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» 2014年02月24日 18時00分 UPDATE

三国大洋の箸休め(25):生体センサーの実験導入を始めるNBAの課題

NBAでは選手の全プレーを記録する画像解析システムに加え、ファーム(2軍)に当たるD-Leagueで、選手の身体の運きや血流の変化などを測ることを目的に、試合中の選手にセンサーを装着する実験を間もなく始めるという。

[三国大洋,@IT]

 NBAのファーム(2軍)に当たるD-Leagueでは、選手の身体の運きや血流の変化などを測ることを目的に、試合中の選手にセンサーを装着する実験を始めるそうだ。その測定結果は、選手の健康状態を最適化してケガ防止に役立つと期待されると同時に、契約交渉のカードにもなる可能性があるという。今回はそんなお話。

今日の例文

But the promise of more precise data on fatigue, health, heart rate, and other bio-related indicators is the most intriguing thing here ― and perhaps the one most ripe for controversy. The players’ union has already said it would like complete access to the full trove of SportVU data, in part so agents and players can enter contract negotiations on equal footing.

The Data Flow Continues: NBA D-League Will Monitor Player Heart Rate, Speed, Distance Traveled, and More - Grantland


ワード&フレーズ

 では、上記の例文に出てきたキーワードとキーフレーズを見ていこう。

原文
promise 約束(するもの)
precise 精確な、精密な
on 〜 〜についての
fatigue 疲労
intiguing 興味をそそる
ripe 熟した
controversy 論争
trove 宝庫
equal footing 対等な条件で

ニュースの背景

 「ウェアラブル(デバイス)」とか「Internet of Things(IoT)」とかいった話の文脈の中で、「人体に関するデータを集めて役立てよう」という類いの話題を目にすることが増えている。「Nike+ FuelBand」「Up by Jawbone」といった製品も既に出回っているし、Appleもこの分野に高い関心を示している(そのことを示す傍証がある)といった話もよく出ている。

 さて、NBAのファーム(2軍)に当たるD-Leagueで、試合中の選手にセンサーを装着する実験が間もなく始まるという。選手の身体の運きや血流の変化などを測るのが目的で、一定の成果が確認されれば、近い将来に一軍の試合でも導入されることになりそうだ。

 前回の記事でも触れた通り、NBAではSTAT LLCの「SportVU」という映像記録・解析システムを使って、試合中にコート上で生じる全ての動きを把握し始めている。このシステムでは、天井に据え付けたカメラを使って、選手の動くスピードや移動距離、加速や減速といった平面的な動きが把握できる。

 一方、ジャンプのような上下の動き、そして選手の疲労度や心拍数といった情報は入手できない。新たに導入されるセンサーを使った仕組みでは、そうした天井のカメラからでは収集が難しいデータを集めることが主眼になるらしい。

 この話を伝えたGrantland記事によると、こうした仕組みを練習中に導入しているNBAのチームは既に20以上あるものの、本番の試合中に導入するケースとなると(他の米メジャースポーツも含めて)まだ例がないという。D-Leagueの責任者はこの取り組みについて、「コート上での生産性を最大化できると同時に、選手の健康状態やパフォーマンスを最適化できる新しいチャンス」などと説明している。

ケガ防止に役立つ情報=契約交渉のカード?

 GrantlandのZach Loweは、新たな取り組みで期待できるメリットについて、「選手のケガ防止に役立つ情報が最も貴重なもの("holy grail"=「聖杯」)だ」としている。

 選手生命を縮めるようなケガを避けたいのはどんなスポーツでも同じだろうが、生身の人間同士の接触が避けられないNBAでは、これは特に切実な問題。実際に今シーズンもオールスター級のスター選手(観客を呼べる選手)が何人も欠場し、躍進が期待された所属チームも下位に低迷……といった例が幾つもある。

 先端的な技術の導入によってそうした事態を少しでも避けることができれば、選手自身にも、ファンにも、チームにとっても望ましいことに違いない。

 一方、「雇用者対被雇用者」という角度からこうした技術の導入を考えると、データの利用に関する「公平さ」、あるいは「対称性」といった点が課題になりそうだ。

 Grantlandの記事にも、SportVUのデータ活用について「労使交渉の場で協議することが必要な事柄かもしれない」とする選手組合代幹部のコメントがある。つまり、例えば契約交渉の席上で、チームのゼネラルマネジャーから「試合の終わりの方になると、この選手は手を抜いているようだ。そのことを示すデータがある」と指摘された場合に、選手の代理人はそれが事実かどうかを確認できるようになっていないといけない、ということらしい。

こうしたシステムを労働者のパフォーマンス測定に導入?

 ところで、こうしたシステムが、例えばAmazonの物流センターのような場に導入されたらどうなるか、といったことを想像するのは面白い。

 The Guardianなどで報じられているような表面的な結果を計測する――ピッカー(picker)の単位時間当たりの商品処理数を数える――だけのシステムでは、「搾取的」といわれても仕方がない場面があり得る。あるピッカーが期待された成果を上げられていないときに、本当に手を抜いていたのか、それとも体調が優れないなど他の理由があったのか、といった点が確かめられないからだ。

 さまざまなコンディションをチューニングしてプロアスリートから最高のパフォーマンスを引き出そうとする、それと同じように最低賃金で働く非正規労働者のパフォーマンスを高めていく……現場のピッカーを「いくらでも取り替えの利くリソース」と捉えている限り、そうした発想は出てこないかもしれない。

 しかし、「数百万〜数千万ドルのギャラを投じるプロアスリート相手だからできること」と「時給10ドル以下の歯車に対してできること」とを分けて考えているようでは、本当に面白いこと(広義のイノベーション)はあまり出てきそうにない。そんな勝手な想いも浮かぶ。

 なお、NBA D-Leagueが導入を予定しているセンサーについて、Grantlandには「STAT Sport、Zephyr、Catapultのいずれかの製品を各チームが選ぶことになる」とある。この中のCatapultという豪メーカーのサイトを見ると、サッカー、バスケットボール、ラグビー、アメリカンフットボール、漕艇などの分野で、世界の有力チームが同社の製品を採用していることが分かる。また日本でも国立スポーツ科学センターや帝京大学(ラグビー部だろうか)で導入されているともある。

文章の分解

 上記の背景を踏まえて、冒頭の英文を少しずつ区切りながら読み解いてみよう。

[1] But the promise of more precise data(/

[2] on fatigue, health, heart rate, and other bio-related indicators) is the most intriguing thing here ― /

[3] and perhaps the one most ripe for controversy. /

[4] The players’ union has already said /

[5] it would like complete access to the full trove of SportVU data, /

[6] in part so agents and players can enter contract negotiations on equal footing.


 それぞれ、以下のように読み解ける。

[1] しかし、ここで最も興味をそそるのは、[2] についてのより精緻なデータがもたらすと約束(=期待)しているもの(※[3]の部分との関係から、"But the most intriguing thing here is the promise of ―"という文章が倒置されているものと思われる)

[2] 疲労や健康状態、脈拍、その他の生体に関連する指標(=データ)

[3] そして、おそらく最も論争を呼びやすいものだろう

[4] 選手組合は既に [5]と述べている

[5] SportVUのシステムから得られる大量の貴重なデータ全てを利用できるようにしたい

[6] エージェントや選手が(チーム側と)対等な条件で契約交渉に臨むことができるように(などの理由から)


もう一度英文を

 では最後に、もう一度英文を読み直してみよう。

But the promise of more precise data on fatigue, health, heart rate, and other bio-related indicators is the most intriguing thing here ― and perhaps the one most ripe for controversy. The players’ union has already said it would like complete access to the full trove of SportVU data, in part so agents and players can enter contract negotiations on equal footing.


追記:あのEdward Tufteも登場、今年の「MIT Sloan Sports Analytics Conference」

 MITのSloan School(経営大学院)が主催する、スポーツとビジネスをテーマにしたカンファレンス「MIT Sloan Sports Analytics Conference」の今年度版が間もなく開催される。今年も豪華かつ意外な面々がゲストスピーカーとして登場するようだ。

 NBA関係では、この2月からNBAの新コミッショナーになったAdam Silverや、同カンファレンス発起人で常連でもあるDaryl Moery(NBAヒューストン・ロケッツのGM)は当然として、それ以外にBrad Stevens(今シーズンから古豪ボストン・セルティクスのHCに抜擢された若手コーチ)、George Karl(複数のチームでHCを歴任、現ESPN解説者)やSteve Kerr(神様Michael Jordanのチームメートだった3ポイントシュートの名手、2010年までPhoenix SunsのGM、現TNT解説者)、そして歴代最多の11個のチャンピオンリングを持つPhil Jackson(元シカゴ・ブルズ、LAレイカーズHC、「禅マスター」)などの「現場経験者」が登場する。

 またマネジメント/オーナー側では、Phil Jacksonの恋人でもあるJeanie Buss(LAレイカーズ社長、Dr. Jerry Buss=故人の娘)の他、Gideon Yu(NFLのSan Francisco 49ers社長、YouTubeやFacebookでCFOを歴任)、John Henry(MLBボストンレッドソックスと英プレミアリーグのリバプールを所有するFenway Sports Managementの代表)、そしてVivek Ranadive(NBAサクラメントキングス筆頭オーナー)などが目を引く。

 また大学スポーツからNCAA Big Eastカンファレンスのコミッショナー、Val Ackermanという女性が参加するのも、米国で大学スポーツ(主にフットボール)がビッグビジネスになっていることの証のようで興味深い。

 さらに、Casey Wasserman(Wasserman Media Group会長。同社は近年頭角を現してきているスポーツ選手のエージェント会社。この人の祖父は、その昔、大手映画配給会社のユニバーサル・スタジオなどを松下電器に買わせたMCAのLew Wasserman)や、Ryan Kavanaugh(Relativity MediaのCEO。同社は映画やテレビ番組の制作に加えて、プロスポーツ選手のエージェント業も手掛ける)といった「裏方の大物たち」も目を引く。

 AOLの元経営幹部で、AOL Time Warner時代にはよく名前も目にしたTed Leonsisは、Monumental Sports & Entertainmentの会長として参加(同社は、NBAワシントン・ウィザーズやNFLワシントン・キャピタルズなどのオーナー)。また以前触れたこともあるMLB Advanced MediaのCEO、Bob Bowmanの名前もある。iBeacon導入の話なども出るのだろうか。

 一方メディア関係者では、GrantlandでNBA関連のコラムを執筆するZach Loweが、ボスのBill Simmonsに代わって登場。またESPN-Grantlandつながりで、Nate SilverやMalcolm Gladwellも登壇予定。

 それ以外に、AdidasやUnder Armorといったスポーツアパレル関連企業幹部の名前もある。特にAdidasからは「Wearable Sports Electronics」部門の責任者(元DuPontで素材の研究開発を担当)が出てくるらしい。

 そして、今回の顔ぶれの中で一番驚いたのはEdward Tufte。その昔「情報デザイン」といった言葉が注目を浴びたときに、この人が作った一連の書籍(単に原稿を書いただけでなく、書籍全部を自分でデザインしていたはず)が大いにもてはやされていたのを覚えている。ただ、Tufteがもともと統計学の専門家(肩書きは「イェール大学政治学部名誉教授)だったことを思い出すと、こうした場へ登場するのも納得がいく。

三国大洋 プロフィール

オンラインニュース編集者。「広く、浅く」をモットーに、シリコンバレー、ハリウッド、ニューヨーク、ワシントンなどの話題を中心に世界のニュースをチェック。「三国大洋のメモ」(ZDNet)「世界エンタメ経済学」(マイナビニュース)のコラムも連載中。


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