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» 2013年05月27日 15時36分 公開

中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(33):ようやく、マイナンバー。

税と社会保障の共通番号「マイナンバー」は、当初予定から1年ズレて、2016年にスタートする。「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」の意味を考える。

[中村伊知哉,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 5月24日、マイナンバー法案「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」がやっと成立した。消費税上げと連動するはずの制度として2012年に提出されたものの、解散をめぐる政治的駆け引きのあおりをくらい、いったん廃案に。自民党政権となって再提出されていたものだ。このため、税と社会保障の共通番号「マイナンバー」は、当初予定から1年ズレて、2016年にスタートする。

 しかし実は私は中身をよく分かっていない。前政権の末期に、うかつにもマイナンバーに関する講演を引き受けてしまったため、慌てて内閣官房のサイトから資料を全部ダウンロード、読んでみた上で、ちまたに出回っている書物を数冊買い込んで、繰り返し読んでみた。それでよく分かったことがある。やっぱり「よく分からん」ということだ。結局、その講演は、よく分からん、ということをコクるプレゼンになり、聴衆もよく分からずに来ていたから、それはそれで、みんなよく分かっていないことが、よく分かった。

 プレゼンに当たり、自分に関する番号を片っ端からチェックしてみた。運転免許証、パスポート、年金手帳、税務署からの請求、皆別の番号が付いていて、国や公的機関が管理している。大学や企業そのほかの所属団体の証明証、電話番号、病院の診察券、クレジットカード、キャッシュカード、ポイントカード、アメリカに住んでいたころ取得したソーシャルセキュリティナンバー……。皆番号が付いていて、誰かが管理している。一方、これだけ番号がある中で、国民全員が持ち公的機関が管理する番号はなかった。

 この制度は「国民ID制度を作る」より「税と社会保障の一体改革を進める」という目的に集中してつくられている。税・社会保障の分野に限定した番号を国民に与える。すると所得が把握しやすくなるし、行政コストも減るだろう、ということだ。国民に与える番号は、氏名・住所・性別・生年月日の4情報と関連付けた個人番号。これを住民基本台帳で管理・把握しようとする。10年前に住基カード、住基ネットで騒ぎになり、あまり使われてこなかった仕組みを、もう一度きちんと使おうとする仕組みだ。

 よく分からん点に関しては、経緯をひもとくと、なぜそうなっているかが少しだけ分かる。2つのトラウマが関わっている。

 まずはグリーンカード。非課税貯蓄(マル優)を名寄せするため少額貯蓄等利用者カード=グリーンカードを導入しようとし、1980年に法案の可決までいったのだが、郵政・金融業界が反発、85年に廃止された。収入の把握には大変な政治的抵抗があったのだ。そして住基ネット。2002年に稼働したものの、民間は使えず、数字もわざと覚えにくいものにされ、つまり過剰に安心対策を行ったせいで2011年末で621万枚、国民の5%しか使われていないという。

 しかし、それでもやらなければ、となってきたのは2つの事件が後押ししたから。

 まずは2007年の消えた年金。該当者不明の記録5000万件が発覚した。基礎年金番号と氏名・住所・生年月日が正しければ照合可能だったという。今もなお半分が不明のままという。これは人災だ。そして2008年のリーマンショック。定額給付金1人1万2000円が給付された本来は所得制限を掛けたかったのだが、全国民の所得が捕捉できないので、全国民に定額給付されたわけだ。これらは皆前の自民党政権の出来事。だから、現政権が責任を負ってるんだよね。

 マイナンバーの役割として政府資料にはさまざまなものが挙げられているが、給付付き税額控除、本人確認、添付書類削減の3つがポイントかと。

 給付付き税額控除は、消費税上げの逆進性対策として導入が検討されている仕組みで、税額控除で控除し切れない額を社会保険料を相殺するか給付する。だから税と社会保険を一体に捉えようというわけだ。

 本人確認も大事。2011年の震災時、見舞金を給付しようとしても身元確認手段がなく、金融機関の作業に支障が生じた。弱者にとってのセーフティーネットとなる。そして公的書類の添付書類削減。結婚・妊娠・出産・育児の場合、平均で女性は21種類の手続きが必要だそうだ。引越には最大13種類の添付書類が求められる。行政機関の連携でそれが減る。ぼくは人生51年で27回引越をしていて、間もなく28回目を予定しており、それ自体バカげたことだが、書類ワークに要するコストがちょいとでも減ればいいなと。

 でも、正直、あんまりうれしくはない。マイナンバーは数千億円のコストを掛けて大変な政治調整を要する割に、制度化のワクワク感が薄いというか。だって、税と社会保障だけなんだもん。

 一方、怖がっている人は多い。2011年3月の内閣官房調査によれば、「番号制度導入により国家によって国民が監視・監督される」46.9%。「偽造やなりすましによって、自分の情報が他人からのぞき見されたり不正利用されたりする」36.7%。「自分に関する情報が漏洩しやすくなる」27%。

 でも、国家監視でいえば、パスポートは外務省、免許証は警察、今でも管理したけりゃできる。パスポート番号を管理してくれていないと外国に入れずに困る。情報漏洩にしても、情報が漏れて本当に困ることって何だろう。正直、ネット化で莫大な利便を享受している私は、具体化していないぼんやりした不安でメリットをつぶすことが正当化できないでいる。

 もちろん、安心できる制度構築は大事で、目的外の特定個人情報の収集・保管の作成禁止、個人情報へのアクセス記録を自ら確認できるマイ・ポータルの構築、第三者機関(個人番号情報保護委員会)による監視・監督といった手段が取られようとしている。いや、していた。これもどこまでコストを掛けるか。だからといって、個人情報保護のあおりで見られたような、緊急連絡網が作れないとか、事故で搬送された人のリストを病院が警察に教えないとか、行政が民政委員に情報を渡さずに虐待家庭のフォローができないといった事態は、安心を求めて余計に不安をもたらした事例。

 要は、便利と安心のバランスをどう取るかだろう。

 このバランスの点では国によってバランスが違う。

 ・国による統制が強く、利用範囲が広い 北欧

 ・国による統制が弱く、利用範囲が広い アメリカ

 ・国による統制が強く、利用範囲が狭い ドイツ

という感じ。

 スウェーデンは政府への信頼が厚く、個人情報公開への許容度が高い。氏名・住所はプライバシー情報でなく公開が当然という考え方で、SPAR(情報登録庁) には「A市に住む年収xクローナの30代の女性リスト」といったことが申請できるそうだ。

 アメリカの社会保険番号SSN(Social Security number)は 行政以外に民間で幅広く利用されている。ぼくもアメリカに住む際、銀行口座の開設やアパートの賃借に必要なため、真っ先にこれを取った。プライバシーは民間と個人の自主判断に任され、連邦政府の規制・監督はない。ただし、インターネット普及後は、その弊害も顕在化してきたため、複数の州政府がSSNの利用を規制している。

 ドイツには納税者番号があるが、政府の個人情報管理への抵抗が強い。ナチスの影響らしい。日本はこのままだとドイツ型となる。それでいいのか、ということだ。

 便利と安心のバランスは、公開と保護のバランスと言い換えてもいい。マイナンバーはコンピュータ/ITシステムだけど、ネットをめぐる利便性と恐怖の問題と同様だね。ぼくはITの利便性をどう拡張するかに心を砕いているので、マイナンバーもいかに安心を確保するかよりも、どうメリットを広げるのかに関心がある。ここはマイナンバーを「慎重に」導入しようとする方々とは意見が異なる。

 病院・学校・銀行・引越・郵便局・ネット・郵便。公共的な領域に絞っても、いくらでも利用分野がある。金融・固定資産を一括管理する資産運用アドバイス。病院間をつないだ医療データのやりとり。さらに、一度IDを登録すれば、ほかのサイトでも同じIDでログインできる、いわゆるオープンIDに広げれば、ネット上のさまざまな民間サービスで利用できる。野村総研の試算では、番号制度による電子行政の効果3.8兆円に加え、民間でのID活用により10.5兆円の経済効果があるとしている。

 税と社会保障に限るだけでも不安が高いことを考えれば、そこまで広げるのは抵抗が大きかろう。しかし、税と社会保障だけで巨額のコストを掛けてシステムを構築するメリットも説明しづらい。というか、要するに私が良く分からないのは、メリットの小ささと安心コストの大きさがアンバランスじゃないか、ということだ。

 民間利用の範囲でいえば、「自由に認める」と「一切認めない」との間に、「利用者・顧客が同意すれば良い」とか「政府の許可制にかからしめる」とか、いろんな幅がある。でも、民間利用の可能性は、法施行後3年たってからようやく検討されるのだという。

 しかし、この件に限らず、メリットがどうでデメリットがどうで、便利がどうで安全がどうで、って話ばかりで、結局導入が見送られたり、利用が制限されたり。失った20年を通して日本が悩まされている症状だ。やってみよう、という空気になるにはどうすればいいんだろう。いい換気扇が欲しい。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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