インターネット黎明期からエンタープライズITの主導権争いに至るまで、そしてIT活用の今後は――@IT 15周年企画「編集長対談」(2/3 ページ)

» 2015年10月26日 05時00分 公開
[唐沢正和ヒューマン・データ・ラボラトリ]

Web 2.0とコンシューマライゼーションの走り

内野 さて、次にエンタープライズITの大きなトピックとして注目されたのがWeb 2.0です。

新野 当初、Web 2.0は、Google MapsなどグーグルのサービスやSNSなどユーザージェネレーテッドコンテンツが盛り上がっていたので、エンタープライズITからは距離を置いて見ていました。しかし、Web 2.0の登場は、エンタープライズITにとっても、「今まで見るだけだったWebブラウザーがインタラクティブになる」という大きな変化をもたらした。

内野 これがコンシューマライゼーションの走りになったわけですね。

新野 「エンタープライズWeb 2.0」とも言われるが、「Web 2.0をどうエンタープライズITに取り込んでいくか」という動きが加速してきた時期です。「@IT」では、Web 2.0のフォーラムこそ作りませんでしたが、その流れの中でリッチクライアントのフォーラム(当時「リッチクライアント&帳票」。現「HTML5+UX」)が立ち上がった。このフォーラムが中心になって、「Webを活用して業務システムをインタラクティブ化する」といった内容の記事を配信していったのです。

内野 私は当時、「@IT情報マネジメント」で、“Web2.0時代のエンゲージメント醸成”をテーマとする記事をまとめたことがあります。それは今で言う「SoE(System of Engagement)」の出始めでもあったと感じますね。このWeb 2.0が登場した2005年から2006年にかけて、エンタープライズITのテクノロジが大きく加速したと感じます。

新野 インターネットとエンタープライズのテクノロジが本格的に融合し始めた。これに伴い、エンタープライズITにもさまざまな変革がもたらされたのだと思います。

情報システム部門とテクノロジメディア

内野 情報マネジメントをテーマにしたITビジネス情報のフォーラム(前述の「IT Business Review」)も比較的早い段階から開設していますが、これはやはり「ITの世界だけに閉じていてはダメだ」という認識からだったのでしょうか。世の中的には、まだ「ビジネスとITの連携」といった意識はそれほど強くなかったのではないかと思うのですが。当時は、情報システム部門は言われたことだけをやっている、といったイメージも強かった頃です。

新野 確かに当時は、情報システム部門の人がビジネスについて積極的に首を突っ込んでくることはなかったと思います。しかし、エンタープライズITはビジネスのためにあるもの。「ビジネスを理解していないとシステムはうまく活用できない」という問題意識は@ITの立ち上げ当初からありましたし、今後はインターネット人口ももっと増えていくはずと見て、エンジニアだけではなく、情報システム部門やエグゼクティブ層にもリーチできる受け皿として「IT Business Review」フォーラムを立ち上げたわけです。

内野 その後、2008年に日本版SOX法が施行されたことに伴い、情報システム部門やエグゼクティブ層からもテクノロジの重要性が認識されるようになりました。これをきっかけに、テクノロジがビジネスを直接支えているという認識が一気に浸透し始めたように感じます。

新野 しかし、2008年当時、ネットメディアはいまだ情報収集のソースとして信頼されているとはいえないのが実状でした。そうした認識は広がりつつありましたが、ネットメディアとして、情報システム部門やエグゼクティブ層にリーチするための努力は続けていましたね。

仮想化とクラウド

内野 2007年以降、x86アーキテクチャにおける「サーバー仮想化」の登場を皮切りに、ITを取り巻く環境は劇的に変化していくことになる。仮想化については、どう捉えていたのですか。

新野 仮想化のテクノロジ自体は以前からあったものなので、それほどのインパクトはありませんでした。仮想化は、大規模PCサーバーを分割したり、部門ごとに分散していたサーバーを集約したりすることで、中央集権化やコスト削減、ガバナンス強化を図ることができます。情報システム部門にとって強力な武器が出てきたという印象が強かった。

内野 そして仮想化に続いて登場したのが「クラウド」です。“蛇口をひねれば水が出るように”ITリソースを使えるようになる、といったニコラス・G・カー氏の言葉も注目されましたが、クラウドの登場はやはり大きなインパクトだったのでは。

新野 当時は、クラウドが本当にエンタープライズITで実用化できるかは懐疑的な見方がありました。言葉だけが先行していたので、私もクラウドの裏の技術がどんなものかが分かるまでは、クラウドの将来性は半信半疑で見ていました。

内野 クラウドがエンタープライズITとして使いものになると確信したのはいつごろだったのでしょうか。

新野 2009年に、東京証券取引所のシステムを運用している企業の社長にインタビューする機会があり、その際に、「現在はテープにデータをバックアップして、巨大な倉庫に保管しているが、クラウドならばこれを全てネット上に移行できる」という話を聞きました。この時点で、クラウドはエンタープライズITの領域でも活用できる将来性があると実感しました。

ビジネスがソフトウエアによって動き始めた

内野 2010年ごろにIaaSを中心にクラウドのトレンドが本格化し始めて以降は、2011年にビッグデータ、2012年から2013年にかけてSDN(Software-Defined Network)やSDS(Software-Defined Storage)、またDevOps、OpenStack、Dockerなどのコンテナー仮想化といったように、毎年のように新しいトレンドが生まれ、かつてないスピードでテクノロジが進歩していると思います。

 ただ2014年ごろからは、IoT(Internet of Things)のトレンドを背景に、それまで個別に語られてきた各テクノロジや概念同士のつながりが、より分かりやすい形で浮かび上がり始めたように感じます。競争が激しく、経営環境の変化に応えるスピードが差別化の条件となっている今、スピーディにビジネスニーズを分析して、アクションに落とし込み、また変化に応じて次の改善につなげていく、といったサイクルを迅速に回すことが重視されています。

 こうした取り組みを支える上で、これまで個別に語られてきたテクノロジや概念が、具体的にどのように連携してそうしたサイクルを支えるのか、またその結果、ビジネスにどのようなことが起こるのか、起こせるのか、一層分かりやすくなってきたと思うのです。これに伴い、エンタープライズITの世界におけるエンジニアの役割も、ビジネスゴールを見据えて、それに役立つテクノロジはどんどん取り入れていくといった方向に、大きく変わってきたように感じますね。

新野 振り返れば、ITバブルをきっかけに、2000年代前半からコンシューマーITがテクノロジをリードするようになりました。エンジニアも、エンタープライズITでRDBを使うシステムを開発しているよりも、コンシューマーITでソーシャルサービスを開発していた方が、最新のテクノロジに触れられるという流れになった。NoSQL(Not only SQL)や大規模分散システム、JavaScriptのフロントエンド周りの新しいテクノロジも、コンシューマー向けITサービスを提供している企業のエンジニアが自由な発想で開発を行うことで、その進化をリードしてきた。

 こうして飛躍的に進歩したコンシューマーITのテクノロジが、一気にエンタープライズITに実装されるようになってきたのがここ数年のトレンドです。例えば、グーグルの大規模検索エンジンを支える分散システムのインフラはコンシューマーITの土壌で発展してきたが、このテクノロジをエンタープライズITにも取り込むことで業務変革していこうという動きが見えるようになってきた。これが、エンタープライズITにおけるエンジニアの役割にも大きな変化をもたらしています。

内野 確かに最近は、楽天やYahoo!などのB to CのWebサービス企業のエンジニアが、いろいろな新しい技術を率先して取り入れて開発しており、このような動きがエンタープライズITにも影響を与えているように思えます。

新野 それと同時に進行しているのが、ビジネスそのもののIT化です。ソフトウエアの中に、ビジネスに必要なものが全て集約されるようになってきた。つまり、ソフトウエアを作ることが、そのままビジネスを作ることにつながっていっている。

内野 @ITでも2013年から特集としてDevOpsOpenStackなどを取り上げていますが、そうした取材の中でも、「ソフトウエアを作ることが、そのままビジネスを作ることにつながっている」ことは、「ITのパフォーマンスはビジネスのパフォーマンス」といった具合に、さまざまなプレーヤーが異口同音に口にしていますね。

新野 以前は、ビジネスを加速するためには、人の働き方を改善する必要があった。しかし現在は、業務のほとんどがソフトウエアで仕組み化されているので、「ソフトウエアを使った結果のフィードバックをさらなるソフトウエアの改善に生かす」という運用・開発サイクルをいかに速く回すかが、ビジネスの速さに直接影響してくる。その意味で、ビジネスにおけるソフトウエアの役割と共に、そのソフトウエアを開発・運用するエンジニアの役割もどんどん大きくなってきていると感じます。

 こうした「ビジネスがソフトウエアによって動き始めている」状況と、「コンシューマーITのテクノロジがエンタープライズITの可能性を広げている」という動きは非常にリンクしていると思います。かつて、エンタープライズITの領域は、乱暴に言えば、トランザクションの仕組みでお金の計算を速くすることだけが目的だった。これに対して、現在は、お金の計算だけではなく、その周辺にある営業ノウハウや製品企画、顧客アンケート、カスタマーサポートなどがソフトウエアに集約され、効率化や省力化だけではない方向に、エンタープライズITの領域を広げていっている。そして、その広がった周辺領域がコンシューマーITと強く結び付いている。

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