「スマホで手軽に資産運用」の時代は訪れるか――みずほ銀行がアジャイル開発で取り組む「ロボアドバイザー」の今後特集:FinTech入門(4)(2/2 ページ)

» 2016年02月09日 05時00分 公開
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スマートフォリオがこだわったのは、スマートフォンでの「使いやすさ」

 スマートフォリオは、実際の商品購入以外の部分は、同行の顧客でなくても利用できる無料サービスとなっている。サービスを公開した狙いについて、「ユーザーが資産運用に対して感じている障害を取り払い、より幅広い層に投資を行ってもらうための方策の一つだ」と話すのは、みずほ銀行 コンサルティング営業開発部コンサルティング営業開発チーム参事役の野崎慎二郎氏だ。

 現在、投資ビジネスの中心顧客となっているのは定年後のリタイア層である。「資産形成は、より若いうちから始めるべきだ」と言われてはいるものの、現役で働いている人が、資産形成の相談のために銀行の窓口に出向くケースはまだ少ない。こうした「資産形成層」にある顧客の獲得を目指し、みずほ銀行はこれまでも、窓口に行かずに投資信託口座を開設できるスマートフォンアプリ「みずほ銀行投資信託口座開設アプリ」を提供したり、最低投資単位の引き下げを行ったりと、さまざまな施策を行ってきたという。

みずほ銀行 コンサルティング営業開発部コンサルティング営業開発チーム参事役 野崎慎二郎氏

 「こうした施策にも一定の効果はありましたが、より多くの人に利用してもらうための課題は何かについて、資産形成層の方にヒアリングを行いました。その結果分かったのは、資産運用に関心はあるものの、どうやればいいのかが分からないという人が多かったことでした。運用に関心がある人は、自分でもそれなりに投資について調べますが、最終的にどの商品を買って、どう運用すべきかについては、専門家のアドバイスが欲しいと思っている状況も見えてきました。スマートフォリオは、その部分でのブレークスルーにしたいと考えています」(野崎氏)

 みずほ銀行では、定年後のリタイア層(デジタルシニア層)、スマートフォンを頻繁に使う若年層など、さまざまなペルソナを作成し、アジャイル開発を行った。その中心になったのは、野崎氏が所属するコンサルティング営業開発部。みずほフィナンシャルグループ全体のFinTechを推進する「インキュベーション室」ではなく、ユーザーのニーズを多く汲み取ってきた、いわゆる「ビジネス部門」が主導で開発したサービスだ。

 「サービス品質を向上するためには、PDCAのサイクルを必ず回すようにしています。リリース前からプロトタイプを作成し、ユーザーの反応をもらって、改善サイクルを短いスパンで回し続けてきました」(野崎氏)

 開発に当たって重視したのが、サービスとしての「使い勝手の良さ」というのは、当然なことといえよう。「幅広いユーザーに継続的に利用してもらうことで投資人口を増やす」という目的を果たすためには、サービスの複雑さや使いづらさを排除することがカギとなる。リスク許容度診断のための質問項目も、試行錯誤の上で特に説明力の高いものだけに絞ったという。

 サービス設計の中心にあるのは、スマートフォンだ。「対面でのアドバイス」は多数の項目を質問し、詳細な説明も行うというものだった。だが、それを機能として実装してしまうとスマートフォンならではの手軽さが損なわれてしまう。

 「開発当初は、途中で分岐があるなど、よりハイスペックなものを考えていましたが、ユーザーが迷ってしまうケースも想定されたため、可能な限りシンプルになるよう工夫しました。レイアウトや文字の大きさなどについても、スマートフォンでの利用を想定して吟味しています」(野崎氏)

 実装では、オープンソースのJavaScriptライブラリを活用。「jQuery」「Underscore.js」、アニメーション用ライブラリ「Velocity.js」、グラフ描画用ライブラリ「Chart.js」などを利用している。

 また現在のところ、ビッグデータを活用した大規模なシステムによる診断ではなく、ユーザーへの反応速度を重視し「ハードコードの実装とした」という。こうしたサービス設計・開発上の数々のポイントは、FinTechにおける他のサービスにも共通する要件と言えるのではないだろうか。

グループ内で提供する「スマートフォリオ」の顧客にとってのメリットは?

 ただ前述のように、ロボアドバイザーには複数のサービスが存在する。そうした中でのスマートフォリオは、「良好なユーザーエクスペリエンスの実現」と「バックエンドのロジックをみずほ第一FTが担当していること」が大きな差別化ポイントだという。

みずほ第一フィナンシャルテクノロジー 投資技術開発部 副部長 熊田哲也氏

 みずほ第一FT 投資技術開発部副部長の熊田哲也氏は「スマートフォリオは、短期的に利益を得る投資ではなく、長期的な資産運用をサポートするサービスと位置付けています。特に資産形成層にあるユーザーのライフステージは、時間を経て変化していくものです。その変化に柔軟に対応できる商品を提示できるかどうかも、一つの長所になります」と話す。

 現在、スマートフォリオを通じて提案される投資信託は、ノーロード(販売手数料無料)のインデックスファンドが中心となっている。ライフステージの変化に合わせて、投資資産の配分を変更したい場合、売買の都度、手数料を取られる商品は不便だという考え方もある。長期の資産形成を目的に、生活環境が変化する中でも投資効果を最大化を目指している点が、強みの一つだとする。

 「特に海外でロボアドバイザーが注目され始めた背景としては、リーマンショック後に一般投資家が既存の金融機関や運用会社に対して、少し距離を取るようになったこともあると思います。

 ただ、逆に言えば、それ以降に起業してきた新興企業においては、もともと金融業界でビジネスを行っていた人がいる場合を除いて、相場急変への対応経験が浅いということもある。みずほ第一FTの運用経験に基付いたポートフォリオについては、マーケット混乱時を含めた有効性、安定性、運用商品の頑健性という点で、他のロボアドバイザーサービスに対して有利だと考えています」(野崎氏)

ユーザーの行動分析や市場環境の変化に合わせて、機能とサービスの拡充を予定

 以上のように、みずほフィナンシャルグループ内でスマートフォリオを作り上げた理由としては、「実績のある金融グループとしてのメリットを生かすこと」にある。加えて、「サービス開発・改善のスピード感を高めていくこと」も狙いの一つだという。

 市場環境の変化に合わせて、ポートフォリオの提案ロジックを定期的にアップデートしていく他、スマートフォリオを利用したユーザーの行動分析を通じて、システムそのものの改善も継続的に実施する。機能についても、将来的な資金使途を考慮した「ゴールアプローチ機能」や、保険など投資信託以外の追加を検討している。

 「オープンなサービスであるスマートフォリオでは、ネットを通じて利用してくれる顔の見えない顧客に対して、ユーザーエクスペリエンスを高めていくためのPDCAを回し続けていきたい。そのために有効なサービスや技術があれば、グループ内に限らず、ベンチャーを含む他企業との連携などについても、積極的に検討していくつもりです」(野崎氏)

 既存の大手金融機関としてのノウハウをベースに、一般ユーザーによりハードルの低い投資サービスを育てていこうという「スマートフォリオ」の試みはスタートしたばかりだ。大手銀行でありながら現場主導のアジャイル開発を行う「スマートフォリオ」は今後どうなっていくのか。順調に受け入れられていくのか、それとも衰退するのか。国内外の「ロボアドバイザー」サービスの動向に注目していきたい。

次回は、FinTechを巡る銀行規制の見直しや金融庁の取り組みについて

 本特集の次回は、FinTechをめぐる銀行規制の見直しや金融庁の取り組みについてのセミナーのレポート記事をお届けする。エンジニアがFinTechの場でどのように活躍していけるのか、周辺事情をあらためて整理したい。

特集:FinTech入門――2016年以降の金融ビジネスを拡張する技術

「Finance(金融)」と「Technology(技術)」を足した造語である「FinTech」。その旗印の下、IT技術によって金融に関わるさまざまな業務や処理を利便化し、ビジネスの拡大を図る動きが国内金融業界から大きな注目を浴びている。大手銀行からスタートアップまで「FinTech」という言葉を用い、新しいビジネスを展開するニュースが相次いでいる。言葉が氾濫する一方で、必要な技術について理解し、どのように生かすべきか戦略を立てられている企業は、まだ多くないのではないだろうか。本特集では金融業界がFinTechでビジネスを拡大するために必要な技術要件を浮き彫りにし、一つ一つ解説していく。




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