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» 2015年03月09日 18時00分 UPDATE

田中淳子の“言葉のチカラ”(16):あなたに褒められたくて

人材育成歴30年の田中淳子さんが、職業人生の節目節目で先輩たちから頂いてきた言葉たち。今回は苦しかった仕事を「やって良かった」に変えた魔法の言葉を紹介する。

[田中淳子,@IT]
田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

 人材育成歴30年の田中淳子さんが、人生の先輩たちから頂いた言葉の数々。時に励まし、時に慰め、時に彼女を勇気付けてきたその言葉をエンジニアの皆さんにもお裾分けしたい、と始まった本連載。前回は、落ち込んでいた田中さんに先輩が送ってくれたメールを紹介した。さて、今回のお話は……。

仕事の喜びとは

 何度、投げ出そうと思ったか分からない。
 いくら仕事でも、もうこんな思いはしたくない。

 そんな困難な仕事を成し遂げたとき、解放感と共に達成感や満足感をしみじみと味わうことがある。しかしそれ以上に、その仕事で一緒に働いた誰かからもらう言葉が心に何かを残してくれることもある。

 30代のSEから聞いた話だ。「これまで経験した中でも3本の指に入るほどの大変なプロジェクト」が終わって数カ月たったころ、一緒に仕事をしていた10歳くらい年上のビジネスパートナーからこう言われたのだという。

あの時は大変だったけど、今になって思えば二人とも成長したよなぁ。キミもすごく成長したと思っていたけど、実はボクも成長した。もしまた困難なプロジェクトを立ち上げることになったら、またキミと仕事したいなぁ、とときどき思い出すんだ。


 「あなたと仕事したい」
 「あなたにお願いしたい」

 こう言われて、うれしくない人はいないはずだ。

 「誰でもいいのだけど適当な人をアサインしてくれないか」
 「誰にでもできる仕事なんだけど、取りあえずあなたがやって」

 などと言われるより、

 「あなただからお願いしたい」
 「あなたにこそ取り組んでほしい」

 などと言われれば、やる気が出るというものだ。

厳しい要求の真意

 こんな話もある。

 初めて仕事を受けた顧客から、「こういうふうにしたいけど、あなたにできますか?」と何度も厳しい注文を付けられ、その都度、一生懸命考えに考え、考え尽くして要望の解決策を提案し、何とかプロジェクトを成功に導いたエンジニアがいた。

 その後さまざまなプロジェクトを任されるようになり5年以上たったある日、その顧客担当者に「最初のプロジェクトで頂いた要求は本当に厳しかったし、ボクにとっても大変なチャレンジだった。けれど、あれがとても勉強になりました」と話したところ、担当者からこう言われたそうだ。

ああ、あれね。

ボクは要望を伝える際に、相手が何らかの答えを用意してくれるかどうかを試していてね。「こういう風にできますか?」と聞いて、「できません」と返ってきたら、それだけのことだなと見極めていたんだ。

怒らないけど、次から依頼しない。それだけ。

あなたは常にこちらの要望をきちんと理解し、「こういうやり方ならできそう」と何らかの提案をしたりアクションを取ろうとしてくれたりした。だからあれ以来、ずっと指名で仕事を依頼し続けているんだよ。


 顧客も、顧客に対して何かを提供する側も、毎回真剣勝負だ。「これがしたい」という要望が顧客側にあり、「それをどうやって実現するか」を提供側は考える。

 無理難題を突き付けられたり、理不尽なことを言われたりして、どうにも対応できない場合もあるだろうが、たいていの場合は、何らかの対応を考え、提案できる余地はあるはずだ。困難な状況でも、頭をフル回転させて要望に食らいついていけば、相手はきちんとそこを評価してくれるものなのだろう。

仕事のもう一つの報酬

 私にも思い出深い経験がある。

 ある出版社からの依頼で雑誌の巻頭特集を手伝った時のことだ。特集は30ページを超え、私の担当部分も8ページくらいあったと記憶している。

 初校提出後に担当編集者から連絡があり、「ここの意味が分からないので、解説を追加してほしい」「こことここは論理的につながっていないので、なぜそうなるのか根拠を示してほしい」と多岐にわたる改善要求や細かい指摘があり、原稿はいわゆる「真っ赤っか」状態だった。

 メールでのやりとりではらちが明かないので、編集部に出向き面と向かって打ち合わせをした。何ともしつこい編集者で、最後はつい「そこまでおっしゃるならご自分で書いてはいかがですか?」と言ってしまった。半分は冗談、半分は本気だ。

 しかし敵もさるもの。「専門家の田中さんが自分の言葉で書かなくちゃ説得力がありません」と返された。

 泣きそうになりながら、編集者の注文に一つ一つ応える形で原稿を直していった。その工程はより深く考えるきっかけとなり、学ぶことは多かったが、校了した時点では「次回は引き受けるのを止めよう」と思った。

 数カ月後、編集者から電話がかかってきた。その記事の読者評価が非常に高く出たという。そして彼は続けた。

 「田中さんにお願いして良かった」

 人は、誰かの役に立ちたいと思っているし、役立ったかどうかを知りたいとも思っている。お金が生活を支える大事な報酬だとすれば、「あなたに頼んで良かった」「あなたとまた一緒に仕事したい」といった言葉は、自分の心を支える報酬となる。

またキミと仕事したいなぁ
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筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!


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