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» 2013年09月02日 18時19分 公開

中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(36):4Kとスマートのポートフォリオ

4K/8Kとスマートテレビ、キレイさを取るか、便利さを取るか。資源には制約があり、両立は難しいのかもしれない。これに関し、筆者には2つの苦い反省がある。

[中村伊知哉,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 高画質テレビ規格の「4K」および「8K」が注目を集めている。昨秋のCEATECやInterBEEでも高画質モデルが展示されていて、スマートテレビと双璧を成していた。総務省は来年の夏に衛星(CS)で4Kテレビ放送を開始する方針を示している。日本放送協会(NHK)と日本ネットワークサービス、KDDIとジュピターテレコムは、それぞれ共同で8K映像を伝送する技術を開発した。衛星のスカパーJSATも4K/8K映像を用いた放送の実現に向けて取り組む計画だ。政府・業界を挙げて盛り上がりを見せている。

 一方、筆者はスマートテレビに力を入れている。4K、8Kがキレイに見せる技術であるのに対し、スマートテレビは便利に楽しむための技術である。日本ではNHKのハイブリッドキャストやマルチスクリーン型放送研究会などの動きがある。最近はテレビをAndroid端末にする装置が盛んに宣伝されている。

 テレビにネットをつなぐ先駆者には、バンダイのピピンアットマーク(96年)、セガのドリームキャスト(98年)がある。筆者はMITメディアラボ当時、ドリームキャストの開発に関わったのだが、いずれの挑戦も早すぎた。物事には時機がある。いま改めて巻き返しを図っているということだ。

 キレイか、便利か。両立させられるといい。だが、どちらかを優先せざるを得ないかもしれない。資源には制約がある。放送、通信、メーカー、ソフトウェア、コンテンツ……。「どのセクターがどういう資源をどう配分するか、そのスピード感はどうか」が大事だ。

 これに関し、筆者には2つの苦い反省がある。

 まず、ハイビジョンと多チャンネル(CATV)だ。キレイか、楽しいか。1980年代後半、今から25年前。筆者は郵政省有線放送課の係長で、多チャンネルCATVの推進役だった。都市型CATVが全国に芽吹く時期だった。これに対し、NHKと家電メーカーはアナログMUSE方式のハイビジョンを推進。大々的なキャンペーンを張っていた。

 この両者を同時に推進するのは困難を極める。CATVは何十チャンネルも流せるのが売り。他方、ハイビジョンは高精細だが、1本流すのに6チャンネルをつぶさないといけない。どちらを優先するのか。筆者はNHK+民放数局の日本では多チャンネル需要を満たすことが先だと信じていた。でも、政界も業界もハイビジョンに傾いた。力関係ではそういうこと。勝負にならなかった。

 逆にその後、CATVは管理が強まるなど絞める政策が採られ、産業としての立ち上がりは5年遅れたと思う。「あの時期に多チャンネル政策に力を入れていたら、その後の映像コンテンツ業界も様相が違っていただろうに」と思う。ハイビジョンも結局その後は、デジタル放送という、より大きなパラダイム変換が起こり、その波に飲まれて行った。

 もう1つの失敗は、ISDNか、ADSLか。90年代初期のこと、筆者は政策課の課長補佐だった。NTTが64KbpsのISDNを推進しているさなか、ADSLという技術を使えば、1Mbpsの映像伝送も可能だという話が入って来た。電話網を映像ネットワークにできる。興奮した。CD-ROM等を製造していたコンテンツ事業者や広告会社などと相談して、地方の有線放送電話を使った実験を画策したり、推進する資料を書いたりしていた。

 でも、ISDNとADSLは同じ電話網をデジタル化する技術で、両立しない。筆者らの企みは、勝負を挑む間際で潰された。NTTの力たるやNHKの比ではなかったというか。それからもADSLを導入する試みは形を変えて続けられたものの、日本で最初に実験が行われたのは99年、長野の農協が有線放送電話を使って行ったものだった。

 「筆者たちにもっと力があって、もっと派手にがんばって、その6年前に始まっていたらどうだったろうな、もう少し世界のブロードバンドを引っ張っていたんじゃないかな」と今でも時々思うことがある。

 地上デジタルテレビ放送(地デジ)はキレイで便利なテレビを実現するものだ。ハイビジョンと、テレビのコンピュータ化を同時に達成するものだ。それが整備されて現れた問いが「4Kか、スマートか」である。さて、どうだろう。4Kは苦境にある日本のメーカーが再生する切り札だと唱える人もいる。総務省も期待している。これに対し、スマートテレビに関わる筆者は、放送ではスマートが先だと考える。

 地デジのおかげで、テレビは取りあえずキレイになった。多くの家庭がテレビ受像器を買い換えた。そこですぐもっとキレイな4Kといわれても、というのが実態だろう。さらにケーブル配信業者に聞くと、高精細HDコンテンツの伝送割合は25%に過ぎず、以前のSD画像がまだたくさんあるという。さらなる高精細のニーズは本当にあるんだろうか。高精細にしても広告が増えないことは経験済みで、ハイビジョンのころと違って銀行もメーカーも弱っている中で、どう資金を投下するかも課題となる。

 これに対し、地デジで便利になったかというと、それがまだ達成できていない。デジタルならではの面白いサービスが開発されていない。その部分は、スマホやタブレットが単独でニーズをくみ取っていて、そっちにはおカネも回っている。テレビとスマホを組み合わせて豊かなサービスを作り、テレビ広告以外の新ビジネスを組み立てる。こちらは次の市場とニーズが見える。

 地デジに投じた資金を回収して、次の展開に打って出るためにも、まずはネットでおカネの取れるスマートなサービスを講ずるのが戦略ではないだろうか。

 一方、筆者はデジタルサイネージやオープンデータの推進役でもある。その立場としては、4K/8Kに大きく期待している。4K/8Kビジネスは業務目的から立ち上がるだろうし、有望だと思う。「スマートテレビ放送」より「業務4K」の方が立ち上がりは早いかもしれない。サイネージが超高精細を欲しがっているのは当然だし、その表示技術も伝送技術もできてきた。課題だったサイネージ向け大型コンテンツも、この数年でずいぶん充実している。

 より切実なニーズがあるとすれば、映像のビッグデータ活用ではないか。監視カメラに映るデータを、目視ではなく機械システムとして抽出、処理、分析できるほどの精細な映像を得ることができれば、利用は面的に広がる。8Kのような超高精細の映像は、人間より機械の方がより強く欲しているのではないか、と感じる。

 4K/8Kやスマートといった技術と、テレビ、ネット、サイネージといったメディア体系との時間軸ポートフォリオを描く総合戦略が求められている。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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