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» 2016年11月22日 05時00分 UPDATE

頭脳放談:第198回 IoT向け通信インフラの黒船「Sigfox」の脅威

京セラの子会社がIoT向け通信インフラ会社「Sigfox」と組んで日本でサービスを展開するという。年額100円という低料金にインパクトがある。Sigfoxはどのようなサービスなのだろうか。

[Massa POP Izumida,著]

 日本のIoT業界に黒船襲来というべきか、真打登場というべきか。フランス発祥のIoT向け通信インフラ会社「Sigfox」が、日本では京セラコミュニケーションシステムと組んでIoT向け無線通信サービス「Sigfoxネットワーク」を開始するという(詳しくは、京セラコミュニケーションシステムのニュースリリース「IoTネットワーク「SIGFOX」を日本で展開し、LPWAネットワーク事業へ参入」を参照のこと)。

Sigfoxのサービスイメージ Sigfoxのサービスイメージ
Sigfoxは、無線免許が不要な920MHz帯を使ったUltra Narrow Bandの無線方式を採用する。通信速度は、上り100bpsのみである(京セラコミュニケーションシステムのニュースリリースより)。

 提供時期は2017年2月からということである。言葉は悪いが、チマチマとした創意工夫で発展してきた日本のIoT業界にとって、Sigfoxの進出はある程度予想していただろうが、大きな衝撃に違いないだろう。この機会をとらえて今までできなかったことを実現し、大きく伸びる会社が出てくるかもしれない。半面、これをきっかけに淘汰されてしまう会社が出る、とも思われる。

Sigfoxの本気度は「規模感」で分かる

 まずは端的にお金の話を見よう。独り歩きしている「100円」という単価だが、これはIoTの末端のセンサーデバイスの1個当たりの「年間」の通信料だ。ただし、契約台数によって実際の単価は異なるようなので、大口契約の場合の最安値が100円になる、ということだろう。

 最初、「100円」と聞いて、「月額料金」だと早合点してしまった。携帯インフラをIoT向けに使う場合、現状は安くても月額数百円台だろうから、「月額100円でもかなりお安い」と思ったのだが、よく見たら年額であった。まさにインパクトのある価格設定である。

 このことから2つのことが理解される。第1は、現状の端末1台当たり月数百円、年間にすると数千円といった費用では実現するのが難しかった大規模な応用が年百円なら可能になるものが出てくるだろう、ということだ。

 例えば、10万台の端末があれば可能になる案件があったとしよう。現在の携帯系IoT通信の価格では通信費用だけで年間数億円が飛んでいく。するとIoTの導入によってそれを取り返してさらに利益が残る、ということにならないと案件としては成立しない。だから、IoT導入以前に数十億円掛かっていた費用を、IoT導入によって10億円削減、といった規模感が最低必要だろう。そんな案件はごろごろ転がっていない。

 しかし、年間100円ならばどうだろうか。通信料は10万台程度の契約なら年間1000万円で済む。初期費用である端末の価格にもよるが、数千万円の費用削減効果が見込まれれば案件として成立する可能性が出てくる。価格の低下は大きな推進力になる。

 第2は、このような価格を出した以上、Sigfoxは真にIoTらしい膨大な数量の規模のオペレーションをやる気がある、ということだ。1台年100円だとすると、100万台の契約でも年間1億円にしかならない。この程度の売り上げでは、立派な会社の立派な通信インフラは維持できない。当然、最低でも数千万台から数億台といった台数をこなさないと会社としてのオペレーションは成り立たない。実はそういう規模感でIoTをやる、という決意をしている会社はそれほど多くないように思われる。Sigfoxは本気なのだろう。

Sigfoxには向き不向きがある

 とはいえ、Sigfoxの無線通信インフラには向き、不向きもある。まずはそこから考えていこう。

 Sigfoxの通信インフラの構造は携帯電話とほとんど一緒である。基地局があり、端末がある。基地局はインフラである。通信距離も携帯電話と同等だ。携帯系のネットワークを使ったIoTデバイスを除けば、多くの無線IoTデバイスは、Wi-Fi/Bluetooth/ZigBee/特定小電力無線/微弱無線、あとはNFCを含むRFID系などだが、通信距離はせいぜい数百メートルから数メートルくらいだ。

 マルチホップで距離を稼ぐものもあるが、結構つらい。案件ごとにルーターやリーダー/ライタなどの設置コストが掛かるそれらに比べると、端末の設置だけ考えれば済むSigfoxは設置と運用コストの上では大きなアドバンテージがあると思う。

 ただし、Sigfoxは、通信の頻度が低く、送信できるデータ量は極めて少なく、その上単方向である。イメージとしては「15分ごとにメーターの数値を送る。後は異常が起きたらアラートを上げる」といった程度の通信頻度とデータ量だ。だから、動画はもちろん、静止画像や音声そのものをクラウド側に通さなければならないといったデータ量の多い通信には使えないし、毎秒60回リアルタイムでデータを送りたいといった用途も駄目だ。また、アクチュエータを操作するといった、下り方向の通信が必要な用途にも使えない。

 よって、Sigfoxへの置き換え圧力にさらされるのは、単純な測定値を時々クラウドに送るだけで済むような各種のメーターやカウンター、スイッチ、レンジが逸脱した際の検知装置などとなる。考えてみれば分かるが、交通、物流、工場、インフラ、農業、サービス業、ヘルスケアなどこの手の装置は膨大な量が存在する。この手の分野でチマチマとした数量向けのIoTの無線部分のみをやっているようなベンダーが結構いるような気がするが、正直、Sigfoxの登場でこれらのベンダーの立場は危ない、と言わざるを得ない。

 Sigfoxには他にもいくつもアドバンテージがある。まずは消費電力の少なさだ。乾電池で5年から10年持つとしている(20年とかいう話もあるようだが、多分、電池屋さんが20年保証はしてくれない)。「頭脳放談:第189回 IoTデバイスの電源どうしますか?」でも述べているように、末端デバイスへの電源供給は結構な問題なのである。

 AC電源がないところに配線工事をするのは、まさに「工事費用」なのであって、何万台ともなったらとてもやりきれない。エナジーハーベスティング的なものは夢を振りまいてはいるが、決定的に電力が少なく不安定なので利用シーンは極めて限定される。結局電池が一番なのだが、年に一度でも電池交換を人手でやるとなると、この費用はバカにならなくなる。

 しかし、Sigfoxなら「設備更新インターバルの間、例えば5年間は電池交換なし。その間の通信料500円」といったデバイスを企画できるだろう。その上、Sigfox用の通信モジュールは3ドル程度で買えるようだから、1000円程度で5年間使える無線センサーデバイスが作れてしまう計算だ。このくらいのものを出されると、既存の無線センサーデバイスの中には吹き飛んでしまうものが結構出てくるのではないかと思う。

携帯基地局への「相乗り」でインフラ展開を加速

 そういった強烈なアドバンテージがあるSigfoxがこれまで日本に進出できていなかったのは、インフラがなかった、という1点に尽きるだろう。今回話が決まって京セラ子会社が日本での整備を担うわけだ。そのインフラ整備でもSigfoxは良く考えているように見える。

 ミソは既存の携帯電話の電波とは被らないし、用途もすみ分けできる一方で、携帯基地局設備に相乗りが可能だ、という点である。新たに基地局網を独自に構築するのでは費用が掛かり過ぎてとても年百円という商売は成り立たないだろうし、時間もかかりすぎる。しかし、既存の基地局に相乗りできれば展開は早い。その点で、Sigfoxは各国の携帯電話業界のインサイダーと組むのが進出の一番の早道という路線をとったようだ。結果、日本に到来する前に、欧米、アジアなど25カ国で既に展開済みとのことである。それがようやく、動きの鈍い日本にまで到達した、ということのようだ。

クラウドサービス側にも影響は必至!?

 ここまで末端の端末とクラウドをつなぐ無線通信ばかりを書いてきたので、クラウド側で「サービス」をやっている方には、そっちはそっちでやってくれればよいと思っているかもしれないが、関係なくもないと指摘しておく。

 SigfoxはIoTの末端とクラウド間の無線インフラを抑える戦略だが、当然、クラウド側にも踏み込んで担うつもりのようだ。ただ、この会社は自社一社で全てを賄おうとはしておらずパートナー戦略、いわゆるエコシステム構築を中心に据えている。つまり、Sigfox向けの半導体を製造するメーカーや端末製造者、システムインテグレーターやサービスプロバイダーといった各種のパートナーを大量に抱え込んだ一大経済圏を構築しようとしているようにも見えるのだ。そうなると無線なんかは自分の領分ではないとノーマークでいるわけにもいかないだろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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