ブリッジズ氏の過渡期を乗り切るトランジション理論エンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(9)(2/2 ページ)

» 2009年01月20日 00時00分 公開
[松尾順シャープマインド]
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ニュートラルゾーンを乗り切る6つのアクション

●1.1人になれる特定の時間と場所を確保する

 孤独の中でこそ、人は内なる声を聞くことができます。

 早起きして外を散歩する、仕事の後、落ち着けるカフェでゆっくり休むなど、小刻みでかまわないので、日常のしがらみから一時的にでも離れて真に孤独になれる時間と場所を確保しましょう。

●2.ニュートラルゾーンの体験の記録を付ける

 ニュートラルゾーンにおいて自分の心をよぎるさまざまな気持ちや考え、アイデアを書き留めましょう。漠然とした言葉が並ぶかもしれませんが、その中に新たな始まりのきっかけが隠れているかもしれません。

●3.自叙伝を書くために、ひと休みする

 これまでどう生きてきたかを理解することによって、これからどう生きるかが見えてくることがあります。自叙伝を書くことで、過去の振り返りと整理ができ、上手に何かを終えることができるのです。

●4.この機会に、本当にやりたいことを見いだす

 自分が本当にやりたいことが何かを知るのはなかなか難しいものです。なぜなら、社会の状況や親、兄弟、友人たちの価値観などに影響を受け、自分の欲求が隠されてしまっているからです。ニュートラルゾーンはとことん自分と対話する機会です。さまざまなしがらみや固定観念や他者の影響を切り離し、素直に自分の心に「何がしたいのか」と問い掛けてみるのです。

●5.もしいま死んだら、心残りは何かを考える

 ブリッジズ氏は、自分の「死亡記事」を書いてみることを提案しています。自己分析の練習になります。生年月日、両親、兄弟、学歴、所属、賞、趣味、そして、最後の言葉をメモ程度でいいので書いてみます。最後の言葉は、どんな書き方でもいいのですが、例えば「死の直前、彼(彼女)は、自分の人生を振り返って、○○をやらなかったことが残念だといっていた」などです。前述しましたが、何かの終わりは象徴的な死ですので、死亡記事を書くのはぴったりの作業です。そして、この死亡記事から、過去の自分の人生でやりきれてないこと、本当にやりたいことが見えてくるかもしれません。

●6.数日間、あなたなりの通過儀礼を体験する

 昔、若者は、一人前の成人として認められるために、15歳など、特定の年齢に達すると住む村から一定期間離されました。そして、何らかの試練が与えられ、また孤独な時間を過ごす「通過儀礼」を体験させられたものです(いまでも、一部の民族では行っているところがありますが)。

 これは、子ども時代に終わりを告げ、大人としての新たな始まりに踏み出すための制度化されたトランジションでした。現在、ほとんどの国・地域ではこうした風習はすたれてしまいましたが、いま直面している変化を乗り切るため、自分なりの通過儀礼をあえて作り出してみるのです。

 具体的には、数日間仕事や家庭を離れ、一人旅に出るのがいいでしょう。滞在先は単純に静かな場所で、自分自身とじっくり対話できる環境が望ましいです。できるだけ何も持たず、滞在中の食事も質素にします。滞在中に考えたこと、感じたことの記録を付けること以外、何も無理してやる必要はありません。ただ、心のままに行動します。楽しいときは楽しみ、退屈なときは退屈でいる。孤独を受け入れ、悲しくなったら泣いていい。この「引きこもり」は、ブリッジズ氏いわく、“空虚への旅であり、感受性を培うための時間”です。古いメガネを外して、世界を新たな視点で見るのです。

第3段階……何かが始まる

 何かの始まり、すなわちあなたが新たにやりたいことは、必ずしも明確なあなたの意思や計画を前提としません。偶然の出会いや出来事が、何かの始まりにつながることの方が多いでしょう。例えば、私にはたまたま飲み屋で隣に座った男性と意気投合して、その人の下で働くことになったという知人がいます。もちろん、その運命の出会い以前に、知人はすでに十分なニュートラルゾーンを体験し、新たな始まりに向かう準備がある程度できていたということもあるのですが。

 新たな始まりは、しばしばあいまいで、言葉で的確に表せません。むしろ、抽象的なイメージや印象の中に、始まりのヒントが隠されています。他者との対話を通じて、そのイメージや印象がより具体的な「やりたいこと」として浮かび上がってくることもあるかもしれません。しかし、確信を持てなくても、また準備不足でもいいので、気になっていることを始めてみることです。行動を通じてやりたいことを確認していくというのは、前々回のクランボルツ理論、前回のイバーラ理論と主張は同じです。

 さて、新たな始まりに対しては、しばしば内的な抵抗が生まれます。それは、安全で慣れ親しんだ現状が壊れてしまうかもしれないという恐怖心からくるものです。また、周囲の反対という外的な抵抗にも遭遇することが多いでしょう。新たな始まりには、内的、外的な抵抗が生じやすいことをあらかじめ理解しておき、適切に対応することが求められます。

 また、新たな始まりは、すぐには結果に結び付かないものです。目標達成のために必要な日々の地道な積み重ねをおろそかにしないこと。結果を出すことに目を奪われすぎないようにしましょう。

 最後にもう一度強調しますが、トランジション=過渡期において特に重要なのはニュートラルゾーンの経験です。始まりと終わりの間のこの期間には、「空虚」と「発芽」があるのです。後悔しないキャリアづくりのためにトランジション理論をうまく役立ててくださいね。

参考文献
▼『トランジション』ウィリアム・ブリッジズ著、倉光修、小林哲郎訳、創元社
William Bridges & Associates(ブリッジズ氏のWebサイト)
ブリッジズ氏プロフィール

筆者紹介

松尾 順(まつお じゅん)

 1964年福岡県生まれ。早稲田大学商学部出身。市場調査会社、IT系シンクタンク、広告会社、ネットサービスベンチャー、ネット関連ソフト開発・販売会社を経て、2001年より有限会社シャープマインド代表。マーケティングリサーチ、広告プロモーション企画&プロデュース、Webサイト開発企画&プロデュースを多数手掛ける一方、キャリア理論や心理カウンセリング、コーチングを学び、主に個人を対象とするキャリアアドバイザーとしての仕事を増やしてきている。顧客心理の理解向上を目指す「マインドリーディング・ブログ」主宰。「シナプスマーケティングカレッジ」講師。



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