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» 2011年10月13日 10時00分 UPDATE

中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(1):2011年、マルチ「な」メディアへの移行

この十数年もの間、IT政策の最前線で走り続けている中村伊知哉教授によるカジュアルなつぶやきコラム。政策へのもどかしさがほとばしります!2011年は過去20年のマルチメディア時代が終わり、次のITステージへと移行するタイミングだ。いま、注目すべき3つの状況とは?

[中村伊知哉,@IT]

2011年、マルチメディアが終わる

 2009年の政権交代から2年で3人目の首相だ。勘弁してくれよ。昭和初期かよ。太平洋戦争が始まりそうな雰囲気ぢゃないか。

 政権交代後の政治は国民の期待に応えていない。構造変化を求めたのに、同じステージをウロウロしたままだ。だが時を同じくしてITは激動期に入り、新しいステージに移ろうとしている。(1)端末=マルチデバイス、(2)伝送路=融合ネットワーク、(3)サービス=ソーシャルサービスという、端末・伝送路・サービスの3点で構造変化が進行しているのだ。

 これはデジャヴュだ。以前も似た光景を見た。1993年のことだ。アメリカでパパ・ブッシュからクリントンへ、共和党から民主党へと政権が移った。同じ年、日本でも宮沢政権から細川政権への交代があった。当時、バブル崩壊後の不景気に悩む日本は、アメリカ新政権の「情報ハイウェー」構想に対抗する形で「マルチメディア」をわあわあ叫び、そしてその翌年、1994年ごろからPCやケータイ、インターネットが両国で爆発的に普及し始めた。

 それから15年後の2009年、アメリカでは息子ブッシュからオバマ、またも共和党から民主党に移り、同じく日本も麻生政権から鳩山政権へ交代。不景気に悩む日本。オバマ政権はICTの重要性を唱えているが、さて、翌年の2010年から、PCやケータイの次のメディアが普及し始めている。奇妙な一致だね。

 なお、日米政権交代の1993年と2009年の翌年、1994年と2010年はいずれも歴史的な猛暑として記録されている。そして1995年と2011年はいずれも大震災。マルチメディアの次の大波が来るのも必然じゃないか?

 2010年から2011年は歴史的にバックリ断絶のタイミング。過去20年のメディア状況と今後の状況との分かれ道となる。

 1990年代初めは、アナログからデジタルへの転換点だった。テレビ、電話からPC、ケータイへ。アナログ放送網と電話網からデジタル放送とインターネットへ。そのチョイ前、80年代中盤に盛り上がった「ニューメディア」は、CATVや衛星などアナログメディアの多様化だったが、90年代初頭の「マルチメディア」 は、PCに代表されるデジタル端末がインターネットなるデジタル網につながる未来を展望したものだった。

 それから20年。マルチメディアが終わり、その次のステージが始まる。それが今年だ。以下の3つの状況が現れている。

(1) 第4のメディア(デジタルサイネージ)

 昨年は、スマートフォン、電子書籍リーダー、タッチパネルPCなど、新型のデジタル・デバイスが一斉にラインアップされ、急速な普及を見せた。大小さまざまの、モバイル型あるいは壁一面据え置き型のディスプレイが登場。50年間君臨してきたテレビ、15年間広がってきたPCとケータイに次ぐ、いわば「第4のメディア」が登場してきた。

 これを出版業界は電子書籍元年と呼び、教育業界はデジタル教科書元年と呼び、広告業界はデジタルサイネージ本格化と読み、いずれも異なるとらえ方ながら、実は1つの事象だった。

 そして今年年頭のラスベガス「CES」はネットTV一色となり、多彩なメディアがさらに多様化するのか、あるいは多彩なメディアがまたしてもTVに集約されていくのか、改めて混沌とした場面を迎えた。

(2) 融合ネットワーク(地デジ)

 2010年はブロードバンド網の全国化が達成される目標年だった。そして、1994年に政策が始まった放送ネットワークのデジタル化、つまり「地デジ」が今年ほぼ完成。日本は世界に先駆け、通信・放送を横断するデジタル高速ネットワークを整備する。クラウド列島だ。メディア融合の環境が整うわけだ。

 明治以来、郵便局整備と並び国家が推進してきた情報網の計画的な整備が完了する。国の通信政策も大きく変わる。アナログ跡地の電波割当方法が決まれば、もうインフラ政策は要らないんじゃね? さらにいえば、計画的な社会資本の全国整備というのは、今後もうわが国では案件がないかもね。

(3) ソーシャルサービス

 CD-ROMが普及した20年前から、コンテンツの重要性が唱えられてきた。インターネットの登場により、放送やパッケージに加え通信のコンテンツも産業として注目されてきた。政府はコンテンツを国の戦略成長産業と位置付けた。

 それから15年ほどたち、コンテンツ産業は元気がない。ショッボーン。それに代わり、ソーシャルメディアが花盛り。トラフィックも収益もソーシャルに集中している。コンテンツが真ん中に座りながらも、それをネタにつながった人々がつぶやき、段幕をつくる。そちらに関心が移り、主役を張る状況は当分続くだろう。コンテンツから コンテキスト、コミュニケーション、コミュニティへ。

 これは、「マルチメディア」からマルチ「な」メディアへの移行でもある。

 1990年代初頭のマルチメディアは、映像・音楽・文字を1台で扱う万能の集約型マシンを作ろうとするものだった。1台に、コンピュータも、電話も、ファックスも、テレビも詰まっている。他に何も要らない。

 だけど、ここに来て登場した新メディア環境は、その逆。再び、バラバラで多様な機械が現れて、テレビ・PC・ケータイ の3スクリーンに、タッチパネルや家庭内サイネージなども加わって、いろんなデバイスを個人が同時に使いこなす。

 「ユビキタス・コンピューティング」。たくさんのコンピュータがつながり合った社会。Xeroxの故・マーク・ワイザー氏が唱えた概念だ。その世界にようやく近づこうとしている。コンピュータは30年ごとに世代が進化してきた。1台を数名で分担して使うメインフレーム=第1世代、1人1台のパーソナルコンピュータ=第2世代、そして1人数台のユビキタス=第3世代。それらは有線・無線の通信・放送「クラウド」で全て常時つながっている環境で達成される。

 より重要なのは、それらデバイスやネットワークが「ソーシャル」によって価値を持つということだ。5年ほど前まで、検索エンジンのように、「向こう 側」の「CODE」で書かれたものがネット社会の中核だったのだが、友達や知り合いや信頼を置く専門家といった「こっち側の人力」がソーシャルという呼び名で力の源泉となる。

 つまり、デバイスがマルチ化し、ネットワークがデジタルで融合し、マルチメディアが完成して、結局のところ、人と人のつながりが価値を持った。それがこの20年の帰結だったわけだ。

 90年代後半に思い描いていた、MITメディアラボが鼻高々だったウェアラブルや人工知能はまだじぇんじぇん来ていない。テクノロジが全てを制圧するデジタル社会はどうやらまだ先の話で、もっとこっち側の、ベタな、キュートな、生身のアナログが当面のお相手のようだ。

 みんなをつなぐところまではやりました。映像も音声も使えるようにはしました。んで結局、あとは皆さんにお願いします。ってデジタルがアナログに頭下げてる風情。

 ははは。分かりゃ、いいんだよ。 デジタルは、ここからやっと面白くなるんじゃないかね。

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


イラスト:土井ラブ平


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