エンジニアのスタートアップで、会計知識はどれだけ必要か?お茶でも飲みながら会計入門・番外編(68)(2/2 ページ)

» 2012年05月11日 00時00分 公開
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ITのスピードに体制が追い付いていない

山口 「起業家のための会計基礎」といった教科書はありますが、こういう書籍が想定しているのは、営業が何十人もいる会社なんです。私のように、1人で会社を回している人間にとっては、現実とのギャップをひしひしと感じます。しかも、このギャップは年々、大きくなっているように思います。

吉田 というと?

山口 今、いろいろな会社の形態があるじゃないですか。おそらくIT業界は最も変化が激しい業界の1つだと思いますが、私のように1人でサービスを運営するということが可能になってきている。一方、そういう現実のスピードに、体制が追い付いていないんですよ。改正しようという意思は感じられるのですが、現場が変わるスピードの方が速い。

吉田 山口さんは現在、どう対応しているんですか?

山口 もっぱら、何かにぶつかるたびに調べて対応する、といった感じです。理想としては、技術や営業はスタッフに任せる部分を増やし、私はもう少し経営面に注力したいのですが、1人の現状ではそうもいっていられないので……。

吉田 お察しします。どこらへんを勉強していますか?

山口 新会社法あたりですね。あと、ファイナンスは、もう少ししっかり勉強したいと思っています。制限株式でいかに資金を調達するかといったところなど……。議決権は行使できた方がいいかなとか、そういうことを調べています。

無議決権株式

 議決権を行使できない株式


議決権一部制限株式

 決議事項の一部に限り議決権を行使できる株式


会計は、思ったよりグレーな部分が多い

吉田 先ほど、ギャップのお話がありましたが、起業して会計知識に触れて、イメージと違った! といったことはありましたか。

山口 かなりありました。率直な感想は「会計ってもっとシンプルで美しいものかと思っていた!」という感じです。

吉田 あ、そういうイメージなんですか。ちょっと意外です。

山口 もともと、私は学生の時に心理学を専攻していました。心理学は「正解」がないというか、明快な答えが見つからない学問じゃないですか。その点、経済学や会計といった数字は、なんてシンプルで美しいのだろうと思っていたんです。ところが実際、起業してみると、結構グレーな部分が多い。

吉田 かなりあいまいな部分がありますよね。業績を測るため、最も重要な売り上げの計上タイミングは「実現した時」とされています。しかし、「実現した時」というのが非常にあいまいなところで、各企業が自社の事業形態に合わせてルールを決めているのが実情です。

山口 そうですね。ケースバイケースで対応していたり、ルールが決まっていなかったり不明瞭だったりしているところが多い。法律が今の情報システムに追い付いていないという話はよく聞きますが、まさかこれほどあいまいだとは……。私の場合、やっている仕事がモバイル向けクラウドという新規分野なので、さらに分かりにくいんですよ。

吉田 税理士さんにとっては、完全に未知の領域ですよね。

山口 そもそも、仕事の中身を分かってもらえない。「で、何を売ってるんですか」という話から始めないといけない。

吉田 分かってもらえますか。

山口 前途は多難ですね(笑)。先ほどの話にもつながりますが、IT技術の進化スピードがとてつもなく速いんです。非IT分野とのギャップはひしひしと感じます。

知らずに困ったこと

吉田 起業する段階について、ちょっとお話をうかがいたいと思います。会計知識がなかったために困ったことはありましたか。

山口 会社法や税法、税金制度を知らなかったのは痛かったですね。スタートアップ特有の話かもしれないが、かなり困惑する部分が多いです。

吉田 サラリーマンだと、自分が税金を払っていることをほとんど意識しませんものね。

山口 そうなんです。都税事務所に税金の手続きにいったら、「これとこれについては税務署に行ってください」と言われて、「あの、ここは税務署じゃないんでしょうか……?」と思わず聞き返してしまいました。国税を扱うところを「税務署」と呼び、都税は「都税事務所」として区別して呼ばれているということも知らなかったし、何がどこの管轄になるといったことも、全然知らなかったんです。というか、そもそもそういったことを知る機会や情報がありません。

吉田 会社法を解説する書籍などでは、資本の払い込みや取締役の選任などは書いてありますが、支払い先が違うといった細かいことは、確かに書いてないですね。

山口 書籍やWebサイトを見ても、だいたい登記する部分までしか書いてないんですよね。お金を掛けずに起業した人が本当に知りたい情報がないから、ああいう本は実際に起業した人が書いてないことが多いのでは、と思います。

吉田 山口さんはかなり細かい部分までお1人でこなしているようですが、逆に「ここは専門家を利用している」という会計分野はありますか。

山口 結論からいうと、ないですね。区の無料サービスを使うこともありますが、プロフェッショナルの友人に、雑談レベルで話を聞くこともあります。「そういえば最近、こんなことで困っているんだけど」といった話をして、相手が話してくれたキーワードを頼りにWeb検索しています。お金を掛けられないというのもありますが。

吉田 なかなか生々しいですね……。でも、相談できる相手は必要なので、そういう意味では山口さんはラッキーなのかもしれませんね。

ITで何かを生み出したいエンジニアこそ、会計知識を習得するべき

吉田 最後に、現役エンジニアに伝えておきたいことなどありましたら、お願いします。

山口 私の場合、常識レベルの会計知識を、起業してから学ばなければなりませんでした。サラリーマンであるうちに、会計に関わる会社の仕組み――年金や会社の仕組み、税金の仕組みについて学んでおいた方が絶対にいいと思います。「世の中こうなっている」「世の中の会社が従っている仕組み」について基本的なところを抑えておくことをお勧めします。

吉田 それは起業する、しないにかかわらず、という意味ですか。

山口 そうですね。というか、むしろITで何かを新しく生み出したいなら、「お金が回る仕組み」を知っておくといいと思うんですよ。

吉田 というと?

山口 「日本が世界から遅れている」、と思ってしまうんです。アメリカやオーストラリアの人とやりとりをしている時などに、強く感じます。昔は、日本が技術の先端を行っていて、いろいろな国が日本から学ぼうとしていましたが、今はもうそんな風潮はなくなって久しいです。

 なぜこうなったかといえば、日本のITが「コスト削減」は成功させる方向ばかりに注力し、「新しいプロダクトを生み出す」という方向に行かなかったからではないか、と思うんです。そろばんがパソコンになり、伝票がオンライン決済になり、便利にはなったしコストも減りました。しかし、新しいビジネスの形を生み出すには至っていない。

 ですから、エンジニアの中でも特に基幹系の人は、コスト削減から一歩離れて、新しいお金の流れが生まれる場所を見抜いてほしいと思います。

吉田 業務に役立つ、という意味ではなく、ビジネスを生み出すために会計知識が必要、ということですか。

山口 そうです。もし「ここは新しい市場がありそうだ」と思ったら、それこそスタートアップで起業してみるといいのでは。コストが掛かっていたマイナスの部分をゼロにするITではなく、新しくもうけられる仕組みを作る、プラスのITです。IT業界はそういうことができる業界だと思うので、今エンジニアが置かれている状況は非常にもったいないと思いますね。エンジニアの皆さん、挑戦して一緒に苦労しましょう。

吉田 力強いメッセージですね。本日は、ありがとうございました!

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お知らせ

お茶会計、書籍化!

ITエンジニアのための会計知識41のきほん

吉田延史(仰星監査法人/公認会計士) 著
インプレスジャパン
2012/02/17
ISBN-10: 4844331485
ISBN-13: 978-4844331483
1575円(税込)

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筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。

イラスト:Ayumi



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