IT復興円卓会議中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(18)

メディアが劇的に揺れ動く中で被った震災は、変化を加速させている。ITによる全国復興は、変革させつつ進められる

» 2012年10月03日 16時05分 公開
[中村伊知哉,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

「ITを」復興させることよりも「ITで」復興させること

 3.11はIT政策の転換を促した。私は震災から間もなく、目の前の「復旧」以上に長期的な「復興」に向かうことと、「ITを」復興させることよりも「ITで」復興させることに力を入れることが大事と考え、3本柱の提案を掲げた。

ネットワークの再設計

 阪神・淡路と異なり、今回はケータイが働かなかったが、ネット、特にソーシャルメディアが活躍した。インターネットは核戦争を想定して設計したもの。パケット通信の威力が初めて実証された。今後、デバイスはマルチになり、ネットワークはクラウドに移行する。新しいメディア環境が必要となる。 アメリカが核戦争に備えITの研究開発を進めたように、日本は自然災害に立ち向かう技術を生み、実装し、強い国土を建設すべきだ。

海外への情報発信

 震災後、海外メディアが日本を賞賛する報道が目立った。暴動も強奪もなく、電車を2列で待つ、冷静で毅然とした日本。しかし、その後の原発対応で、日本のイメージは悪くなり、観光客も激減した。正確な情報をさまざまなチャンネルで発信する体制が要る。海外メディアを買うなりチャンネルを押さえたりする政策も重要性を増す。

IT利用促進

 被災地でネットが使えたとはいえ、高齢者の普及はまだ低い。もっとITが場所や世代を超えて使えるよう環境を整えること。すなわち、情報格差の是正、情報リテラシー教育の充実。 被災地では教科書やカルテが流されて混乱した。そんなのはコンテンツをデジタル化し、クラウド化しておけばよい。被災地対策ではなく、全国の情報化策だ。

 これは一例だ。当時、同様にさまざまな方がいろんな提案を抱いていた。私にできるのは、そういう方々の場を用意すること。そう考え、2011年4月13日、慶應義塾大学三田キャンパスで「IT復興円卓会議」を開催した。地震から1カ月、被災地では必死の活動が続いていた。政治、政府、産業界、NPO、言論界、学界など50名程度によるラウンドテーブルだ。ぼくが司会を務め、ネット中継に加えテレビカメラも入った。そして、下記の提言をまとめ、政党・政府に託した。

日本の復興にはITの整備・利用が重要。総力を発揮しよう。

政官産学連携による対策

国会、政府、自治体、産業界、NPO、学界などが連携して総力を挙げること

復旧から復興・新生へ

被災地対策・復旧から、災害に強く省エネに資する全国にわたる新ITシステムを建設していくこと

ITの利用促進

情報格差の是正、公共分野での利用促進、情報リテラシー教育の強化を図ること


 しかし、これには批判も寄せられた。議論がまったく不十分だというのだ。そこで、IT復興策のニコニコ生放送を7回シリーズで提供することにした。テーマは1)行政、2)メディア、3)通信、4)ソーシャル、5)ボランティア、6)政治、7)総括。引き続き私が司会、サブに慶應義塾大学菊池尚人さんを置き、佐々木俊尚さん、池田信夫さんらに主導してもらいつつ、テーマごとにゲストを招いた。計85名の有識者に参加してもらった。

 毎回、突っ込んだ議論となった。例えば、第6回「政治」をピックアップしてみよう。民主党藤末健三参議院議員、高井崇志衆議院議員、自民党世耕弘成参議院議員と池田信夫さん。

 総理が菅さんから野田さんに代わったものの、TPPや消費税増税などゴタゴタは収まらず、あれほどの震災があったにも関わらず政治は混迷。関東大震災の際は26日後に帝都復興院ができたスピードに比べれば、復興庁ができたのが震災から1年後というのはあまりに遅い。

 私のそんな指摘から始まった議論は与野党議員の激突を招いただけではない。世耕議員は「復興に関しては今ほど国会が機能している時期はない」とし、被災者への賠償金や補償策について与野党の協力を強調した。

 ただし、政府、内閣はダメだという。内閣ができないことに関しては野党が議員立法を提出する、あるいは内閣が出してきた法案について野党が提言をし、与党が受け止め修正を行うといったやりとりを何度も行っていたという。

 震災を機に行政府(霞が関)から立法府(永田町)に機能が移行しているということか。少なくともITに関しては与野党の向いている方向は近く、後はどう実行するかだ。スティーブ・ジョブスのような強烈なリーダーシップが必要だ。

 池田信夫さんは「復興には分権化、権限移譲が必要。一方、今後の災害への対応には集権化が必要だ。縦割り官庁をしっかり集権化すべき。外交、警察、軍事。危機管理に備えるところに政府の中央集権的な役割が求められる。この教訓だけは学んでほしい」と説く。

 政治・行政だけでなく、メディア側の変革を求める声も多かった。

 「政府とマスメディアの間に緊張性が足りなかった。マスメディアがツッコミ切れなかった。NHKと民放の二元放送というスタイルがあるが、マスコミの公共性を担うのはどこかという議論はしていくべきだ」(松原聡東洋大学経済学部教授)

 「TVのインターネットに対するアレルギーは減ってきた。小沢一郎さんがニコ動に出たり、尖閣の話でYouTubeの動画がTVでソースになったりするようになった。TVがインターネットとのスタイルを考え始めた矢先の震災だった。今後、もっとこういう流れができてくる」(夏野剛慶應義塾大学特別招聘教授)

 第7回「総括」ではこのような指摘もあった。メディアが劇的に揺れ動く中で被った震災は、変化を加速させるだろう。ITによる全国復興は、政治も国民も巻き込みつつ、そしてメディアの形をも変革させつつ進められる。円卓会議はひとまず終了したが、引き続き知恵を出し合い、共有していきたい。

中村伊知哉

(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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