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» 2013年07月08日 17時30分 UPDATE

三国大洋の箸休め(4):NBAに本格到来した「マネーボール」の流れ

NBA名門チームにおける最近の人事から、データ活用を目指したチームの思惑が見え隠れする。『マネーボール』で描かれたようなデータ主導型のチーム運営が本格化するのだろうか。

[三国大洋,オンラインニュース編集者]

 プロ経験の全くない大学バスケットボール・チームのヘッドコーチ(HC)が、NBA(米プロバスケットボールリーグ)きっての名門チームから新たなHCに指名された。この異例の大抜擢の背後に、データを活用しながら新しい「王朝づくり」を狙うチーム側の思惑が見え隠れする……。今回はそんな話を少し紹介する。

 NBAにボストン・セルティクスという老舗のチームがある。過去の優勝回数17回(30チーム中最多)を誇り、2000年代に入っても優勝した2007〜2008年シーズンから5シーズン連続でプレイオフ進出を続けている強豪チームである。そんなセルティクスが7月初め、空席となっていたHCにブラッド・スティーブンスという「新人」を起用すると発表し、NBA関係者やメディア、ファンの間でかなり大きな話題になっていた。

 同氏は、1976年生まれの36歳とNBAチームのHCとしては年齢もかなり若い(現役HCで最も若く、またリーグ全体では彼よりも年長の現役プレーヤーが何人か存在する)が、それ以上に異例なのは、これまでNBAに全く関わったことがないという点だ。NBAのHCというと、普通は選手経験者も含め、1度はアシスタント・コーチなどの立場で修業した後になるケースが圧倒的に多い。中には、現役引退後すぐにHCになったジェイソン・キッドのような例もあるが、それも名誉殿堂入りがほぼ確実なスーパースター、しかもチームの司令塔といわれるポイントガードを務めていた選手に限っての例外で、全くの未経験者がなるというのは珍しい。また過去には、強豪大学チームのHCとして優れた実績を残した人物が、鳴り物入りでNBA入りしながら、結局期待された成果を上げられずに終わったという例が続いており、その点からもスティーブンスの起用を意外なものと受け取る声が目立つ。

 また同氏は、インディアナという米国で最もバスケットボール熱の高い州の生まれで、大学卒業後には医薬品大手メーカーのイーライリリー(Eli Lilly 、インディアナ州に本社がある地元企業)に就職したが、ボランティアとした関わったバトラー大学のアシスタントコーチからきっかけをつかみ、大学バスケットボールの世界に身を投じることになったという。

 大学バスケットボールというのはアメリカンフットボールと並んで、かなりの大金が動くビジネスになっており、毎年3月にあるNCAA全米トーナメントの常連校の中には、チームの年間収入が数千万ドル、コーチの年俸もプロ並みの数百万ドルといった例も珍しくない。今年3月に出ていたCNNの記事には、トップのルイヴィル大学では年間収入が4240万ドル(利益が2690万ドル、粗利率63%)、2位のシェラキュース大学でも年間収入が2590万ドル……といった数字が並んでいる。

 またForbesでは、各チームの推定時価総額やら、HCの年俸ランキング、さらには「NCAAトーナメントで勝ち進むと、各HCがどれくらいのボーナスを得られるか」といった話も出ていたりする。

 こうした大規模な強豪校に比べると、バトラー大学のバスケットボールチームは、資金面でそれほど恵まれているとはいえない(大学の規模自体も院生まで含めて4600人あまりと小さい)。そのため、集められる選手もおのずと限られ、大規模校のように「将来NBA入りが確実とみられるような超大物高校生選手の獲得に動く」、あるいは「そういった選手を遠くから連れてくる」というわけにはいかない。さらに悪いことに、同州にはインディアナ大学という数多くのNBA選手を輩出してきた、全米でもよく知られるバスケットボールの名門校も存在する。地元出身者を中心に選手集めをするにしても、かなりの苦戦が予想される状況といえよう。

 そんな不利な立場に立つバトラー大学のバスケットボール部が、ここ6シーズン続けてNCAAトーナメント(全米から64校が選ばれる)に進出し、特に2010年と2011年にはいずれも決勝戦まで勝ち残ったというのだから、スポーツというのはつくづく面白いものだ。

 このバトラー大学の躍進を支えた中心人物が2007〜2008年のシーズンからHCを務めるスティーブンス、ということになるが、その人物紹介記事の中にはほぼ必ず「統計分析(statistical analytics)」を活用、といった一節が登場してくる。例えば、「KenPom.com」というその筋で知られた大学バスケットボールの統計サイトに自分でログインして、次の対戦相手の弱点を数字から洗い出すーー従来は相手チームのビデオを観て予習するなどのやり方が主流だったらしいーーことに加え、最近では専門のスタッフまで雇って、データの収集・分析・活用を進めているという。

 そういうスティーブンスHCの指導方法はかなり具体的で、例えば、「対戦相手に46%のフィールドゴール成功率を許している現状では、決して目標としている成績を残せそうにない(中略)相手のシュート成功本数を1試合当たり3本減らすことができれば、被シュート成功率は40%まで下がる。つまり全米でも上位20校に入ることができる。そうなれば、NCAAトーナメントに進める芽も出てくる」といった具合だという(Butler basketball counts on statistics : Coach Brad Stevens uses 'Moneyball' strategy - WishTFV)。

 またデータ分析の専門スタッフ、ドリュー・キャノンは大学バスケットボールの名門中の名門デューク大学で経済学を専攻、さらにデイブ・テレップという著名なアナリスト(ESPNに在籍)の下で15歳から見習い修業をしていたという経歴の持ち主。「片時もMacBookを手放さず、データの収集・解析に没頭している」といった逸話もある。キャノンは、自分の手と足で集めたデータを元に「隠れた高校生の逸材」を見付け出す名手であると同時に、バトラー大学の試合についても、選手ラインアップの分析ーーどの選手同士を一緒に出場させると、攻撃や守備の確率がどう変化するか、といったパターン分析ーーが得意で、スティーブンスHCはこの分析結果を積極的に選手起用に役立てている、といった話も上掲のSports Illustratedで触れられている。

 ボストン・セルティクスは、2004年からチームを率いて一時代を築いたドク・リバースHCに「逃げられた」ばかり。この離別の背景には「優勝できるチームで采配を振るいたい」というリバースと、選手の若返りなど将来を見据えたチームの再建を進めたいと考えたGM(球団社長)のダニー・エインジとの思惑の相違があったというのが定説だが、中には自分で統計分析スタッフを抱えるエインジが、そうした要素をもっとゲームプランに生かすよう進言したものの、リバースとはいまひとつ話がかみ合わなかったなどという話も見受けられる。

 リバースに逃げられた直後に、これまでチームを支えてきた大物選手2人の放出を決めたセルティクスでは、今後しばらくの間、若手選手の発掘・育成を中心にチームの再建を進めることになる。NBAでは「サラリー・キャップ」ーー1チームに認められる年俸の目安。来シーズンは約5800万〜5900万ドルとされ、それを超過した分には「ラグジュアリー・タックス」という金銭的な一種のペナルティが課せられるーーの制約も大きく、そこそこの市場規模があるボストンでも、ニューヨークやロサンゼルス、マイアミ、ヒューストンといった大都市圏のチームほど「金に飽かせてスター選手を集める」というわけにはいかない。その一方で、個人資産総額130億ドル超というロシア人大富豪ミハイル・プロコロフが筆頭オーナーのブルックリン・ネッツのように、選手の年俸だけで1億ドル(ラグジュアリー・タックスも含めた総額では推定1億8000万ドル)も支払うことになりそうな金満チームもあり、セルティクスとしては使えるリソースが限られる中で、これらの強豪チームと競い合っていかなくてはならない。まさにマイケル・ルイスがかつて『マネーボール』の中で描いたMLBオークランド・アスレティクス(A's)と似たような状況といえよう。

 そのA'sが書籍出版からの10年間で、毎年そこそこ強いチームを作りながら一度も優勝したことがないという事実。そしてまた、MLBのニューヨーク・ヤンキースやNBAのロサンゼルス・レイカーズのように、大金を払ってスター選手をかき集めたチームが、必ずしも優勝できるわけでもないという事実。こうした事実を考え合わせると、スポーツチームの運営というのは実に奥の深い世界と思えてくる。

 なお、NBAでは近年、ヒューストン・ロケッツのGMを務めるダリル・モリー(MIT Sprots Analytics Conferenceの発起人の1人で、同大学ビジネススクールで教鞭を執っていたことなどもある人物)や昨シーズンの開始前にメンフィス・グリズリーズのフロント入りしたジョン・ホリンガーESPNにあるPERランキングなどで有名)など、これまでも「数字に強い」人材が球団経営に携わった例がいくつかあるが、現場の指揮を執るHCの例はスティーブンスまで聞いたことがなかった。

三国大洋 プロフィール

オンラインニュース編集者。「広く、浅く」をモットーに、シリコンバレー、ハリウッド、ニューヨーク、ワシントンなどの話題を中心に世界のニュースをチェック。「三国大洋のメモ」(ZDNet)「世界エンタメ経済学」(マイナビニュース)のコラムも連載中。


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