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» 2012年12月25日 14時07分 UPDATE

頭脳放談:第151回 現行トランジスタの高性能化の限界が見えた?

トランジスタの動作速度は、これまで年率X%的な勢いで向上してきているが、それもそろそろ限界のようだ。さまざまな限界要因が指摘されてきている。

[Massa POP Izumida,著]

 「年率何%で」といった話はよくあるけれども、大きな%であればあるほど、そんなに長く続くものではないと考えるべきなのかもしれない。中学レベルの数学で、1を超える公比の等比級数は発散するに決まっている。年率8%などという数字は結構べらぼうなレートで、100年続いたら2200倍にもなる数字だ。それに比べると年率3%程度はおとなしい数字だが、何であれ、現実の事象でそのような等比級数的数列が表れてくるときには、いずれ遅かれ早かれ単調な増加は止まり、減少に転ずるか、サイクリックな運動をなすか、カオス的変動に遷移するか、と考えるべきだ。数学じゃ無限は扱えるが、現物に無限はあり得ないからだ。すべからく数値の単調増加あるいは単調減少は、現物の重い動きの前に跳ね返されるといってよいだろう。

 経済、社会の変動の潮目なども、そういう変曲点的ポイントであるに違いないのだが、経済、社会でそれを感知するのは難しい。過ぎて何年もたってから、「あぁ、あそこがポイントだったのね」と理解できる程度のものである。分かればボロ儲けできるに違いないが、筆者にそんなことができないのはこのような文章を書いていることでも分かる。

 近代的な数学は無限なしには勉強できないが、工学分野の現物に即したデータには無限というのはあり得ない。半導体業界を導くかの「ムーアの法則」もまた、年率X%の類の法則であるからして、無限に続けられるはずがない。原子の大きさを下回るようなところまで微細化できるはずもないから、いまの技術の行く末には原子の大きさのような現物の壁がある。よって「ある一定期間に対して成り立つ」経験則なわけである。

 同様にトランジスタの動作速度も、昔の遅い速度から年率X%的な勢いで向上してきたわけである。これまた同様に「現物の」限界があると考えるべきだろう。今回、地味なニュースリリースながら、そのあたりで従前の見方に一石を投ずるような研究成果を早稲田大学と科学技術振興機構(JST)が発表していたので取り上げたい(「半導体デバイスの高速化・省電力化の限界は、流れる電子の数で決まる 技術開発のロードマップにも影響する理論的限界を解明」)。

 動作速度の向上は微細化と表裏一体の関係で進んできた。商用マイクロプロセッサの動作速度(クロック周波数)などは、この10年ほど4GHzあたりで停滞しているが、これは消費電力と発熱の問題なのであって、トランジスタの性能自体は向上を続けている。CMOSでも高周波のRF(Radio Frequency)に届くようになったのはそのおかげの1つだろう。

 そんななか、従来、注目されていたのはRTN(ランダム・テレグラフ・ノイズ)というものだった。主要な半導体メーカーのほとんどの研究所がやっかいなこの問題に対処してきた。こいつを放置しておくと、低い確率ではあるが、特性に大きなバラツキをときおり示す厄介物のトランジスタが「混入」してしまうことになるからだ。例えば、1000個に1個、ほかのトランジスタの特性と10倍異なるようなデバイスがひょっこりと表れてしまう。10倍も違うと回路設計の前提は成り立たない。数十万から数千万ものデバイスを集積することを考えると、そこかしこに不良トランジスタが表れてしまうという状態に相当する。これではやっていられない。幸いというか、この問題の原因は、絶縁膜中の欠陥によると考えられているので、「欠陥をコントロール」することができれば乗り越えられるということで各社がアプローチをかけている。こちらは努力すれば乗り越える方法が見つかりそうな問題である。

 ところが、今回発表によると、数十GHzから100GHz付近では、電子数の変動による雑音が「必ず」ランダム・テレグラフ・ノイズより大きくなる、ということなのだ。言われてみればもっともなのだが、微細になり、かつ、速度も高まっているのであれば、関与できる電子の数も減ってくる。いままではそれなりの数が流れていたので「何個流れている」といったことは問題になってこなかったが、とうとう前述の周波数帯のあたりで、関与している個数が何個というような状態が見えるようになってしまい、結果としてそれがノイズとなるという指摘なのだ。現行のトランジスタを考えると、確かに逃れようのない限界のように思える。川のような太い流れであったものが、細く速くしすぎて1個1個の水の分子の粒の動きが見えてしまったようなものだ。

 この指摘だけでなく、微細化もだいぶ前から絶縁膜の厚みなど原子何十個というような厚みに迫っている。まだ数世代、たぶん筆者などの年寄が引退するか死ぬかするくらいまでは大丈夫だろうと高をくくっているのだが、その先そう遠くない時期に、現行のトランジスタを使った方式は乗り越えられない壁に当たることがまず確実ではないかと思われる。これ以上小さくできない、これ以上速くもできない、と。確実に若手のエンジニアはそういう時期に当たらざるを得ないであろう。

 まぁ幸い、原子、電子のレベルで操作することで、現行方式よりもう少し先まで行けそうなアイデアがないわけでもない。そのころに、そのようななにか新しい方式に乗り移っていられるか、いまの方式で先のない壁に跳ね返されているか、あなた次第というところでしょうか?


Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス・マルチコア・プロセッサを中心とした開発を行っている。


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