人間を超えた人工知能と共生し、日本が主導権を握るための最終戦略とは特集:「人工知能」入門(6)(2/2 ページ)

» 2016年11月15日 05時00分 公開
[丸山隆平@IT]
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驚異的な進歩が現在も続いている

 一方、羽生氏は「将棋ソフトは何もしなくても強くなる。それはハードの進歩があり、データの積み重ねに加え、有能なプログラマがたくさん参入してきて、3つ良いサイクルが回ることでソフトの驚異的な進歩を遂げているのではないか」とした。

 「最近のプログラムは余計なことを読まないという“引き算的な発想”を持っており、ロジックのメソッドを将棋のプログラムに応用して、進歩を遂げている。ソフト開発は将棋を知らない人が大勢参入してきている。ここから先はまだ分からないことだが、強い将棋ソフトを作るときに、将棋という対象そのものの専門的な知識はもしかすると必要ないのかもしれない。必要なのはプログラミングの知識で、棋士が強いソフトを作れるわけではない」(羽生氏)

 これに対し、松尾氏は「Deep Learningの発展は多く応用分野に影響を与えている。例えば医療分野ではCTやMRIの画像を見て自動で診断する。防犯や監視、作業の上達が進むと、自動運転だけではなく、建設や農業、介護、調理、掃除などで人工知能が実用できるだろう。言語の発達が進むと、自動翻訳なども可能になる。これらは『2030年までに起きるのでは』と2年ほど前に述べていたが、2年たった現在、非常な勢いで進化しているので、2025年ごろには実現するかもしれない。一部では、すでに実現している。人工知能は、この4、5年で一気に進化するのではと思っている」と、実情を語る。

 中井氏は今回の番組について「番組の提案を書いたのが2015年7月で、その時はAlphaGoは世の中に出てきておらず、提案の段階では、今回の番組で紹介した内容は一切なかった。放送したのは2016年5月だったが、収録後、もし、大きなブレークスルーが起きると、羽生さんがインタビューした内容が全部ボツになるのではと、恐怖と戦いながら放送までの番組制作を進めていた」と、人工知能の進化が速いことならではのエピソードを付け加えた。

人間との共生

 第3部では、『人間の心を学ぶ人工知能』というNHK番組のダイジェスト動画が放映された後、「人間との共生」についてディスカッションが行われた。

泣き出すロボット

 ここで放映された映像は衝撃的なものだった。人工知能が搭載されたロボットに苦労して積み上げた積み木を「壊せ」という、わざと意地悪な命令を与える。ロボットは拒否するが、なおも命令すると、何とロボットが泣き出してしまう。「機械が時として人間より正しいことをする。それこそ私たちが目指していることだ」とナレーション。

 ここで羽生氏は「ロボットが人間を守るとか、ロボット自身を守るということは、これからの社会で必要なこととなる。最終的にはロボットが自律的な判断をできるようにならないと、社会の中で機能的なロボットとして活躍できない。1つ1つの命令を人間が毎回毎回出していたのでは、時間的に間に合わない」と語った。

 松尾氏は泣き出したロボットの仕組みについて次のように解説した。「人間の感情や本能は進化の過程で作り込まれている。人間が困っている他人を見つけると助けたくなるのは、進化の過程で互いに協力して敵と戦う特性を身に付けたから。このような人間が進化の過程で得た本能があり、人工知能にも、この本能と同じように振る舞うようにするプログラムとして埋め込まれているのだ。ズルを嫌うことも埋め込まれている」。

人工知能は評価基準を持つことが難しい

NHK 科学・環境番組部 ディレクター 中井暁彦氏

 次に、創造性やクリエイティビティについての映像が放映された。その内容は、2015年に、人工知能にレンブラントの絵画を描かせたという試みだ。その映像では、人工知能はレンブラントの絵画、多数をデジタル化して分析。筆使いや絵の具の凸凹までを学習して、見事にレンブラントの絵画を再現した。

 また人工知能が、新聞のテキストデータを読み取り、記事から得た気分を自分で評価して、自分で想像して絵を描く様子も放映された。明るい絵、滅入るような暗い絵などだ。

 これに関連して中井氏は「新聞のスポーツ欄では広島ファン向け、日本ハムファン向けの記事を人工知能が書き分けることも起きている」とした。

 「本当の創造性は人間にしかない。人工知能は人間のように良い悪いなど多くの評価基準を持つことが難しい。たくさんのものからパターンを見つけ出すことは得意だが、人間が進化の過程で身に付けた“評価基準”というものは持っていない。人工知能はよくありがちな記事、ありふれた絵なら描くことは得意だろう」(松尾氏)

日本が主導権を握るための最終戦略

 さらに松尾氏は、今後の産業分野を展望して「“目”を持った機械」「学習工場」というキーワードについて説明した。

 現在、医療分野では人工知能を使った画像分析が進み、がんの早期発見などに応用されているが、これらの進歩は「“目ができた”ことによるものだ」と松尾氏は述べる。「生物の進化の発展を見ると、ある短期間に全ての種が急速に進化した時代がある。これは進化の過程で“目”ができたからだ。それまでぶつかることで他を認識していたが、“目”ができたことで、捕食の確率が高まり、逃げる能力も進化した。Deep Learningは“目”の技術と同じで、“目を持った機械”の登場で、医療、建設、原子力、防犯、介護、見守りなど多くの分野で革新が起き、非常に大きな市場となる」(松尾氏)。

 そして、この分野では、“学習工場”が重要となるという。「“目”を作るには、人とデータと計算機が必要だが、この3つをちょうど半導体工場のように一体化して製造する。これは日本の製造業の得意とする分野だ。そして学習工場には多くの分野の画像データが必要となる。タグが付いたさまざまな分野の画像データが人工知能を進化させる最終戦略となる。日本は、この分野で十分に主導権を握ることができる」(松尾氏)とした。

特集:「人工知能」入門 〜今考えるべき、ビジネス差別化/社会改善のアーキテクチャ〜

競争が激しい現在、ビジネス展開の「スピード」が差別化の一大要件となっている。「膨大なデータから、顕在・潜在ニーズをスピーディに読み解く」「プラント設備の稼働データから、故障を予測・検知して自動的に対策を打つ」「コールセンターの顧客対応を自動化する」など、あらゆるフィールドで「アクションのスピードと品質」が競争力の源泉になりつつある。こうした中で注目を集めている「人工知能」――人には実現できないスピードで膨大なデータを読み解き、「ビジネスの差別化/社会インフラの改善」を支援するものとして、今さまざまな分野で活用の検討が進んでいる。こうした動きは、ビジネス、社会をどのように変え、エンジニアには何を求めてくるのだろうか? 人工知能のインパクトを、さまざまな角度からレポートする。



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