元三井物産情シスの「挑戦男」、黒田晴彦氏が語るAWS、情シスの役割、転職の理由独占ロングインタビュー(2/3 ページ)

» 2016年08月16日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

――一方、先ほどとは逆に、「オンプレミスでやると、5年に1度などのハードウェア更改のために、膨大な人件費と労力が掛かる。こうしたやり方はもう限界だ。それに比べればパブリッククラウドははるかに透明性が高く、コストは必ず低く済む」という人がいます。これについてどう考えますか?

黒田氏 それについても、自分たちのITインフラの運営に、どのコストがどれだけ掛かっているかを、詳細にわたってちゃんと言い切れるかどうかがポイントです。

 現実には、オンプレミスのシステムを、画一的に5年に1度などの頻度で更改するわけではありません。システムの要件に応じて、「ハードは何年まで使える」「OSのバージョンはいつまで保守が有効」といったことを、調達時に考えて決めます。では、各システムについて何年でコストを見るのか。経費と資産の両面で、詳細なコスト分析をすべきです。

 全てが経費化するという点では、確かにAWSは分かりやすいです。しかし、AWSに支払う以外のコストも掛かります。例えばセキュリティは共同責任モデルなので、ユーザー側でも一定の対策をしなければなりません。すると、自分たちでセキュリティの面倒を見るコストが掛かります。また、AWS上で可用性を高めたいと考えるユーザー組織は、コストを掛けて、仕組みを構築しています。また、ハードのリプレースはなくとも、ソフトウェアのバージョンアップ作業は残ります。こうしたことから、SEを含めた人件費は、結構かかります。

 繰り返しになりますが、システムごとに、自分たちの欲しい可用性やパフォーマンスを出すための、人件費も含めたトータルコストはいくらなのかをきめ細かく検討すべきです。

 以前調査した際、「AWSの方が、はるかにトータルコストが高い」という会社がありました。長期的に、安定したリソースを使うシステムが対象だからです。一方、利用リソース量が大きく振れるシステムの場合は、パブリッククラウドを使う方が得です。そういう利用形態を想定した上で比較をすべきで、どちらだけがいいとか、得ということではないのではないでしょうか。

情シスとユーザー部門との関係をどう考えるべきか

――ユーザー部門との関係について悩む情シスの人たちは多いのではないかと思います。これからの「もうけるためのIT」は、ユーザー部門の発想やニーズがカギになるわけですが、情シスはそれに対して何ができるのでしょう?

黒田氏 ITは進化が速いです。この点で、IT担当部署は、他の部署とニュアンスが異なります。

 私が会社に入ったころから、法務や経理はずっとあり、その基本的な役割は変わっていません。一方、当時は通信部というのがありました。これは全国のテレックス、ファックス、電話について責任を持つ部署でした。総合商社にとって、テレックス網が生命線だと考えられていた時期がありました。ところが現在はもはや、通信部という部署はありません。その代わりに、システム部署があるわけです。

 IT担当部署の特殊性は、手段がどんどん変わるということなのだと思います。昔重要だった通信という手段は、機能として吸収されてしまいました。一方で、今はITとして、多様な新しい手段が出てきています。すると、企業の経営者や事業責任者は、ビジネスのために、いったいどんな手段を使えばいいのか、誰に聞けばいいのかすら分かりません。

 やはり、社内に専門家が必要なのです。ITがどんどん変わるからこそ、自分の会社に必要なITは何かを判断する人や役割は必須だと思います。経営の観点でのIT責任者はCIOですから、CIOの役割はますます重要です。

 「オンプレミスかパブリッククラウドか」の判断以前に、どんどん変わっていくIT技術の中で、今何を採用すると、自分の会社にとって得なのかを判断する役割が必要です。その役割を担っているのは、明らかに情報システム部です。こうした部署名がずっと残るかどうかは分かりません。オンプレミスがずっと残るかどうかも分かりません。何が残るか分かりませんが、進化が激しい中で、「飛行機が飛ぶ時代に馬で走っている」のでは、戦いに負けます。

 最近では、「デジタル・トランスフォーメーション」といった言葉が使われるようになってきていますが、情報システム部は、「自社における経営の強みを最大化するためのITとは何か」を考え、これを実現する重要な役割を担っていると私は思っています。ITは急速に変化しています。その中身を見極めて、自社にとって本当に有益なものを推進する。これこそが情報システム部の役割です。

 シャドーITがいくらあってもいいと思います。シャドーITの大半は、少なくとも手軽に自分の仕事に役立つということでやっています。今、情シスの人たちが気にするべきなのは、「自社の本業そのものが危うくなるかもしれない、それくらいのITの大波が今来ている」ということです。その大波を、本当の意味で経営の中に取り込むということを、必死にできるのは、情報システム部をおいて他にありません。ですから、情シスの人たちには、「ITに関わってきてよかったですよね、活躍できるのはこれからですよ」と言いたいのです。

 企業のIT部門とユーザー部門は、二人三脚の関係にあります。システム部署が全てのソリューションを出せるわけではありません。ですが、少なくとも、会社の中では誰よりも、「何をすべきか、どういう技術があるのか」を知っていなければなりません。一方、製造や営業など、ビジネスをやっている部門が求めているものは何か、それをどうしたらいいのかを一緒に議論するときがきたと思います。IT部門は現場と連携して、何をすべきなのかを議論できる、そういう部署でなければなりません。

 自社のコアコンピタンスを知った上で、世の中で起こっている技術革命は何かを踏まえ、自らが最善だと考える解決策を、常に会社に提案する。採用されるなら、必死になってそれを成功させる。そういうサイクルが回るようになれば、使命はこれまでと同じだけれど、やることは自ずと変わっていくのだろうと思います。つまり、オンプレミスやパブリッククラウドといった手段ではなく、何を実現するかが重要です。

 ITベンダーやシステムインテグレーターについても同じことです。「情シス不要論」とともに、システムインテグレーターには未来がないと主張する人がいますが、そんなことはありません。先ほど申し上げたような、企業の情報システム部の活動をサポートできます。こうした人たちは、顧客企業のコアコンピタンスこそ分かりませんが、自社の経験と想像力を生かして提案し、採用されれば実現を全力でサポートする。やりがいのある仕事です。

 ITが企業を変え、社会を変える。そこに関わっていけるのがIT産業です。IT産業にいるあらゆる人たちにとって、エキサイティングな時代がやってきたと言えます。

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