「VMware Cloud on AWS」の、AWS、ヴイエムウェア、ユーザー企業にとっての意味は宗教論争から一歩先へ

AWSとヴイエムウェアの「VMware Cloud on AWS」は、一般企業にとって、インパクトの非常に大きい発表だ。一般的に解釈されているものとは異なる意味を持っている。本記事では、この発表の、2社およびユーザー企業にとっての意味を探る。

» 2016年10月18日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

 AWS(Amazon Web Services)とヴイエムウェアが2016年10月13日(米国時間)に共同開発中であることを明らかにした「VMware Cloud on AWS」。一般企業にとって、インパクトの非常に大きい発表だ。これは一般的に解釈されているものとは異なる意味を持っている。本記事では、この発表の、2社およびユーザー企業にとっての意味を探る。

VMware Cloud on AWSのヴイエムウェアにとっての意味

 まず、ヴイエムウェアにとっての意味は、「これによって(初めて)同社がAWSなどのメガパブリッククラウドに対抗するのをあきらめた」ということではない。2016年春にマルチクラウド戦略を明らかにした時点で、もはやAWSやMicrosoft Azureに対抗するつもりがないことを明確に認めている。

 例えば2016年5月、来日した米ヴイエムウェア CEOのPat Gelsinger(パット・ゲルシンガー)氏に、筆者が「パブリッククラウドではAWSやMicrosoft Azureが急成長し、多くの企業が利用するようになってきている。(マルチクラウド戦略について語る前提として、)この事実を受け入れ、その上で自社の価値を発揮するということなのか」と聞くと、そうだと答えている。

 VMware Cloud on AWSにより、ヴイエムウェアは他社のハードウェアプラットフォームの上でソフトウェアベンダーとしての価値を発揮できる。AWSがヴイエムウェアに請求する設備や物理サーバの使用料は公開されていないため、ヴイエムウェアにとっての経済的合理性は不明だ。だが、装置産業であるデータセンター/クラウド事業において、ハードウェア設備に対する投資をしなくて済むことのリスク低減効果は大きい。

米AWS CEOのAndy Jassy氏(左)と米ヴイエムウェアCEOのPat Gelsinger氏

 そしてもちろん、ヴイエムウェアにとってAWSと組めたことは、他のファシリティ提供パートナーとの間では手に入れられないメリットがある。AWSは、現時点では明確にパブリッククラウドのリーダーであり、VMware vSphereとAWSを併用する企業は多い。端的にいえば、2社は企業インフラとして最も信頼されている。このため、ユーザー組織が「今後自社のIT戦略をどのように進めるか」を考える際に、基本的にはヴイエムウェアが提供するサービスであるものの、両社が関わって生まれるVMware Cloud on AWSという存在が与える心理的および実務的な効果は大きい。

 心理的な効果としては、間接的ながらAWSがサービス提供に関わることで、パブリッククラウドへの移行を進めなければならないと考えている企業に、vSphere基盤を将来にわたってAWSと共存するものとして考えてもらいやすくなることが挙げられる。ある意味で、AWSがvSphere基盤を、企業ITインフラのバリエーションとして認めたと解釈できるからだ。

 実務的な効果には、ユーザーがパブリッククラウド中心の世界に移行したとしても、現実解としてvSphereを組み合わせてもらいやすくなることが挙げられる。これには、AWSの提供する豊富なサービスを、vSphere上のアプリケーションから大きな遅延なしに利用できることが含まれる。

 なお、VMware Cloud on AWSは、他の一般的なソフトウェアベンダーが自社ソフトウェアをAWS上でサービスとして提供するのとは全く異なる。一般的なソフトウェアベンダーは、AWSの提供する仮想化インフラを、エンドユーザーと同じように利用する。だから、AWS側は運用面で基本的に何もすることはない。一方、新サービスでは、AWSはファシリティと物理サーバをヴイエムウェアに提供する。そして、ヴイエムウェアがこのサーバを使い、vSphere環境のライフサイクル管理を行うことを許容する。AWSは今回ヴイエムウェアに対し、特別な対応をしている。

AWSは新たな顧客を獲得できる

 一方AWSはVMware Cloud on AWSによって、自らのこれまでのサービスおよびメッセージだけでは十分関係を持つことができないような種類の企業や用途に、アプローチすることができる。

 AWSは、当初こそパブリッククラウド至上主義だったが、最近では多くの企業が社内ITインフラを必要だと考えている事実を認めるようになっている。その上で、企業における「AWSへのall-in化」、すなわち組織内のあらゆるアプリケーションやデータをAWSに移行してもらうべく、一般企業への働き掛けを進めてきた。

 だが、これはどうしても、ある意味で宗教的なメッセージにならざるを得ない。「企業はデジタルトランスフォーメーションを進めるために、AWSのようなパブリッククラウドを使うべきだ」というのは、総論としては分かりやすい。だが、例えば各論として、「従来型のアーキテクチャに基づくビジネスバックエンドシステムを全てそのままAWSに移行したいか」と聞かれれば、意見は分かれる。

 VMware Cloud on AWSが登場すれば、AWSはユーザーに無理な選択を迫る必要がなくなる。AWSへの移行のために、ステートフルな(ガートナーのいう「モード1アプリケーション」である)業務システムを改修するか、可用性の低下を我慢することを強いなくて済むようになる。インフラレベルでのケアを求めるアプリケーションについては、「取りあえずVMware Cloud on AWSという名のAWSインフラに移行し、その後『純粋なAWSインフラ』への移行を進めてくれればいい」と言えるようになる。また、従来型システムを純粋なAWSインフラに載せてもらえない場合でも、こうしたシステムとAWSの各種サービスを組み合わせた新しいアプリケーションを長期にわたって運用してもらいやすくなる。

 もう1つ指摘できるのは、「パブリッククラウド万歳」と言わないIT部門の中には、ポジティブな意味で自社のコントロールを効かせたいと考えている人たちがいるということだ。自分たちの仕事がなくなることを恐れているわけではなく、(一部であっても)自社でITインフラをできるだけコントロールすべきだし、それをする意欲を持つ人たちがいる。これまでのAWSのサービスおよびメッセージでは、「こうした人々の考えが古い」と切り捨てることしかできなかった。

 だが、VMware Cloud on AWSでは、こうした人たちの考えや意欲を生かしながら、主に従来型のシステムを積極的に守る一方、純粋なAWSインフラ上で新しいITに挑戦してもらうことができる。

何よりも重要な、ユーザーにとってのメリットは?

 VMware Cloud on AWSの最大の特徴は、vSphereインフラと、純粋なAWSインフラ上の各種サービスが、同一のAWSリージョン内で、隣り合わせの形で利用できることにある。

 多くのAWSユーザー企業は、自社とAWSとの間で専用線接続(「Direct Connect」)を張っているが、VMware Cloud on AWSではvSphereインフラがAWSリージョンで動くため、単一の接続で双方のサービスに接続できる。また、新サービスは世界中のAWSリージョンで提供される(全てのリージョンかどうかは分からない)ため、vSphere上のアプリケーションも、世界中で展開できることになる。オンプレミスの従来型ITを全てではなくとも社外に出し、ITインフラの経費化を進めた上で、新しいアプリケーションと共存させられる。

 これによって、ユーザー企業には、幅広い「ハイブリッドクラウド」の選択肢が生まれる。

 無理に全てのアプリケーションを「クラウドらしいクラウド」へ移す必要はない。各ユーザーが、それぞれの考え方に応じて、アプリケーション単位で、柔軟なハイブリッドクラウド構成を選べるようになる。これまでのハイブリッドクラウドにおける「無理」も回避できるようになる。

 これまで、AWSなどのパブリッククラウドでアプリケーションを構築し、オンプレミスのvSphere上で動くデータベースとの接続を試みて、WAN遅延のために失敗する例は多かった。

 VMware Cloud on AWSでは、AWSインフラ上に構築される各ユーザー企業専用のvSphere空間に、自社のオンプレミスvSphereからデータベースを移行することに抵抗がないのであれば、AWS上のアプリケーションと低遅延で接続できるようになる。この場合、ユーザー組織はデータベースを、従来のノウハウで運用し続けられる。

 また、物理的なデータセンターを他のユーザーと共用しながらも、物理サーバを自社専用として使えること、そしてVMware NSXを利用したマイクロセグメンテーションによるセキュリティモデルに安心を感じる組織であれば、セキュリティについても自ら制御できる。

 つまり、自社で積極的に責任を取って守りたいアプリケーションやデータについては、自社のコントロールが効きやすいvSphere環境で運用しながら、こうしたアプリケーションやデータと連動するビジネスアプリケーションの構築や運用で、AWSの各種サービスを活用できることになる。データのバックアップにAmazon S3やAmazon Glacierを使うような構成がやりやすくなることにメリットを感じる組織もあるだろう。

 一方、オンプレミスのvSphereとVMware Cloud on AWSの間ではvMotionが使えるようになるとされるが、ストレージのライブマイグレーションやレプリケーションも可能になるはずだ。これらによって、アプリケーション構成の選択肢はさらに広がる。

 もう1つ注目したいのは、ヴイエムウェアが別途発表しているCross-Cloud Servicesとの関連だ。このサービスでは、AWSのVPC上の仮想インスタンスをNSXの対象とし、オンプレミスとの統一的なセキュリティやガバナンスの管理ができる。このサービスがうまく機能するなら、オンプレミスのvSphere、VMware Cloud on AWS、Amazon VPCを一括した利用管理により、一部の企業が感じている懸念を軽減できることが期待される。

 新サービスにおけるネットワーク構成がどうなるのかは発表されていない。Cross-Cloud Servicesを使う選択肢に加え、VMware Cloud on AWSのユーザー環境を、このユーザーのAmazon VPCへ容易にネットワーク統合できる機能が提供される可能性もないとはいえない。

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