作り手のモチベーションから見た「Apple Music」のカタチものになるモノ、ならないモノ(66)(1/2 ページ)

音楽の作り手は、2015年6月から立て続けに始まった「定額制音楽サービス」をどう見るのか――。自身が音楽レーベルを運営する山崎氏が、サービスに対する希望と不安を正直に語る。

» 2015年07月22日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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 アップルによる定額制音楽サービス「Apple Music」がスタートし、日本のレコード業界も本格的な定額制ストリーミングの時代に突入した。メディアでは、この聴き放題型のサービスがレコード業界やアーティストの収益にどのような影響を及ぼすのか、その行く末についてけんけんごうごうの議論が白熱している。

 2013年6月に「アップルの聴き放題サービス『iTunes Radio』は、音楽制作者を殺すのか」で、ストリーミングサービスにおける「収入の減少」への不安を自社の実績を示しながら赤裸々に書きつづった身としては、ついに来るべき時が来たという思いでいる。一音楽ファンとしてApple Musicを利用している限りにおいては、これほどすばらしいサービスは他にない。だが音楽制作者としては、この先聴き放題により収益がどのように変化するのかが、現時点ではあまりに不透明なだけに、不安ばかりが拡張する。

iOS 9にアップグレードしても、iPhoneのホーム画面には「iTunes Store」アプリがあるのでダウンロード販売が即死滅するわけではないが……

 特に、iTunes Storeのダウンロード販売で、多くはないものの事業の一角をなす程度の収益を得ている筆者だけに、聴き放題型のApple Musicの開始は、アップルから「引導を渡された」に近い感覚はある。iPhoneのホーム画面には、「iTunes Store」アプリは依然として存在するし、 iTunes Storeにリリース中のタイトルであってもApple Musicへ出す出さないは、レーベルやアーティストの側でコントロール可能なので、ダウンロード販売が即座に死を迎えるわけではない。

 ただ、一ユーザーとして、Apple Musicを使い込めば使い込むほどに、「中途半端な所有感」しか満たしてくれないデジタルデータのダウンロード販売というスタイルが急激に色あせて見えるのだ。ダウンロードが「中途半端な所有感」しか満たしてくれないだけに、聴き放題型のユーザーが増えれば増えるほど、好きなアーティストの音楽を「所有」したい人は、CDやLPレコードといったリアルなパッケージメディアを再認識し、逆にそれらが復権してくるのではないかとさえ思ってしまう。

iTunes Matchと似たような分配方法のApple Music

 さて、本コラムの本題に入ろう。アップルの「Apple Music」、LINEとエイベックス・デジタル、ソニー・ミュージックエンタテインメントの3社が共同出資した「LINE MUSIC」、サイバーエージェントとエイベックス・デジタルが共同出資して作った「AWA」といった定額制の聴き放題サービスが本格化したら、レーベルやアーティストの収益はどうなるのだろうか。筆者が現時点で抱いている思いは、「レコード業界全体、あるいはカタログ量を膨大に抱える大手のレーベルは、収益の向上が期待できるが、個々のアーティストや弱小レーベルの多くは前途多難」という結論だ。筆者がそのような結論に至った理由を説明しよう。

利用(ダウンロード)回数 分配(円) 曲単価(円)
iTunes Match JP 10万1173回 20,059円 0.20円
iTunes Download JP 15万6892回 634,483円 4.04円
総収入を案分し利用実績に応じてレーベルやアーティストに分配する、iTunes MatchとApple Musicの分配方法は似ている

 この表は筆者のレーベルで扱う、あるアーティストの本年第1四半期の日本のiTunes Storeでの実績から、ダウンロード販売とiTunes Muschの数字を個別に抜き出したものだ。iTunes Matchは、アップルが(日本の場合)2014年から提供しているクラウドベースの配信サービスだ。ユーザーが定額料金を支払うことで、ダウンロード購入したり、CDからリッピングしたりした手持ちの音楽ファイルをクラウド上(iTunes Store)の楽曲とマッチングさせ、複数端末で利用することができる。

 実は、iTunes Matchのユーザーがクラウドからストリーミング再生やダウンロードを行うと、音楽の権利者に対しアップルから少額ながらロイヤルティーが分配される。つまり、ダウンロード販売され決済が終了した楽曲であっても、iTunes Match経由で利用されれば、ロイヤルティーが発生するのだ。1人のユーザーが同じ曲を複数回利用した場合でも、その分はちゃんとカウントされ複数回分のロイヤルティーが分配される。

 このときのロイヤルティーの額は、定額制のiTunes Matchの総収入からアップルの取り分を引き、楽曲の利用回数に応じて分配される仕組みだ。サービスの形態こそ異なるものの、全体の収益を楽曲の利用回数に応じて案分し、実績に応じて権利者に分配する考え方は、Apple Musicとおおむね同じなのだ。この部分に関して言えば、iTunes Matchは、Apple Musicを先取りしていたともいえる。

 その前提で、あらためて上の表をご覧いただきたい。iTunes Matchは、10万1000回余り利用されて分配合計が、約2万円であるのに対し、通常のダウンロード販売(iTunes Downloadと表記)は、約15万6000ダウンロードで、63万円以上を売り上げている。単価にすると前者は約0.2円/曲、後者は、約4.2円/曲。ちなみにダウンロードの分配が4.2円/曲と通常よりかなり安価なのは、アルバム単価が低く設定(アルバム価格=150円×曲数ではない)されており、このアーティストの場合、セールスの約75%がアルバムで売れていることから4.2円という低い曲単価となっている。

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