突然の規定変更。そんなの誰が決めたの?ITアーキテクトが見た、現場のメンタルヘルス(3)(1/2 ページ)

常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。

» 2007年10月25日 00時00分 公開
[樋口節夫樋口研究室]

 コンピュータのコミュニケーションでは、データを「正確」「迅速」「大量」に送ることが重要です。しかし人間同士のコミュニケーションとなると、言葉を「誠実」「素直」「簡潔」に伝えることが重要となってくるでしょう。

 同じ「コミュニケーション」だからと思い、両者を混同していると、それが組織のマイナスパワーとなり、ITエンジニアのメンタルヘルスに悪い影響を与えることがあります。今回は、そんなコミュニケーションに関する事例を紹介しましょう。

急な昇進規定の変更。TOEICの点数が悪いと昇進できない

 あるIT企業の管理職(グループリーダー)が樋口研究室のオフィスを訪れ、自分の会社で起こったトラブルについて話してくれました。トラブルはコミュニケーションに関するものということでした。

 コミュニケーションのトラブルというと、上司と部下との意思疎通がうまく図れない……というようなイメージがあります。しかしこのグループリーダーが経験していたトラブルは、会社の構造にまでかかわってくる、やっかいなものでした。

 「会社の人事規定の変更があって、それが社内サイトに掲載されました。このとき、少しやりきれない思いがしたのです」

 イントラネットに掲載された情報で、やりきれない思い? グループリーダーはいったい何を感じたのでしょうか。尋ねてみました。

 「掲載された内容は、社員の昇進規定の変更でした」とグループリーダーは説明しました。この会社では、社員が主任やグループリーダーに昇進する際、管理職の推薦が必要です。今回の変更はその推薦に関するもので、社員のTOEICの点数がある一定の基準に達していないと、推薦ができないことになったということでした。それを見て、グループリーダーは瞬間的にこう思いました。

 「まずいな……。平日だけでなく土、日も疲れているメンバーに、語学の勉強をする余裕があるだろうか……」

部下からの問い合わせ殺到

 グループリーダー自身は、開発作業や運用保守の現場では、英語を使う機会はそれほどないと感じています。外国のパートナーと協業する機会は多いのですが、相手が日本語を話してくれるような時代です。英語に慣れていなくても仕事には困りません。なのに、なぜ急にそんな変更を? グループリーダーは疑問に思いました。

 そしてもう1つ。グループリーダーには気になることがありました。「私はこの内容を、イントラネットに掲載されて初めて知ったのです」

 人事規定の変更なら、事前に管理職である自分の耳に入っていていいはず。グループリーダーはそう考えました。管理職の仕事は、会社を守ると同時にメンバーを守ることです。会社の規定の変更があった場合、内容や時期が事前に管理職に伝えられ、そこからメンバーに伝わるのが正しい流れでしょう。メンバー自身も、自分の上司から、正しい説明を受けたいと思っているはずです。それなのに、情報がイントラネット経由で、社員に直接伝えられてしまったのです。

 「その直後、メンバーからの問い合わせや相談が殺到しました」

 グループリーダーは、メンバーが納得できるような説明をしたいと感じていました。しかしこの規定変更には自分自身が納得していませんし、経緯も分かっていません。そこでまず、この情報が発信された経緯を、自分の上司に尋ねてみようと思いました。すると、さらに驚くべきことが分かったのです。「なんと私の上司も、その経緯を知らなかったのです」

@IT自分戦略研究所注:就業規則を変更する場合には、労働者の代表の意見を聞く必要があります(労働基準法第90条)。

誰も経緯を知らない?

 経緯を知らないのは、グループリーダーとその上司だけではありませんでした。その上司も、そのまた上の上司も、みんなその経緯を知らなかったのです。グループリーダーが納得したいと思っても、納得させるべき上司が理解していない。これが会社の上層部まで続いていたのです。知らないという事実さえ、誰も問題にしていない、この状況をリーダーは疑問に思いました。

 「おかしい。なぜ知らないままで放置しているの?」

 グループリーダーは、メンバーが自分に対して抱く不信感は、自分が上司に抱く不信感と同じものだと感じました。少なくとも自分はきちんとメンバーに話せるようにしよう。強くそう思ったそうです。そして最終的に、この経緯を人事担当者に尋ねることにしました。するとここでも、思いもよらない言葉が返ってきました。「本社から送付されてきた英語の指示を、そのまま日本語に翻訳して公開しただけだというのです」

 この会社は、2年前に吸収合併があって、親会社が外国企業になったということでした。現在はグループ企業として、海の向こうの本社が決めた指示や規定が、そのまま伝えられるようになりました。今回の昇進基準の変更も、指示は海の向こうからメールで到着し、そのまま翻訳されてイントラネットで公開。極めて迅速に最適化された手順です。この結果、上記のような、管理者が誰も経緯を知らない状態が発生しました。チームリーダーもさすがに参って、こう感じたそうです。

 「上からの情報は迅速、下からの情報は遅延。飛行機で到着した品物に不備があっても、船便でしか返品できないようなものです。これでは、下は疲れ果てて作業をやめてしまいます」

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