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» 2015年02月09日 18時00分 UPDATE

田中淳子の“言葉のチカラ”(15):箇条書きのメール

10年前、仕事で悩んでいた淳子さんに先輩が送ってくれた箇条書きのメール。当時は純粋にその内容に励まされたが、時がたち、メールに託して先輩が伝えたかったもう一つの意味に淳子さんは気がついた。

[田中淳子,@IT]
田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

 もう10年以上前の話だ。私は仕事でうまくいかないことがあり、深く悩んでいた。

 ある日、大阪からの出張で大先輩が東京オフィスに顔を出し、「おぉ、淳子さん。元気にやってる〜?」と声を掛けてくださった。他社で定年まで勤めてから転職してこられた、人生経験豊富で穏やかな人だった。

「ええ、元気といえば元気……です」

「そうか、良かった」

「今、何を手掛けているの?」

「〇〇とか××をやってます」

「ほぉ」

「……あのぉ、今日、ランチって予定あります?」

「特にないけど」

「たまには、一緒にいかがですか? お話ししたいこともあって」

「いいね! あとで声掛けるね」

 こんなやりとりをして、それぞれ仕事に戻った。

箇条書きだけのメール

 数十分後、その先輩からメールが入った。件名に「あなたの優れたところ」と書いてある。

 本文を開く。

あなたの優れたところ

  • 人材教育の専門家として長く働いている
  • ずっと大学に通い続けている
  • 社内向けにメルマガを発信し続けている

 箇条書きで、私がしていることや私を見て感じたのであろう「良いこと」が10個くらい書き連ねてあった。それ以外には解説も文章も何も添えられてない。ただただ箇条書き、それだけのメールだ。

 読みながら「あれ?」と思うと同時に、じわじわと涙がにじんで来た。

 先輩と二人だけでランチに行ったことなどなかった。私からランチに誘うこと自体がそもそも珍しかった。「ランチどうですか?」と声を掛けたとき、自分で思っている以上に悲壮な顔をしていたのかもしれない。先輩は私の様子がいつもとちょっと違うことを察して、こんなメールを送ってくれたのではないか。

 ランチでは「何かあったの?」などと訊かれることもなく、近況報告をし合った。先輩は大阪の状況を話し、私は東京の仕事について話した。

 何も尋ねられないままご飯を食べ終わり、お茶をすすっていた。

「さっきのメール……ありがとうございました。過分の褒め言葉をいただいて、うれしかったです。メルマガも大学も趣味みたいなもので、何も成果につながってないですし……」

「あ、あれ? あれは、ボクが普段から思っていることを書いただけだよ」

「午前中、『ランチいかがですか?』って訊いた時、私そんなに悲壮な顔をしていましたか? 励まさないといけないと思うような表情でした?」

「そんなことないよ。ただ、思いついた時にメールしておかないと、言い忘れちゃいそうだから」

 本当は、私の様子を見て書いてくれたのだろう。でも、「慰めようと思って」「励まそうとして」などと決して言わない。「思いついた時に書いておかないと」「僕が思っていることだから」と言うのだ。

先輩が伝えたかったこと

 そのころ私はアラフォーで、すでにベテランの域にいた。だから、「あなたはベテランなのだから、もっと頑張れ」とか「自分の問題くらい自分で解決できるようにならなくちゃね」などと叱咤激励する手もあったはずだ。悩みや課題に対して、「自分の悪いところを直すことも大事だよね」というアドバイスの仕方だってできただろう。

 それなのに先輩は、ただ「あなたの優れたところ」と題した、箇条書きだけのメールを送ってくれた。

 なぜ、叱咤激励でも改善点の指摘でもなく、「良い点だけを伝える」ことをしたのだろう。10年以上たった今でもときどき思い出す。

 落ち込んでいる人にさらに鞭打つように言葉を投げかけたら、もっと元気がなくなると配慮してくれたのだろうか。勇気付けるためには、褒めるといいと考えた上でのことだろうか。

 このコラムを書くに当たってあらためて考えてみて、そうではなかったのではと思い至った。先輩は自分の目に映る「優れたところ」を知らせることで、私に気付かせたかったのではないか。

 先輩の思考を想像してみる。

何やら自信を喪失しているらしい。問題を抱えているのだろう。その問題を解決できなくて、悶々と悩んでいるに違いない。ランチに誘ったのもその話をしたいからだろう。アドバイスを求められるのかな。

ま、それはいいとして、大切なのは自分で答えを見つけ出すことなんじゃないだろうか。だとしたら彼女は、どうやったら自分で答えに行きつけるだろうか。

アドバイスでも問題解決のヒントでも説教でもないはずだ。「あなたの優れたところ」はここなんだということを知らせたら、自分で問題解決する方法を探れるのではないだろうか。


 今になって思う。先輩は単に励ましたかったのではなく、答えは「ここ」(=あなたの優れたところ)の中に見つけられるんじゃない? と教えてくれようとしたのではないか。

 悩んだり落ち込んだりした人にどう言葉を掛けるか。

 このメールは今でも「保存」している。でも、中を読むことはない。「私を勇気づけてくれたメッセ―ジがここにある」というだけで安心できるからだ。

答えは「ここ」にあるんじゃない?
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筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!


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