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» 2012年08月02日 14時57分 UPDATE

中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(15):静かな霞が関

大事なのは、企画力より、へこたれない根性、1個1個つぶして10段階のステップを踏んでいく足腰、のようなもの。ひとまとまりの政策を実現するリアリティだ

[中村伊知哉,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

ひとまとまりの政策を実現するリアリティ

 霞が関が不気味なほど静かだ。民主党は政治主導を看板に掲げ、官僚排除で政権運営を試みたが、結局のところ挫折して、今また官僚の力が復活しそうな気配。そうなることは霞が関はハナからお見通しで、新しい政と官の距離を測ってきたのだが、それも落ち着き、さて次の展開に備えようという場面のようだ。出身者として、あらためて霞が関のことを考えてみる。

 一口に霞が関といっても、それぞれカラーがある。

 現政権を牛耳っている財務省の前身、大蔵省は全省庁の予算に是非を下す究極の許認可官庁。ニコニコと人の話に耳を傾けつつ冷酷に首を切る力量が求められる。一方、通産省(現経済産業省)は権限のない分野を開く狩猟族。ベンチャー志向おう盛な人種だ。

 私は80〜90年代の郵政・通産戦争の最前線にいた。90年代初頭には郵政省(現総務省)の通産担当に就き、直接交渉を任された。通産省のカウンターパートたちは超エリートの切れ者ぞろいで、今も政官産学界の各方面で活躍中。ケンカしたくない相手ばかりだった。ボコボコにされつつ、こういう人たちが国際交渉するなら国民としては頼れるなぁと思ったものだ。

 他方、郵政省は10円切手を頭下げて売り歩く前垂れ精神。上半身(頭脳)より下半身(足腰)がモノをいう。のっそりのっそり津々浦々を歩く。すこぶる肌に合っていた。ただ、私はコミュニケーションや表現に関心があったので、てゆーかそれしか興味がなかったので、通信・放送・コンテンツってとこに就職しようとし、企業は落ちて郵政だけ受かったから門をくぐった。公務員志望というわけではなく、大蔵にも通産にも興味がなかったのだ。

 なんて偉そうなことをいってみたが、大蔵も通産も私のような不良を相手にするワケがない。

 ステージ衣装の黄色いスーツで面接に行くような田舎者を郵政省はよくもまぁ採用してくれたもんだといまさらながら思う。自分が人事担当ならそんなバカ必ず落とす。

 なのに通信・放送融合とか、ハイビジョン/ISDN否定とか、コンテンツ政策確立とか、私は毎度毎度役所内で反主流の旗ばかり掲げて、またオマエかと言われ続けていた。なのに筆頭補佐にまで登ったのは、恐らく他の役所ではあり得ない。郵政っていうところは、正しくなくても健康な組織だったと思う。

 だから霞が関でくくられるのには違和感がある。郵政省という特殊な役所出身だからというせいもある。パンクが出身だからエリート官僚という感覚がないせいもある。マスコミで論じられている霞が関と私の感覚はかなりズレている。

 例えば経産省を辞めた古賀茂明さんの著書に、彼が課長のころ所管財団をつぶしたとき、局長が「省益に反する」と非難したという逸話がある。しかし90年代中盤に郵政省が規制緩和をグイグイ断行したのはまったく逆で、権限を離すのが省益となったから進んだのだった。

 通信・放送分野は、権限を手放すことで業界が活性化し、メディアも産業界も支持した。それで担当者の評価が高まり、人事にもプラスとなった。だから規制緩和のドライブが掛かった。

 CATV外資規制撤廃の折など、自民党から「そこまでやるこたああるまい」とストップが掛かるほどだった。それでも実行した。

 当時私は大臣官房の規制緩和担当で、省内の規制当局に「緩和策を出せ」と迫る側だったのに、もういいよ!って止めなきゃいけないぐらいの勢いだった。誤解されることが多いのだが、規制緩和というのは、既得権の破壊でもあるので、役所としては規制強化する以上に仕事としては大変になることも多い。いったん緩和したら再強化はできない。腹をくくる仕事の連続だった。

 政策評価メカニズムが重要だ。今も役所たたきが続いているが、権限を手放さない役所をたたくより、手放したやつを大々的に持ち上げてやればいい。実名でホメてあげて、出世させてやる。たたいてもたたいても、いい答えは出てこないよ。

 TPPにしろ東電処理にしろ電波競売にしろ、断行することで担当が出世するように組み立てれば政策は進む。そうじゃなくて、役所をたたいても、殻にこもるだけ。霞が関ってのは特殊なムラだが、しょせん人の集まりで、フツーにくすぐってあげればいい。

 霞が関(行政・官庁)と永田町(立法・政治)の関係についても一言。

 政治の役割は「企画・議論」より「決断・実行」だ。行政の仕事は、熱量でいうと1が企画、9が決断・実行ぐらいの比重とみてよい。特に、企画したものを実行に移す10倍のエネルギー、つまり調整し、説得し、現実社会に作用するまでの過程が仕事の本質。

 私は30代で役所を飛び出したが、それでも、新法2本、法改正1本をリーダーとして担当したし、官房の審査役や駆け出しチーム員で参加した法律を合わせると20本ぐらいにはなる。それで得たのは、企画力より、へこたれない根性、1個1個つぶして10段階のステップを踏んでいく足腰、のようなもの。ひとまとまりの政策を実現するリアリティだ。

 自民党政権では、前者を霞が関、後者を永田町が担当していた。正確には、「企画・議論・実行」を霞が関、「決断」を永田町というところが実態だった。しかし、戦後復興、安保紛争、中ソ国交、沖縄返還、オイルショック、政治の季節が過ぎ、政治家も小粒になるにつれ、霞が関:企画・議論が永田町:決断・実行のパワーを上回り過ぎ、バランスを崩していった。

 これに対し、民主党政権は「政治主導」という掛け声の下、企画・議論も決断・実行もすべて永田町が仕切ることとした。そして、それが裏目に出た。政治主導を官僚排除と翻訳してしまったからだ。

 しかも民主党議員は頭がいいから、企画・議論が得意で大好き。そちらに体重が掛かり過ぎ、決断・実行ができないというぬかるみにはまった。企画1:実行9の仕事のうち、9は官僚を使わないと進まないのだが、現政権は1も9も官僚排除でやりたがり、結果、1の仕事もできなくなっているように見える。

 私が携わる教育情報化などの行政も議論議論の繰り返しで、決断と実行が見えなくなってしまっている。まだ「議論」するんですか? 要するに、まだ「やらない」んですか?という場面に多く出くわす。それは結果的にやる気がないのと同じだ。

 民間が政治に求めているのは、「熟議より決議」。もう分かったから、速くやろうよ。動かないなら霞が関主導でもいいよ。霞が関は、民間がそう言い出すことを見越して、今静かにしている。

  これに対し、政治はどう出るだろうか。

著者プロフィール

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中村伊知哉

(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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