アマゾンの本質は「オンライン小売企業」ではないAWSとアマゾンの関係

クラウドサービスで、マイクロソフトやグーグルのように、財務的に体力のある企業と、AWSは今後戦い続けていけるのか。すなわち、AWSの母体であるアマゾンは、AWSに対して十分投資し続けることができるのか。これを探るには、アマゾンが一般的なオンライン小売企業とどう異なるのかを考える必要がある。

» 2015年01月19日 09時00分 公開
[三木 泉,@IT]

 Amazon Web Services(AWS)が2014年11月に開催したカンファレンス「re:Invent 2014」で、マーケティングを担当する同社バイスプレジデントのアリエル・ケルマン(Ariel Kelman)氏は、筆者が「巷でクラウドサービス間の価格戦争が取りざたされているが」という意味で「price war」という言葉を発すると即座に、価格戦争には加わっていないと否定した。

 「人々は面白がって『価格競争』を口にするが、われわれは価格戦争に参加しているつもりはない。値下げはわれわれのビジネスの中で、最も退屈な部分だ。当社のエンジニアリングチームはいつもコスト低減に努力しており、それを値下げにつなげてきた」。ケルマン氏は、AWSが他社とは関係なく自社の判断で、これまで(さまざまなサービス商品を対象に)延べ数十回の値下げを行ってきたことを指摘する。つまり、クラウドサービスの価格付けで主導権を奪われているわけではないといいたいのだろう。

 だが、AWSの母体であるアマゾンは、2014年第2四半期の決算報告に関するカンファレンスコールで、AWSが第2四半期に、28〜51%に及ぶ「かなりの値下げ(very substantial price reductions)」を実施したことが、AWSの売り上げを減らす結果につながり、全社的な業績にも影響を与えたことを認めている。

 AWSがそれ以前から独自に値下げを重ねてきた歴史があるにしても、マイクロソフトおよびグーグルが、(特にマイクロソフトは明確にAWSを名指しして、)クラウドサービスの値下げ攻勢を強化した後に、AWSが大幅な値下げを進め、これがアマゾン本体の業績に影響を与えたことは事実だ。メディアを含めた社外の人々が、「クラウド価格戦争」を取りざたするのも無理はない。

 AWSが既存ITベンダーの高マージン体質を批判してきたことも、これと関係する。ケルマン氏は、冒頭で触れたインタビューで、特にエンタープライズ分野では、他のクラウドサービスと競合することは少なく、ほとんどの場合オンプレミスのITハードウェア/ソフトウェア製品ベンダーとの戦いになっていると話した。そこで問題となるのは、「オンプレミスのIT製品をビジネスとしていないクラウドベンダー」(例えばグーグル)や、「オンプレミスのIT製品をビジネスの中心としてきたが、これからの自社の未来はクラウドにあると決断した企業」(例えばマイクロソフト)が、マージンの高低を顧みずに、パブリッククラウドサービスにおけるマーケットシェア拡大を追求し始めたとき、どうなるのかということだ。

 グーグルは依然として莫大な広告収入に支えられており、マイクロソフトはオンプレミスでもクラウドでも、Windows Server OSのソフトウェアライセンス収入が期待できる。こうした財務的に体力のある企業と、AWSは今後戦い続けていけるのか。すなわち、AWSの母体であるアマゾンは、AWSに対して十分投資し続けることができるのか。

配送やIT/デジタル関連のイノベーションこそがアマゾンのビジネス

 結局、AWSの将来に関して疑いを持つ人々は、その母体であるアマゾンの将来について疑いを持っている。アマゾンが2014年第2、第3四半期に最終赤字を計上していることも、これを裏付けているように見える。

IT INSIDER No.38では、アマゾンの戦略が一般的なオンライン小売企業とどのように異なっているかを探りました

 だが、実際には、アマゾンの粗利益は安定的な拡大傾向にある。粗利益率も向上している。最終赤字となっているのは、「短期的な収益ではなく、長期的な成長を目指す」とし、配送やIT/デジタル関連をはじめとした営業費用を同社が増やしているためだ。

 一部の人々は、同社が鳴り物入りで投入したFire Phoneが売れなかったことなどを取り上げ、出すべき利益を不確かな取り組みに費やしていると批判する。だが、アマゾンは配送やIT/デジタル関連の強化が、長期的な利益につながると主張する。それはなぜか。同社自身はこんな表現はしないが、同社の考える顧客を「柔らかく囲い込む」ことこそが、究極的な差別化につながると考えているからだ。

 アマゾンにとっては、おそらく「オンライン小売事業が主で、配送やIT/デジタル関連の強化が従」ではない。逆に、配送やIT/デジタル関連の、同社ならではのアイディアやノウハウで、(将来)顧客を柔らかく囲い込めるような機会を常に狙っている、と考えると理解しやすくなる。新事業への進出も、これを起点としている。AWSへの投資も、この延長線上にあると考えると、AWSがアマゾンにとってどれだけ重要な存在かを把握しやすくなる。

 IT INSIDER No.38「AWSとアマゾンの関係(1):アマゾンはどこまで『普通でない』のか」では、アマゾンがどのように、一般的なオンライン小売企業と異なっているかを探りました。アマゾンにとってのAWSを理解するうえで欠かせないことと考えます。ご一読いただければ幸いです。

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