シャイン博士と8つの職業人タイプエンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(5)(1/2 ページ)

本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。

» 2008年09月11日 00時00分 公開
[松尾順シャープマインド]

 今回は、組織心理学者として世界的に高名なマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院名誉教授のエドガー H. シャイン博士の研究成果の1つである「キャリア・アンカー」についてご紹介します。

 キャリア・アンカーは、キャリアにおける選択、具体的には、職業や職種、勤務先などを選ぶ際の「判断基準」となるものです。あなたのキャリア選択の「基本指針」として、キャリアを「方向付ける役割」を果たすものです。自分のキャリアにおいて絶対に譲りたくない「大切なこと」であるともいえます。

キャリア・アンカーは自分自身についての認識……自己概念(セルフイメージ)

 別のいい方をするとキャリア・アンカーは、キャリアに関する自分自身の志向(やりたいこと、目標など)や価値観、得手・不得手、好き嫌いなどについて、自分がどのように認識(理解)しているかということです。つまり、キャリア・アンカーとは、「自己概念」、あるいは「セルフイメージ」のことです。

 あなたのキャリア・アンカー=キャリアに関する自己概念(セルフイメージ)がどのようなものであるかは、次の質問に対してあなたがどのように答えるかでおおむね分かります。

  1. 自分の才能、技能、有能な分野は何か。自分の強み、弱みは何か
  2. 自分の主な動機、欲求、動因、人生の目標は何か。何を望んでいるのか、または何を望まないのか
  3. 自分の価値観、つまり自分がやっていることを判断する主な基準は何か。自分の価値観と一致する組織や職務に就いているか。やっていることをどのくらい望ましいものと感じているのか。自分の仕事やキャリアにどのくらい誇りを持っているのか、または恥ずかしいと感じているのか

 最近、キャリアを選択する場合の基本的な視点として、

  1. できること
  2. やりたいこと
  3. やるべきこと

という3点が示されることが多いのですが、これはキャリア・アンカーの理論がベースになっているのです。

 キャリア・アンカーは、社会人になるまでは、学校教育に加えて、両親や兄弟姉妹などの働き方を見たり、聞いたり、あるいは学生時代のアルバイト経験などを通じてある程度形成されます。

 しかし、自分のキャリア・アンカーがより具体的に分かってくるのは、社会人として実際に仕事を経験してからです。20代のうちは、自分の適性がなかなか分からないもの。皆、さまざまな仕事にチャレンジして成功したり、失敗したりしながら、自分のキャリア・アンカーが少しずつ分かってくるのです。

キャリア・アンカーの8つの種類

 シャイン博士が行った研究(社会人数百人が対象のインタビューに基づく)によると、キャリア・アンカーは8つの種類に分けられるということです。

●1.専門・職能別

特定の仕事に対する高い才能と意欲を持ち、専門家として能力を発揮することに満足と喜びを覚えるタイプです。このタイプの人たちは、ほかの仕事に移ると、自分の能力があまり生かされないため、満足度が低下します。また、2.の「全般管理」コンピタンスとは異なり、マネージャ職に対して必ずしも魅力を感じません。マネージャになると管理業務が主となるため、やはり自分の専門性が発揮できなくなるからです。

●2.全般管理

経営者(ゼネラル・マネージャ)になることが価値あることと考え、経営者を目指すタイプです。いわゆる「出世志向」がある人たちです。1.の「専門・職能別」コンピタンスの人たちと異なり、専門能力の必要性は認めるものの、その専門性に特化するのではなく、企業経営に求められる全般的な能力の獲得を重視します。

●3.自律・独立

どんな仕事であれ、自分のやり方、自分のペースを守って仕事を進めることを大切と考えるタイプです。従って、このタイプの人は集団行動のための一定の規律が求められる企業組織に属することは好まず、独立の道を選ぶ傾向にあります。実は、私のアンカーはこの自律・独立です(独立して7年になります)。また、独立しないまでも、研究職など行動の自由度が高い職種が向いています。

●4.保障・安定

安全・確実で、将来の変化をおおむね予測でき(逆にいえばあまり大きな変化はない)、ゆったりした気持ちで仕事をしたいと考えるタイプです。もちろん、ほとんどの人が基本的には安定した仕事や報酬を求めます。しかし、保障・安全タイプの人はこの点を最優先するのです。ですから、当然のことながら、このタイプの人は終身雇用が期待できる大企業への就職を望みます(現代のように企業・社会を取り巻く変化が激しい場合、会社に保障・安定を期待するのはだんだん厳しくなってきていますが……)。

●5.起業家的創造性

新しい製品、サービスを開発したり、資金を調達して組織を立ち上げたり、既存事業を買収して再建するといったことに燃えるタイプです。具体的には、発明家、芸術家、あるいはアントレプレナー(起業家)を目指す人たちが該当します。このタイプの人は結果的に独立、起業する道を選びます。3.の「自律・独立」タイプの人と異なり、何か新しいこと(事業や作品など)を生み出すといった創造性の発揮を重視しています。そのためには自律・独立性を犠牲にすることもいといません。

●6.奉仕・社会貢献

何らかの形で世の中を良くしたいという価値観を重視するタイプです。医療、看護、社会福祉、教育などの分野を目指す人が該当します。近年注目を集めている「社会起業家」(ソーシャルアントレプレナー)は、社会的問題を、営利事業を通じて解決していくことを目的とする人たちです。彼らにとって大事なのは社会貢献であり、事業を立ち上げることはそのための手段にすぎません。従って、5.の「起業家的創造性」のタイプとは志向が異なります。

●7.純粋な挑戦

不可能と思えるような障害を乗り越えること、解決不能と思われてきた問題を解決することなどを追求してやまないタイプです。常にあえて「困難」を探し求めているため、特定の仕事や専門性にこだわりません。「挑戦」自体が人生のテーマなのです。このアンカータイプを持つ典型的な人は「冒険家」であり、ビジネスの世界では、英ヴァージン創業者のリチャード・ブランソン氏がおそらくこのタイプです(彼は、冒険家であると同時に、ビジネスの世界でもさまざまな事業にチャレンジしていますね。例えば、大手航空会社への挑戦のためにヴァージン航空を立ち上げています)。

●8.生活様式

仕事と家庭生活、公的な仕事の時間と私的な個人の時間のどちらも大切にしたいと願い、両者の適切なバランスを考えているタイプです。仕事に打ち込む一方、例えば、子どもが生まれたら(男性であっても)育児休暇をしっかり取り、子育ても大切にするという生き方を積極的に志向します。ですから、最近多くの企業で採用されつつある「在宅勤務」はこのアンカーを持つ人にとっては大変ありがたい制度と感じられることでしょう。また、「ワーク・ライフバランス」(文字どおり、仕事と、それ以外の人生、つまり家庭や娯楽などでうまくバランスを取ろうとする考え方)という言葉が近年注目されていますが、このタイプの人にとってそうした生き方が一番大切なことなのです。

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