「クールジャパン」は100年続くか?中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(38)

クールジャパン政策ってどうなっている? そもそも、大衆文化を政府主導で盛り上げられるものなのだろうか。キーワードはローカル、みんな感。さて、100年やり続けられるか。

» 2013年10月21日 17時45分 公開
[中村伊知哉,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 前回のコラム「ポップカルチャー政策は成り立つのか」では、日本政府のクールジャパン推進会議(議長・稲田朋美担当相)における「ポップカルチャー分科会」の議論を紹介した。今回はさらに議論を深掘りしていきたい。

ポップカルチャー振興予算は是か非か

 コンテンツ政策への風当たりは、特に「予算」に向けられることが多い。「血税を使うな」というわけだ。業界に補助金を与えることで、「間違ったところにカネが流れ、ダメやヤツを温存してしまう」といった批判だ。筆者も産業保護には反対で、業界対策の予算にはナーバスだ。

 産業支援措置として発動するなら、「アナウンス(旗振り)」「規制緩和(電波開放や著作権特区)」「減税」だ。それが民間の自主的行動にインセンティブを与えることではないかと考える。

 だが、インフラ整備(デジタル環境)や人材育成(教育)にはカネを掛けていい。道路予算(今は減ったものの、少し前まで10兆円ほどあった)の1割を文化と教育に回せれば、たちどころに状況は変わる。地方高速道路の車線を増やすより、知財の生産力を高める政策に重点投資してもバチは当たるまい。

 20年ほど前、IT政策の予算が強化され始めたころ、「道路より通信網」の主張は、ある程度通じた。日本をブロードバンド大国にした一要因だ。しかし、コンテンツ政策はそうならない。ポップカルチャー政策を強化しようというと、ポップ好きの人たちから「バーカ」といわれる。それでは強化されない。

予算配分の「目利き」と大衆文化

 それは、予算にしろ規制緩和にしろ、どこにどう政策資源を配分するかの「目利き」が国民やファンから信頼されていないせいもあるのだろう。「コンテンツの良しあしを政治家や官僚が判断できるわけないだろう」というわけだ。ごもっとも。審議会のような権威の集まりというのも白眼視されがちだ。「みんな」が作り上げるポップカルチャーは、「みんな」が考えるのがいい。参加型の政策が求められているのだと思う。ただ、それは政府が一番苦手とするやり方だ。本気で腹を据えないとムリだ。

 20年ほど前、政府にコンテンツ政策を打ち立てようと企てた郵政省「メディア・ソフト研究会」に招いた三枝成彰委員が発言したことを今も覚えている。

こういう政策は、本気で100年やり続けるか、何もやらないか、どちらかだ

 「ポップカルチャー? 政府は何もするな」。そういう声をよく聞く。でも筆者は、「政府は本気で100年やり続けろ」と言いたい。

 さて、2013年春、「クールジャパン推進会議」が開催された。稲田担当大臣、寺田副大臣、山際政務官、財務・外務、農水・国交・文科政務官らで霞が関がそろい踏み(編集注:内閣府による「クールジャパン推進会議」2013年3月4日に第1回を開催、以降定期的に開催されている)。委員は秋元康さん、角川歴彦さん、金美齢さん、コシノジュンコさん、佐竹力総さん、千宗室さん、依田巽さん。筆者はポップカルチャー分科会の議長として出席し、その席で筆者が取りまとめた提言を報告した。

 以下はその全文である。

飛び出せ、日本ポップカルチャー。

 ポップカルチャーが世界に飛び出す「発信力」を強化する。

 このため、「参加」(短期)、「融合」(中期)、「育成」(長期)の3策を講ずる。

 「みんなで」「つながって」「そだてる」。

みんなで――「参加」(短期)

 世界中の子どもが知っているアニメもゲームも、海外の若者が憧れるファッションも、支えているのは消費者、ファンの愛情。クリエイター、キャラクター、事業者、そして何よりそれらを愛する国内と海外のファン。「みんな」の力を生かしたい。インターネットで多言語発信し、内外でイベントを開き、交流できる場や特区、さらには「聖地」を形作るなど、みんなが「参加」して情報を発信する仕組みを構築しよう。政府主導ではなくて、みんな。

つながって――「融合」(中期)

 クールジャパンは、マンガやJ-popだけではない。歴史、風土、精神文化、もの作りの技術、それら全てが「融合」した総合力。そしてカワいいキャラクターやカッコいいヒーローは、政治体制の壁も乗り越えて世界に受け入れられる。ポップカルチャーには海外への先導役をお願いしつつ、食、観光はじめ多くの産業や伝統芸術、精神文化とも「つながって」、日本の総合力を発揮してもらおう。

そだてる――「育成」(長期)

 ポップカルチャーを生むのは人。楽しむのも人。内外の人財を「育成」しよう。時間をかけて、トップを引き上げ、ボトムを厚くしたい。一流のクリエイターやプロデューサを育てる。彼らが意気に感じ、意欲を持って仕事に取り組むことができる環境を与えたい。海外のファンに正しい知識を与え、日本への視線を熱くする。子どものポップな創造力と表現力を育み、誰もがアニメを作れて作曲ができるようにする。このための制作環境や教育基盤を整えよう。


 分科会委員の皆さんやネットでの意見も取り入れ、この3点にした。特に、「政府主導ではなく、みんなで」を強調している。

 クールジャパン推進会議では、この方向性を示した上で、この提言の下に具体的なアクションを打つことが大事だと述べ、「配信サイトやファンサイトに外国語翻訳を付けていくこと」「海外向けテレビチャンネルとネット配信を整備すること」「食・観光などと組み合わせた特区を作ること」「内外の大学にポップ講座を設けること」「子ども向けワークショップやデジタル教材を開発すること」を例示した。

 一方、これも筆者が会長を務める知財本部コンテンツ専門調査会でも、著作権制度や海賊版対策などに力を入れており、それらも併せて、日本のソフトパワーが発揮できるよう、委員や政府関係者にお願いをした次第だ。

日本の良さ、トップ・ローカルの力

 会議では、金さんが「日本人が日本の良さを知らないのが問題」と発言した。その通りだ。クールジャパンは10年前に米国から入ってきた概念である。日本が最もクリエイティブな国だと世界から評価されながら、日本人だけがそう評価していないという国際調査結果もある*。自らが自らを認識するのが出発点だ。

* 米アドビシステムズが2012年に実施した調査による。「Adobe State of Createグローバルベンチマーク調査の結果(PDF)



 秋元さんはその席でクールジャパンをけん引するプロデューサーの重要性を説いていた。その通り。中でも大事なのは、トップで引っ張る政治的リーダーシップだ。政府の皆さん、よろしく。また、金さんがある町で包装紙が統一されている例を紹介していた。そう、自治体がご当地キャラで町おこしをしているように、ローカルからの動きが広がっている。それを汲み取ることが重要だ。トップもローカルにも力を入れる。

 「オールジャパンで」という発言も幾つかあったが、政府と民間委員が組合交渉のように対峙する会議ではなく、さまざまな「みんな」に入ってもらい、車座になって、ジャパンを超えて世界の方々も巻き込んで政策を作っていくことが必要だ。

 さて、筆者の役目はここまで。後は国民の1人として、これから練られる政府のアウトプットを注視すると同時に、ハッパ掛けたりプレッシャーを掛けたりしていこうと思う。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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