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» 2014年07月03日 18時00分 UPDATE

転機をチャンスに変えた瞬間(23)〜visasQ 端羽英子:ダメ出しもプレッシャーも、全てが私の力になる (1/2)

MBA留学、転職、起業――常に自分を鼓舞し、人生を切り開いてきた端羽英子さんの成功哲学とは。

[聞き手 クライス&カンパニー 松尾匡起,@IT]
転機をチャンスに変えた瞬間 ビジネス編
転機をチャンスに変えた瞬間

連載目次

 端羽英子さんは投資銀行、外資系消費財メーカー、投資ファンド勤務を経て、Webサービス企業walkntalkを立ち上げた起業家である。同社は、成長を志す個人や企業と、ビジネス経験豊富な人材の知識をマッチングするサービス「visasQ(ビザスク)」を展開している。全てを力に変える彼女の自己効力感(※)の高さは、キャリアのターニングポイントでどのように働いたのだろうか。

自己効力感(self-efficacy)=カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念。ある行動を起こす際に、うまく行えるという「自信」「確信」を持つこと。

walkntalk 代表取締役社長 端羽英子(はしば えいこ)氏

端羽英子

東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門にて企業ファイナンス、日本ロレアルにて化粧品ブランドのヘレナ ルビンスタインの予算立案・管理を経験し、MIT(マサチューセッツ工科大学)にてMBA(経営学修士)を取得。

投資ファンドのユニゾン・キャピタルにて、企業投資を5年間行った後、ビザスクを運営するwalkntalkを設立。USCPA(米国公認会計士)合格。

ビザスク(visasQ)〜みんなの仕事経験をカタチに〜


「一度は一国一城の主になってみたい」

端羽英子氏

松尾 端羽さんのキャリアについて教えてください。

端羽 2001年に新卒でゴールドマン・サックスの投資銀行部門に入社したのがスタートです。うわさにたがわず、とても忙しい仕事でした。入社後いきなりスターバックスコーヒー・ジャパンのIPO案件に入りまして、夜の24時に帰宅したら「早いね」と言われてしまうような生活でした。

 仕事は面白かったのですが、学生結婚をしていて、入社1年弱で子どもができたことをきっかけに「すみません、子育てがしたいです!」と言って退職をしました。でも、働く気はちゃんとありまして(笑)、退職後すぐに米国公認会計士の資格を取り、子どもが生後9カ月のときに日本ロレアルに入社しました。

 ロレアルでは「ヘレナ ルビンスタイン」ブランドの予算作りや管理業務を担当しました。とても充実していたのですが、1年半働いたころ夫のボストン(米国)留学が決まり、帯同すべく退職しました。MITスローンスクールに受かりまして、ママさんMBAとして2年間勉強しました。ただ、卒業するころには離婚もしていたのですが(笑)。

松尾 非常に濃密な20代ですね。

端羽 ゆくゆくは起業をしようと思ってビジネススクールに通ったのですが、帰国時にはまだ子どもが5歳ということもあって、起業どころではなかったため、まずは経験を生かしながら、かつ経営層に近い立場に身を置き仕事をしようと、ユニゾン・キャピタルという投資ファンドに入り5年間働きました。そして2012年に起業した、というのがこれまでの流れです。

松尾 順を追って伺います。なぜ新卒時に外資系投資銀行を志望されたのですか。

端羽 父が地元の地方銀行に勤めていて「お金を貸す銀行が産業をつくっているんだ」という話をよくしていたので、「金融は面白い」という思いがありました。

 都銀ではなく投資銀行だったのは、新しい金融の分野にチャレンジしたかったからです。それに、日本の企業は入社後どの部門に配属されるか分かりませんが、ゴールドマン・サックスは専門分野を決めて就職できるのがいいなと。自分も「この分野のマーケットを作っていきたい」という思いで入社を決めました。

松尾 ただ、ご出産もあって1年しないうちに退職されたと。

端羽 辞めるときはつわりもひどかったですし、夜の24時に帰宅したら「早いね」と言われる環境で子育てをしていたら「私だけ早く帰ってごめんなさい」とチームの仲間に遠慮しながら働かなければいけません。それよりは、全員が20時には帰宅する職場で、過剰な配慮などしてもらう必要なく働けるところが良いと考えました。

松尾 その後、米国の留学を経て、帰国後に投資ファンドに入られるわけですが、もともと起業したいという気持ちがあったのですね。

端羽 MBAに提出するエッセーにも「起業したい」と書きました。でもビジネススクールに行って「世の中にはすごい人が本当にたくさんいる」と痛感しました。

 当時のボストンはバイオベンチャーブームで、技術も経営も分かる人たちがどんどん起業プランを練っている状態で、私の「起業したい」という思いはまだまだ甘い、準備不足だとも感じました。

松尾 そもそも起業したいという気持ちは、どこから生まれたのですか。

端羽 社会人1年目で子どもができて会社を辞めたことで、サラリーマン社会で上に登っていく自分の姿がイメージしにくくなりました。既存の会社組織の枠組みの中で、自分がトップになることはないだろうなと。

 かつ、働いている人なら誰でも、一度は一国一城の主になってみたいものじゃないですか。ですので、「トップになるためには、人生の中で1回は起業するだろうな」と、これはごく自然に思っていましたね。

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