、地図上ですぐに分かる。それはFONコミュニティの中で“恥”をさらすことであり、ほかのFONユーザーからのプレッシャーを感じるはず。また、FON側でも非公開アクセスポイントは把握できるので30日以上非公開が続くようであればアカウントの停止といった措置も考える」と語っている(マーティン・バーサフスキー氏)。

 ただ、フォン・ジャパンの千川原智康チェアマンは、「ユーザー登録時に規約で公開を約束してもらっているが、日本では商習慣上アカウントの停止は考えていない。あくまでも善意に期待したい」と性善説の側に立った方針でいくようだ。とはいえ、開始から1カ月たってFONマップの東京付近を見ると「非公開」を示すアクセスポイントが結構目に付くのが気になる。「非公開」の場合、オレンジ色のが表示される仕組み。公開されていれば緑、あるいは濃い緑のになる。

 いや東京などまだ良い方だ。ロンドンの中心街などは、La Foneraの設置台数はかなりの勢いなのに非公開のアクセスポイントがやたらと多いのが見て取れる。これではせっかくのFONコミュニティがうまく機能しない。日本人お得意の「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではないけれど、これだけ恥かきっ子がいたらプレッシャーなどみじんも感じないだろうなあ。FONの高い志だけが空回りして、ユーザー側の意識がまだまだ低いということだろうか。

チャレンジの歴史アクセスポイント持ち寄り型コミュニティ形成という難題

 そもそも、このような市井ユーザーのアクセスポイント持ち寄り型コミュニティというのは成功するのだろうか、という根本的な疑問もある。実は、草の根型アクセスポイント共有モデルの歴史は古い。FREE NETWORKS.ORGという、世界中に散らばるこの手のムーブメントを水平的に結び付ける団体のホームページを見ると、2000年からすでに活動が始まっていることが分かる。

 アップルコンピュータがコンシュマー向け無線LANシステムを発表したのが1999年の7月だった。それを契機にそれまで高額だった無線LAN機器のコストダウンが一気に進み、一般ユーザーにも無線LANが普及し始めたのが2000年と記憶している。つまり、この手のムーブメントは、一般ユーザーが無線LAN機器を使い始めた瞬間から、その可能性に気付いたユーザーの間でジワジワと進行していたということだ。

 ここ日本でもそれは同じで、多少趣旨は異なるが、無線LAN機器メーカーのバッファローが主幹事となっている公衆無線LANスポット普及のための団体「FREESPOT協議会」や2002年5月〜2005年3月に京都を中心に公的補助金とボランティアで運営された公衆無線LAN実験「みあこネット」などの例がある。

 また、過去には、草の根運動的なムーブメントではなく無線LANを使った報酬分配型モデルとして事業化を試みた「Joltage Networks」という例もある。ただ、非常に残念ではあるが、そのどれもが公衆無線LANとして使用に耐え得るだけの“新しい潮流”には成り得ていないし、Joltage Networksなどはいつの間にかなくなってしまった。FONにしても、マップ上に居並ぶ「非公開」アクセスポイントの群れを見るにつけ、本当に大丈夫だろうかと心配になってしまうのだ。

 そういえば、以前このコラムで取り上げたLivedoor Wireless(ライブドア無線LANに疑問をぶつけてみました)の場合もサービス構築の段階で、ユーザーのアクセスポイントを公募してネットワークの一部に組み込む方法も考えたそうだが、「展開に時間がかかり、アクセスポイントの設置場所が偏るであろうことが容易に想像できるので断念。また、アクセスポイント設置者へのインセンティブなどを考えると意外にコストが掛かることも分かった」(ライブドア執行役員上級副社長ネットワーク事業本部・照井和基氏:当時)との理由でFON型モデルでのサービス提供をあきらめている。

圧倒的に増える無線LAN端末数とブロードバンド回線の普及率がFONを後押し

 なんだかFONに対してネガティブな考察ばかりを展開してしまったが、望みがないわけではない。いや、実は、筆者的には、もしかしたら意外といけるかもしれないとすら思っている。これまでの例と異なりFONの場合、なんというか時代が背中を押してくれそうな気がするのだ。

 まず、FONero(FONユーザーのこと)になるための最低必要条件であるブロードバンド回線の普及率が高くなっている点が挙げられる。これは、以前とは異なる心強い環境の変化ではないだろうか。また、La Foneraという専用の無線LANルータが安価で頒布される点が今回の大きなポイントだ。これまでのように自宅用にと購入した無線LANルータをWiFiコミュニティに提供するのとは異なり、専用のハードウェアがあることで各ユーザーにおけるFONのレゾンデートル(存在意義)が日常的に高く保たれることのメリットは計り知れないものがある。つまり、コミュニティへの参加意識がこれまでより高まるということ。

 そして、最大の推進力になりそうなのは、これから出回る無線LAN端末の数が圧倒的に増えるという部分であろう。これまでは、公衆無線LANというと、ビジネスマンがノートPCで利用するものというイメージだったが、これからはポータブルゲーム機、デジカメ、携帯音楽プレーヤ、スカイプ端末などにも続々と無線LAN機能が搭載されてくる。

 市中に無線LAN端末があふれれば、それを使って通信してみようという人も出てくるだろう。そんなときに、「自宅のパソコンに1980円の無線LANルータを接続すると、出先でも無料で無線LANを利用できますよ」というFONのビジネスモデルが威力を発揮するかもしれない。

 ただ、前述の「非公開」アクセスポイントの問題は常に付いて回るだろうが、そこは、とにかくLa Foneraを数多く売って、設置数でカバーするしかないと思う。出先で自分がほかのFONeroの公開アクセスポイントを使ってみてその便利さを実感できれば、非公開のユーザーの意識も変化するだろう。もしそうなったら、それまで非稼働だった不良資産が一気に優良資産へと転換され、使えるアクセスポイントの花が方々で咲き乱れることだって考えられるではないか。

FONのアクセスポイントと無線LANスカイプで携帯電話!?

 方々でFONの花が咲き乱れたらもうこっちのモノだ。海外ではFONとスカイプが提携して無線LAN対応のスカイプ端末なるものまで登場している。そう。FONのアクセスポイントと無線LANスカイプがあれば携帯電話だって可能になるのだ。

 ただ、日本でのスカイプ端末の展開について、フォン・ジャパンの面々は驚くほど慎重な姿勢を見せている。「将来は日本でも展開したいが、いまの段階で音声通話の領域まで足を踏み入れていいのかどうか判断がつきかねている。日本ではそのような動きを警戒する企業もあるので……」(藤本潤一CEO)と、既存の通信事業者に対する遠慮からか、態度が煮え切らない。

 フォン・ジャパンCEOの藤本氏は、かつて、エクストリームネットワークというライブドアの前身となる無料プロバイダの草分け事業にかかわった人物だ。そして、今回のFONにしてもネットに新しい潮流を巻き起こそうという意気込みを感じる事業だけに、音声通話の部分でも抵抗勢力などけ散らして、ぐいぐいと無線VoIPサービスを推し進めてほしいと思うのはこちらの勝手な期待だろうか。

とまどう国内プロバイダ 第三者の回線利用による接続を禁止する利用規約の壁

 さて、FONに対して過剰なまでの期待感から高揚した文章を書いてしまっている筆者だが、ちょっと冷静になって、プロバイダの規約の問題に触れないわけにはいかない。日本の多くのプロバイダは、契約者以外の第三者が回線を利用してネットに接続することを約款や規約で禁じている。

 プロバイダのFONに対する考え方や姿勢を知りたいと思い、大手6社に対し正式な取材という形で意見を求めたのだが、なぜかどこも口が重くあいまいな返答を寄こすばかり。このタイミングではどうもセンシティブな問題のようだ。ならばと返す刀で、筆者が契約する@niftyのサポートに1ユーザーとして「FONを使ってアクセスポイントを公開しても良いか」と問い合わせをしたところ1週間近くたってから以下のような回答を寄こした。

@nifty 会員規約第18条 2項に反する行為に該当する可能性が高いと認識しております。

 ただ、「FON」の利用形態等の詳細については、不明な点もございますため、現時点では、弊社会員規約に明確に反する行為とまでは判断しておりません。

 そのため、誠に恐れ入りますが、現時点での「FON」の利用につきましては、ご自身の判断でご利用くださいますようお願いいたします。


 とまあ、事業者としての明確な態度を保留にしたままユーザーに下駄を預けた格好の返答に終始している。どちらに転んでも良いように含みを持たせた回答だ。まあ、ユーザーの自己責任でやってくれということだ。

 ちなみに、ほかの主要プロバイダのサポートからの返答は、「えぴたふ - FONが使えるプロバイダを求めて」で紹介されているので参考にしてほしい。

 この問題についてフォン・ジャパンの藤本CEOは「いまは過渡期と考えており各プロバイダに対し規約の変更をお願いするのもわれわれの役目。1月中には新たな提携プロバイダの発表を考えている」と明かしてくれた。また、「会員がFONを導入することでそのプロバイダの利益になるような対策(接続時に経由プロバイダの広告を表示するなど)を検討中」とも教えてくれた。

 FONを堂々と使うためには、プロバイダの規約に関する問題を避けて通るわけにはいかないだけに、フォン・ジャパンとしてできるだけのことをすべきなのは当然として、その一方で各プロバイダにも、自社会員のFON使用を許す方向性で考えていただきたいと切にお願いしたい。

 例えば、FONと提携しているBB.exciteなどは設置を推奨しているわけで、その寛容な態度に筆者の中のプロバイダランキングがグンと上昇したのはいうまでもない。ちなみに、OCNも「エンドユーザーによるアクセスポイントの開放を禁じる規定は定めていません」と太っ腹。なんだかFONを許すか許さないかで、踏み絵を迫っているような心境だ。

“とにかく始めてみよう”的な小気味いいラテン系のノリ

 まあ、考えてみれば、ほんの2〜3年前まではブロードバンドルータによるパソコンの複数台接続を禁止する事業者もあっただけに、今回の無線LANアクセスポイントの共有も、新しい利用方法が登場した際の過去の価値観とのせめぎ合いの範疇(はんちゅう)に収まる程度の問題であって、時間が解決してくれるのかもしれない。

 それにしても、プロバイダの規約問題という、ある意味事業存続の根幹にかかわる大きなハードルを残したまま日本でのサービスを大々的に展開しようとする“とにかく始めてみよう”的なFONのラテン系のノリには拍手を送りたい。考えてみれば、このあたりの身軽さがネットビジネスには必要なわけで、2006年の勝ち組企業であるYouTubeだって似たような軽いノリで始めたに違いない。そういえば、FONというのは、アルゼンチン出身の実業家がスペインで興したサービス。そこには生粋のラテンの血が脈々と流れているのだろう。

 最後にトリビアな話題でこのコラムを締めくくりたい。「FONというのはアフリカ大陸にいる少数民族の名前から取ったもの。覚えやすく特徴的だった」(藤本CEO)というのが命名の由来だそうです。

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