コンテンツ政策ヲ転換セヨ!中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(7)

mixiにしろTwitterにしろニコ動にしろ、ソーシャルサービスは伸びている。つまりシロウトの個人が作るコンテンツで成り立つサービスだ

» 2012年02月10日 10時00分 公開
[中村伊知哉@IT]

ビヨンド・クールジャパン !?

 私の首から上は、ゴダールと川島雄三でできている。胴体は、Sex Pistolsとブリジット・フォンテーヌ。下半身は、つげ義春と松本大洋だ。パンクロックで身を立てたかった。が、挫折した。道を変えた。周りの多くは今もプロでやってるから、あきらめるのは早計だったかもしれぬ。

 表現やコミュニケーションに関心があったので、てゆーかそれしか興味がなかったので、郵政・通信・放送・コンテンツってとこに就職しようとし、郵政省だけ受かったから就職した。公務員志望というわけではなく、大蔵省にも通産省にも興味がなかった。

 創作者や表現者がフルスイングできる世の中を作る側に回ろうと思った。だから官僚出身といっても私が霞が関のことを語るのはふさわしくないのだが、せっかくだからコンテンツ政策について少し整理をしておこう。

 コンテンツという言葉は90年代半ばに登場した。マルチメディア時代を迎え、テレビ番組、映画、音楽、ゲーム、書籍などバラバラな情報作品がデジタルで融合していく。その政策ジャンルを打ち立てたいと思い、92年、郵政省(現総務省)に初の研究会を作った際には「メディア・ソフト」という造語を使った。コンテンツという呼び名はその後普及したものだ。

 私が霞が関を飛び出した98年ごろからコンテンツ政策は徐々に注目を集め、経産、文科、外務、国交省など多くの官庁が施策を打ってきた。2003年には内閣官房に束ね役の知財本部が発足、2004年に取りまとめたプランでは「コンテンツビジネス振興を国家戦略の柱にする」!と記すまでになった。2004年には議員立法でコンテンツ促進法が制定された。

 だけど、最近のコンテンツ政策はパンチがない。補助金をくれたり著作権法をいじったりしてきてはいるが、コンテンツ産業の5兆円拡大を目指すといいながら、この数年、市場は縮小傾向にあり、アニメや音楽などのジャンルは韓国に押されっぱなしだ。

 史上最大のコンテンツ政策は何でしょう?

 私は、1957年の岸内閣、39歳で郵政大臣に就任した田中角栄氏が民放34社に一斉免許を与えたことだと思う。テレビ産業を拡大させ、日本コンテンツの大本となる産業を成立させたんだよね。

 80年代半ば、ニューメディアブーム時のCATV大量許可やCS放送解禁もそれに次ぐ政策だろう。当時、私は担当として、規制緩和を通じたコンテンツ産業の拡大に奔走した。ネットやケータイの広がりも同様にコンテンツを活性化したが、そこに政策の発動は少なかった。

 コンテンツ振興には、コンテンツ会社に補助金をまくより、電波を開放して新しいメディアを一気に形作る方がうんと効き目がある。地デジが整備され、マルチスクリーン環境となり、ソーシャルサービスが主役を張るというメディア新時代を迎えるに当たり、同様のダイナミックな政策プランと政治力が求められている。

 でもね、コンテンツ政策は難しいの。コンテンツ政策の特徴は「多様性」。産業振興もあれば文化保護もある。補助金もあれば著作権違反取り締まりもある。情報リテラシー教育もあればポルノ規制もある。地域情報化もあれば外交もある。

 とゆーわけでいろんな役所が絡んでくる。私が座長を務める知財本部コンテンツ専門調査会がコンテンツ政策のヒアリングを行う相手も、総務省、文科省、経産省、外務省、国交省にまたがる。警察庁も公正取引委員会も絡んでくる。だから利害を一致させて国としての意思を決めるのに時間がかかる。あーでもないこーでもないで日が暮れる。

 しかも、デジタル化で事態が急変している。

 コンテンツ14兆円市場が縮小ぎみに推移する一方、ソーシャルサービスは伸びている。 mixiにしろTwitterにしろニコ動にしろ、ソーシャルはコミュニケーション、つまりシロウトの個人が作る情報=コンテンツで成り立つサービスだ。

 デジタル化がもたらした最大の効果は何でしょう?

 私は、コンテンツの作り手を増やしたことだと思う。あらゆる人がPCやケータイで情報を発信するようになったことで、情報量が爆発的に増大した。私の計算では、デジタル化が活発となった95年からの10年間でコンテンツ市場の伸びは5.8%。GDPの伸びと同程度であり、成長市場とはいえない。だが、その間、日本の情報発信量は20.9倍に増えている。産業は伸びなくてもコンテンツは活発に生まれている。そこがポイント。

 コミュニケーション=個人コンテンツは、通信産業としてカウントされる。自分でコンテンツを作って発信し、そのコスト=通信料も自分で負担する仕組みで出来上がっている市場だ。通信市場は年間15兆円。デジタル化は、コンテンツ14兆円とコミュニケーション15兆円を一体にさせる。その計だいたい30兆円市場をどう切り盛りするかが政策課題。

 視点を広げる。これがデジタル時代のコンテンツ政策に求められている問いだ。

 コンテンツ政策はリアル政策へ視点を広げる必要もある。

 コンテンツがコミュニケーションと結合していくと同時に、コンテンツ=バーチャルはリアルなモノと結合する。コンテンツはそれだけで稼ぐのは厳しい。ネットでタダで見られるようになるとなおさらだ。だけど、コンテンツが活躍すればモノが売れる。戦後アメリカの映画やテレビ番組を見て、コーラを飲み、ジーパンをはき、アメ車にあこがれた。

 同様に、日本のコンテンツを見せてクールジャパンの土壌をつくり、他のジャンルが収益を刈り取る道もあるだろう。他業種と連携した複合クールジャパン策だ。コンテンツという文化力と、ものづくりという技術力を掛け合わせる策を推し進めたい。

 日本は文化力も技術力も持ち合わせているのだが、持ち物を生かし切れていない。総合プロデュースが弱いのだ。そしてコンテンツは経済学でいう「外部効果」が大きいので、投資が過小になる。政策の後押しが効くこともあるだろう。

 政府はクールジャパン策として手を打ち始めた。だが、自分も関わっているのであえて言うが、デジタル時代に適した政策の形成は道半ばだ。

 ダイナミックな政策の転換と構築。やろうよ。

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


記事中写真:著者撮影

アイコンイラスト:土井ラブ平


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