連載
» 2012年08月03日 00時00分 UPDATE

プログラマのためのリーン・スタートアップ入門(最終回):リーン・スタートアップの実践――ソニックガーデンは2度ピボットした

「リーン・スタートアップ(Lean Startup)」に、いま世界中の起業家たちが注目している。本連載では、スタートアップに興味のあるプログラマ向けに、リーン・スタートアップについて解説。

[倉貫義人,ソニックガーデン]

 これまで、リーン・スタートアップの「価値」「原則」を解説してきました。最終回は「リーン・スタートアップ実践」編です。

 筆者の会社ソニックガーデンで行ってきたピボットの事例を交えて解説します。また、最後に「スタートアップにおけるエンジニア像」についても考えます。

社内SNS「SKIP」におけるピボット

 ソニックガーデンではクラウド事業を展開していますが、事業の大きな柱となっているのが、社内SNS「SKIP」の提供です。主に大企業を対象としたサービスで、セクショナリズムや情報共有がうまくいかないといった課題に対し、企業で働く社員に対してSNSを提供することで解決しようというコンセプトで作っています。競合製品としては「Chatter」や「yammer」といったものがありますが、SKIP自体は2006年から事業開始しており、このカテゴリにおいては実は老舗です。

リーン・スタートアップの成り立ち SKIPスクリーン&イメージ

 「SKIP」事業は、今でこそソニックガーデンの稼ぎ頭ですが、事業を開始した当初から順風満帆だったわけではありません。何度かの方針転換を繰り返したことで、今の形に成長してきました。リーン・スタートアップで言えば「ピボット」してきたわけです。

ピボット

ピボットとは、ビジョンを変えず、製品のチューニングだけでは改善しない場合に行う戦略転換のこと。

「価値仮説」と「成長仮説」を検証していく中で、学びの中から間違いに気付くことがある。その時に、「ピボット(方向転換)」を行う。


SKIP:価値仮説からの第1のピボット

 SKIPはもともと、筆者が前職のSIer時代に社内向けとして作っていたものをオープンソース化して、その後にクラウドの事業として始めたものです。 ある程度製品が構築されていた状態からビジネスを始めたので、その点においてはリーン・スタートアップ的ではなかったと思います。

 SKIPという製品を売っていく際、私の最初の仮説は、「クラウドを使うことに抵抗がなさそうな中小企業をターゲットとして、営業コストを掛けず、オンラインでの販売で完結させて低価格で販売し数を稼ぐ」というものでした。

 シリコンバレーでツール販売をしている企業を参考に仮説を立てたのですが、日本市場においては中小企業の方が保守的で、SNSという製品の性質が導入にノウハウが必要だということなどから、結果としてほとんど売れませんでした。

 そこから得た学びは、以下のようなものでした。

  • 当時の企業向けのビジネスにおいて、クロージング部分にかかる営業コストは必要
  • ターゲットとしては、大企業の方がこの製品で解決できる課題を持っている
リーン・スタートアップの成り立ち 最初のピボット

 そこで、私たちは最初のピボットを行いました。扱っているSKIPという製品はそのままに、販売戦略を見直しました。ターゲットを大企業に絞り、解決できる課題を明確にし、私たちの強みである運営ノウハウを導入時に提供するという方針への転換です。

 このピボットの結果、SKIPは少しずつ売れていき、ニーズはあるのかという価値仮説の検証をすることができ、次の一歩に進めることになりました。

SKIP:成長仮説のための第2のピボット

 ピボットをしたことで徐々に売れるようになってきたSKIPですが、その当時の製品は、 自分たちがつくったオープンソース・ソフトウェアそのものをベースにしていました。 そのため、システムとしては、お客さんごとに毎度セットアップが必要な「シングルテナント」で、手間とコストが掛かるものでした。また、シングルテナントのため従量課金ではなく定額料金だったのですが、それでは大きな会社に売れたとしても利益は少ないものでした。

 そこで、次のピボットを行います。今度は販売戦略を変えずに、製品をそのまま作り直すことにしました。マルチテナント化を行い、従量課金に耐えられるような仕組みとして作ったのです。リプレイスではなく、販売戦略のコンセプトに合わせてゼロから必要最小限のものを作ったことも、重要なポイントです。

リーン・スタートアップの成り立ち 2歩目のピボット

 この結果、ようやくSKIP事業は利益を出しながら持続していける事業として育つことができました。

「片足を置いたまま、もう片足の位置を変えよ」

 ピボットにおいて重要な点は、「軸足」を置いて方針転換をするということです。事業が当初考えていた仮説と違っていたからといって、まったく違う事業を始めてしまうと、また最初の仮説に戻ってしまうため、前に進めません。

 片足を置いたまま、もう片方の足の位置を変えるのが、ピボットの肝です。そのためにはブレないビジョンが必要です。

 事業開始の当時、私はリーン・スタートアップを知りませんでしたし、ピボットという言葉も知らなかったわけですが、今思い返して分析すると「あれはピボットだったのではないか」と思えます。

 とはいえ、他にかなり無駄なこともしてきたので、あまり良いリーン・スタートアップの事例とは言えませんが、ピボットそのもののエッセンスは感じてもらえたのではないでしょうか。

アジャイル開発とリーン・スタートアップの違い

 アジャイル開発に慣れ親しむエンジニアからすれば、リーン・スタートアップを知った時「これはアジャイル開発では?」と思ったかもしれません。

 確かにリーン・スタートアップを進めていく際、アジャイル開発の要素は必要です。しかし、アジャイル開発が必要な場面は、「構築:計測:学習」の「構築」部分です。

 リーン・スタートアップとアジャイル開発では、重視する点が異なります。リーン・スタートアップでは作らないことも選択肢としてありえます。「どう作るのか」よりも「作るべきなのか」を考えます。

 最近、開発と運用が協力し合うことで頻繁なリリースを実現し、運用しやすいソフトウェア開発を実現するという「DevOps」という考えが広がりつつあります。 ソフトウェアは動くことで価値があるのだから、開発と運用が同じゴールをもつことは全体の効率を考えれば、非常に良いものだと分かります。

 そして、そのDevOpsに加えて、ビジネスの人たちとも同じゴールを共有するというのがリーン・スタートアップの根底にあります。

 ビジネスは、マーケットに向き合うことで価値があり、そのためには運用できていなければならず、そのために開発が必要になります。そのビジネス担当も含めたチームでゴールを共有することが、最も無駄のない活動を実現できます。

リーン・スタートアップの成り立ち リーン・スタートアップ=マーケティング+(DevOps)

スタートアップで求められるエンジニアの資質とは

 リーン・スタートアップには、こういう言葉があります。

 「スタートアップで働く人は皆アントレプレナーである」

 すなわちエンジニアであってもアントレプレナーシップを求められるということです。

 アントレプレナーシップにおいて重要なことは、スタートアップにおけるビジョンの達成にコミットするということです。エンジニアだからといって「構築」だけに専念するのではなく、役割にとらわれない意識が大事です。もし専門家を目指したいのであれば、スタートアップではなく研究所や大企業にいった方が幸せでしょう。

 そして、スタートアップにおいては「構築」そのものよりも、持続可能なビジネスを作り上げることを目的とするので、自分たちで作った製品を捨ててしまう判断をすることもありえます。「捨てる」という判断を受け入れられるかどうかも、スタートアップのエンジニアに必要な資質といえるでしょう。

リーン・スタートアップという“仮説”からの出発

 リーン・スタートアップの考え方が広まるにつれ、多くのエンジニアもリーン・スタートアップについて学ぶことでしょう。しかし、どうしても「正しいリーン・スタートアップ」を求めがちになるエンジニアが多いように思います。アジャイル開発についても「正しいアジャイル開発」を求めていませんでしたか?

 スタートアップとは、不確実な状況の中で新しい価値を生みだしていく組織です。それぞれのスタートアップにおける状況は千差万別です。

 1つとして同じ状況ではないのに、他と同じ考え方や手法がそのまま通用するほど、甘い世界ではありません。「正しいリーン・スタートアップ」を実践したからといって、成功するわけではないのです。

 筆者は、リーン・スタートアップだけが正解だとは思っていません。しかし、リーン・スタートアップを自分たちの文脈における解決方法の「仮説」だと考えると、手探りで進めるよりはずいぶんと無駄なく進めることができるでしょう。

 教条主義に陥らず、手法ありきで考えるのではなく、自分たちの問題の本質を理解し、自分たちの頭で考えることが大事です。

 自分たちのビジョンにあわせたビジネス、組織、考え方を、自分たち自身で考えて変えていくことがリーン・スタートアップで目指す「人の時間を無駄にすることをやめる」につながるのではないでしょうか。

筆者プロフィール

ソニックガーデン

倉貫義人

倉貫義人

ARC(Agile/Ruby/Cloud)を得意とするソフトウェア企業「SonicGarden」代表。大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2009年に「SonicGarden」を立ち上げる。また、日本XPユーザグループの代表をつとめるなど、アジャイルの普及を行ってきた。現在は「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットーに、アジャイルソフトウェア開発とリーンスタートアップを自ら実践中。

ブログ:http://kuranuki.sonicgarden.jp/


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