『FabLife』のインターネット黎明期のようなワクワク感D89クリップ(52)(1/3 ページ)

「今までできなかったことが、自分でできるようになるというのは、それ自体がすごいロマンなんです」Fablab Japan発起人のものづくりとは

» 2012年07月17日 00時00分 公開
[高須正和ウルトラテクノロジスト集団チームラボ]
完成した『FabLife』と田中先生 完成した『FabLife』と田中先生

 先日、Fablab Japanの発起人(ファウンダー)である田中浩也准教授@Hiroyeah(慶應義塾大学環境情報学部以下SFC)が、Fablabに全力を投入した体験が、『FabLife(ファブライフ)-デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」-』として出版された。

 個人でのものづくり、パーソナルファブリケーションを楽しむMakerたちが、工作機械や知識をシェアする場所であり、コミュニケーションハブもあるFablabについて紹介されている。

 『FabLife』から、fab活動の多様性とともに、何よりもアツさと楽しさが伝わってきた。

 田中先生に、オープンしたての新しい研究施設(SFCソーシャルファブリケーションセンター以下SFC*SFC)で、『FabLife』についてインタビューした。

fabで家族からの評価が良くなる

──『Fablife』を興味深く読みました。全体から伝わってくるfabの楽しさを、いくつかに分解すると、どういう楽しさがありますか? 例えば、自分で作ると何が楽しいとか、人に教えると何が楽しいとか。

 それは大きい話ですね! すべてを語らなければならない。だってすべてが楽しいから(笑)。

 まず身の回り、家の話から始めます。

 家に3Dプリンタが入って、一番盛り上がったのが修理です。あらゆるものを修理できる。しかも単に元に戻すのでなくて、自分の思う通りに改良して、新しいものにリメイクができる。それでいろいろなものをリメイクすると、家族からも評価が高まって、家庭内コミュニケーションがとても良くなりました。

ティーポットのふたをリメイク。より使いやすい形と素材に ティーポットのふたをリメイク。より使いやすい形と素材に
何かにぶつかってゆがんでしまった洗濯機のパーツ(左)。3Dプリンタで製作した自作の交換用パーツ(右) 製作・写真・田中浩也 何かにぶつかってゆがんでしまった洗濯機のパーツ(左)。3Dプリンタで製作した自作の交換用パーツ(右) 製作・写真・田中浩也

 次に職場、大学での生活が、fabの活動を取り入れたことで、それまでよりはるかに良くなりました。

 授業では、学生がFablabのネットワークを使っていろいろな国に出かけたり、世界とつながり出しています。この間もFablab鎌倉によく来る学生@moyahimaがガーナのFablabに行って、Fablab Japanのサイトにレポートを書きました。他にも海外や地域とつながりながら、いくつものプロジェクトを学生自身がアクティブに進めている、その感覚がすごく好きです。

 ここまで世界が多様化すると、「僕1人で、細部にまで渡ってあらゆる技術的なことを、手取り足取り教える」というのは無理です。もちろん、僕のやれることは全部やるんですけどね。そのうえで、学生が自分で「さらに誰から何を教わるか、どうやって師匠を見つけるか」の方法を見つけられる空間になっているし、もっとその方向に進みたいですね。ニコニコ学会βの「野生の研究者」じゃないけど、世界にはすごいデザイナーやMakerが山ほどいます。それが各地のFablabによって可視化されて、学生がそこにアクセスできるようにもなった。出掛けていけるようになり、留学できるようにもなった。素晴らしいです。僕も教わることが毎日たくさんあります。

 大学の研究室としての活動は、まだリブート途中という段階ではありますが、まずは日本発のユニークな3Dプリンタや工作機械、「パーソナルファブリケーター」をたくさん作っていきたいと思っています。本にも少し載せましたが、使っていると、今の海外製の工作機械はいろいろと問題があることが分かるんです。今のレーザーカッターとかは、全然駄目ですよ。不完全です。あれに使われちゃいけませんよ、皆さん(笑)。

 まぁ、レーザーカッター以外にも、これまでコンピュータにつながらなかった工作機械を、コンピュータの周辺機器として捉え直すことで、道具や家電にも新しい道が開けると思っています。ミシンや調理器具といった機械を、新しいアイデアでもう一度再定義して、製品化まで持っていきたいと思っていて、いくつかの企業と共同研究の取り組みを始めています。

 日本は産業用の工作機械では世界一だと思うのですが、「パーソナルな工作機械」という文脈にちょっと乗り遅れている印象がある。例えば象印がコンピュータ接続の調理器具を作ったり、ブラザーがコンピュータの周辺機器としてのミシンを出すとか、個人のものづくりの道具として、コンピュータとつながるファブリケーションツールとしてのさまざまな工作機械が、日本から出てくるようになると良いですね。

 研究者としては、そこに独創的なアイデアや技術を加えていきたいんです。

インターネット黎明期のような、手探りのワクワク感

──どんな感じで学生がこの研究室に集まってくるのですか?

 学生はそれぞれ、生物学とか手芸とか数学とかみたいな専門分野があって、それとFabを掛け合わせて何かを作りたくて集まってきている印象があります。

  fabの活動には、ちょうど自分が学生のころのインターネット黎明期のように、先生ですらまだ全貌がよく分かってない、世の中の誰もよく分からないという状況の中で、自分で開拓していくワクワク感があります。「誰も正解が分からないけど、とにかく誰もやったことがないことをやっている」感覚。そんな状況って、とにかく時間のある学生の方が有利なんですよ。時間があるから、手探りでいろいろできるわけでしょ。

 工作機械にしても、今はまだ、ほとんどの機械で、PCからの制御方法がそれぞれ違い、バッドノウハウの積み重ねになっています(笑)。将来的には統一されると思うけど、今はまだ音響カプラやテープドライブの時代のコンピュータみたいなもので、きちんと動かないアナログ感がある。3Dプリンタがすぐ詰まって、学生がボヤいたりするけど、「機械というのはそもそも完全なものじゃないんだ、ということを確認する」というアナログな感じは、まるで「マイコンBASICマガジン」の時代のコンピュータみたいで、後で思い返したら絶対、それもすごく面白いことなんですよ(笑)。試行錯誤の経験とか、「壊しながら作る」こととか。苦労した末にやっと動いたら歓声があがるとか。いった良いつの時代だ(笑)。

 今のfabはまさにそういう領域で、誰もやったことがない、よく分からないものを、真面目なものからばかげたものまで楽しむ、カオスな感じがあります。それを楽しむ学生が集まっている。学生それぞれの専門領域が異なり過ぎて、研究室内では会話を成り立たせるのにも一苦労なんですけども、それでも多様性が何よりも大切です。

  「何のために、何を研究しているのかが分かりづらい」とは、よく言われますが(笑)、今は時間の限りひたすらfabと遊んで、戯れて、レパートリーを増やす時期だと思うんです。

SFC*SFCにて開発中のロボットアーム。片側にカッター、もう片側に切断されるスチロールを置いて、両方のアームを動かし、任意の形状に切断する。ロボットアームと、PCからアームを制御するソフトを含めた全体を開発するプロジェクト SFC*SFCにて開発中のロボットアーム。片側にカッター、もう片側に切断されるスチロールを置いて、両方のアームを動かし、任意の形状に切断する。ロボットアームと、PCからアームを制御するソフトを含めた全体を開発するプロジェクト

──そこは新しい領域なので、なかなか分かりやすく、既存の何かに入れるのは難しいですね。

 もちろん140文字で分かるように説明する努力の大切さはありますが、『FabLife』を読むと、「fabがとにかく多様でそれぞれのスタイルがあり、一言では語れない」ことが分かるんじゃないでしょうか(笑)。むしろ「分かる」というよりも「テンションが上がって何か作りたくなる」というような本にしたいと考えました。Webじゃなくて紙に印刷するんだから、それくらい夢中になって紙をめくって汗が出る感じになると良いなぁと。

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