連載
» 2016年02月16日 05時00分 UPDATE

お茶でも飲みながら会計入門(103):なぜ東芝の不正会計事件で「新日本監査法人」に処分が下ったのか?

元ITエンジニアで現会計士の吉田延史さんが会計用語や事象を解説する本連載。今回は監査法人の仕事と役割を、システム開発の「テスト」になぞらえて解説します。

[仰星監査法人 吉田延史, イラスト:Ayumi,@IT]
「お茶でも飲みながら会計入門」

連載目次

会計システムに携わるITエンジニアに、業務知識として会計の基礎知識をお伝えする本連載。前回は、損益計算書に登場する5つの利益の違いを、モバイルアプリ開発を例に解説しました。今回は、監査法人の仕事と、新日本監査法人に下された処分の理由を、システム開発になぞらえて解説します。

本連載の趣旨については「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。

 2015年、東芝の過去の決算書に経営者の指示による不正会計があることが判明しました。そして、金融庁は、東芝の会計監査を担当していた「新日本有限責任監査法人(以降、新日本監査法人)」に、21億円の課徴金と3カ月の契約の新規締結の禁止などの処分を行いました

 新日本監査法人は、なぜ処分されたのでしょうか。そして、これをシステム開発にあてはめるとどのようなことが言えるのでしょうか。

新日本有限責任監査法人のWebサイトに書かれている説明(2016年2月15日現在) ※クリックすると大きな画像でご覧いただけます

【1】監査法人の仕事は「バグ取り」

 監査法人の主たる業務「会計監査」は、システム開発の「テスト作業」にとても似ています。

 テスト作業には「エンドユーザー」「システムの開発者」「テスト実施者」の3者が登場します。会計監査は、それぞれ下記に置き換えられます。

  • エンドユーザー → 投資家・銀行
  • システムの開発者 → 経営者
  • テスト実施者 → 監査法人

 システム開発は開発対象がさまざまです。あらゆるシステムに画一的なテスト項目を設定することはできないので、項目を洗い出さなければなりません。また、テスト作業ではエラーが起きたら致命的な問題になるところを重点的にテストしてバグを判別し、修正します。

 会計監査も同様に、監査対象となる会社の業種や、組織形態に応じて、テスト項目を設定し、怪しい箇所があれば重点的にチェックします。

【2】テストでも会計監査でも、全てのエラーが見つかるわけではない

 ソフトウェア開発では、全てのバグを発見することはできません。

 同様に会計監査でも、全てのエラーを見つけることはできません。特に隠蔽(いんぺい)工作を伴うエラーは、相当見つけにくいのです。刑事ドラマでは刑事があざやかな推理でウソをついた犯人を追いつめますが、実際の仕事ではそういったウルトラCはなかなかできません。

 とはいえ、重大なエラーの見逃しが多発すると、誰も安心して決算書を見られなくなります。では、エラーが発生したときの監査法人の責任は、どう問われるのでしょうか。

 よく言われるポイントは、「専門家としての正当な注意義務」をしっかり果たしたかどうかです。

 医師を例に挙げて考えます。難病患者が、病院で治療を受けているとしましょう。医師が最善と思われる判断を尽くして手術した結果、残念ながら患者の命が助からなかったとしても、その事実だけをもって医師が殺人の罪に問われることはありません。

 医師は、最善と考える方法で治療を試みます。その判断に基づいて手術を行い、結果として命を救えなくても、注意義務に違反したことにはなりません。しかし、誰の目にも明らかな投薬ミスがあった場合には、罪に問われます。

【3】なぜ新日本監査法人に処分が下ったのか

 今回の新日本監査法人に対する処分は、単に東芝の決算書にエラーがあったという理由だけで下ったわけではありません。

 一例を挙げます。東芝の発表では工事進行基準関連には15件のエラーがありました。しかし新日本監査法人の処分の主な理由は15件全てではなく、そのうちの1件(ETC設備更新工事事案 3(1)ウ参照)に関するものでした。

 処分の理由は、設定したテスト項目の実施不備というよりは、テスト項目の洗い出し(当然行うべき、特別な検討を必要とするリスクに対応した十分かつ適切な監査証拠の入手)が適切にできていなかったことです。

 これは、先ほどの医師の例の投薬ミスレベルの単純な注意義務違反ではないでしょう。しかし、「最善と思われる判断を尽くしたとも言えない」と金融庁が判断したのだと筆者は考えます。

 システム開発においても、「テスト項目の実施不備」といった問題を起こさないことはもちろん、きちんと要件を満たすシステムを作ることが不可欠です。本件で、監査法人は「最善を尽くしたとも言えない」と金融庁から判断されたと考えられるわけですが、システム開発において「最善を尽くした」とはどういうことなのか、「専門家としての正当な注意義務をしっかり果たす」とはどういうことなのか、ユーザーなど第三者の視点から、あらためて考えてみてはいかがでしょうか。

イラスト:Ayumi


筆者プロフィール

吉田延史(よしだのぶふみ)

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピューターの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。

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