業務ソフトベンダーから「事業コンシェルジュ」への戦略的転換を図る弥生――改革を断行するCTO兼CIOが社内に浸透させるベンチャーマインドCTOに問う(5)弥生編(1/2 ページ)

CTOとは何か、何をするべきなのか――日本のIT技術者の地位向上やキャリア環境を見据えて、本連載ではさまざまな企業のCTO(または、それに準ずる役職)にインタビュー、その姿を浮き彫りにしていく。第5回は弥生の開発本部長を務める安河内崇氏にお話を伺った。

» 2015年07月01日 05時00分 公開
[益田昇聞き手:@IT編集部]
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連載目次

 2007年の株主交代を機に、製品開発体制の改革を断行して復活の急成長を遂げつつある弥生。製品のソースコードをゼロから見直し、会計プロ向けのデスクトップ製品を強化するとともに、個人事業者向けのクラウド製品を新たに投入するなど、業務ソフトベンダーから「事業コンシェルジュ」への戦略的転換を図ろうとしている。

 同社の開発本部長として、製品の開発を担うシステム開発部と、社内情報システムの運用を担う情報システム部の両部門を統括――いわばCTOとCIOを兼ねるような業務に従事し、製品/サービスと社内基幹システムの融合という新たな課題にも挑戦する安河内崇氏にインタビューした。

弥生 開発本部 本部長 安河内 崇(やすこうち たかし)氏(撮影:山本中)

株主交代を機に製品開発体制の改革を断行

編集部 弥生に入社されるまでの経歴を教えてください。

安河内氏 大学卒業後、自動車のボディなどを設計する3D CAD系のベンチャー企業に入社しました。大学の専攻が情報学だったことや、Webサイトを作った経験があったことを社長が聞きつけ、入社1年目で、ITを使って社内業務を効率化するシステムグループ創設の任務をアサインされました。システムグループで活動しながら自動車の3D設計業務も学んでいきました。

 そこで3年勤めた後、新しい外の世界を見てみたいという思いから、大手ポータルサイトでプロジェクトマネジャーとして大規模なリリースにも関わりました。その後、ERPベンダーに転職し、人事系のコンサルタントとして活動した後、2007年に縁があって弥生に入社しました。

編集部 入社された当初はどのような部署に配属されていたのですか?

安河内氏 最初は給与製品のプロダクトマネジャーとして入社し、プロダクトマーケティング部に所属しました。その後すぐに、筆頭株主がライブドアグループからMBKパートナーズに移るという大きな経営環境の変化があり、社長の岡本を中心に、組織や業務の改革に着手し、システム開発部の体制にも根本的にメスを入れることになりました。私も、そのタイミングで、プロダクトマーケティング部からシステム開発部へ異動して改革に取り組みました。

デスクトップ製品のソースコードをゼロから見直し

編集部 改革を断行するまで、製品開発の現場はどのような状態だったのですか?

安河内氏 開発を長くやっていると、どんな企業でも同じような状況が生まれると思うのですが、当社の場合も、複数のエンジニアが製品ごとに同じような機能を作っていたり、ソースコードが複雑で他のエンジニアが解読できなかったりと、非常に属人性の高いシステムになっていました。こうした状況を根本的に解消するために、プロジェクトマネジメントの導入や、標準化に取り組みながら、ほぼゼロから製品を見直すことを決断しました。

編集部 テスト環境も見直されたのですか?

安河内氏 改革までは、エンジニアはプログラムを書くだけで、自分ではテストは行わず、テスト専門の部署に任せていました。当時のエンジニアの間には、テストは下流工程だという意識が強く、テストの重要性はあまり高く評価されていませんでした。そのため、改革に当たっては、エンジニア自身が必ず単体テストを行うというところから始めて、機能間をまたいだ結合テストや、シナリオを含めた総合的なテストを行うようにし、バグが原因となって後工程で障害が発生すると手戻りが発生していかに大変なことになるかを身をもって学習できるようにしました。

編集部 エンジニアの意識改革を実現することは、簡単ではなかったのではないですか?

安河内氏 もちろん簡単なことではありません。ただ、不幸中の幸いと言いますか、当社には、改革直前に、給与製品を開発して市場に投入し、結局市場から撤退したという経験があります。その製品は、私がプロダクトマネジャーとして入社した際に担当した製品です。

 製品を市場に投入した後に、開発の状況について社内のいろんな人にヒヤリングしてみると、多くの人が開発に関していろいろな問題意識を持っていたにもかかわらず、日々のタスクに追われ、期日に迫られて、結局、多くの問題点を残したままリリースしてしまったということが明らかになりました。しかも、誰が製品開発の方向性を決めていたのかも分からないという状況も浮き彫りになりました。

 こうした状況を社長の岡本が総合的に判断し、株主と相談した上で市場から撤退することを決断しました。これはシステム開発部全体に大きな痛みを与えるものとなりましたが、同時に、新たな改革の取り組みとして、きちんと開発体制を整えようという機運が生まれ、改革の大きな原動力となりました。

ベンチャー時代の経験が改革遂行の力に

編集部 開発本部長の職に就かれたのはいつですか?

安河内氏 2年ほど前にシステム開発部の部長に就任し、現在の開発本部の本部長に就任したのは昨年のことです。開発本部には、製品/サービスを開発・運用するシステム開発部と、社内の基幹システムを構築・運用する情報システム部が所属しています。

 現在、開発本部全体のスタッフ数は180名で正社員は111名です。そのうち改革以降に入社した正社員数は80名に上っており、新しいスタッフが多数を占めるようになりました。

編集部 新しいスタッフの皆さんの方がテストや品質管理に前向きなのでしょうか?

安河内氏 そういうわけではありません。今では、古くからのスタッフが先頭に立って品質管理を推進し、エンジニアとして恥ずかしくない品質で製品を送り出すよう徹底的な指導を行っています。実際に現在、品質管理のリーダーを務めているのは社歴20年のベテランエンジニアです。このことからも分かるように、意識改革は大きく進展したと考えています。

編集部 改革の断行には、過去のどのような経験が生かされたとお考えですか?

安河内氏 そうですね。最も生かされたと思うのは、ベンチャー企業に勤めていた当時の経験です。できない理由を探すのではなく、どうやったらできるのかという発想は、そこで叩き込まれましたし、自分一人ではなく、皆と協力して物事を成し遂げるという意識も学ぶことができたと思います。

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