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» 2016年12月20日 05時00分 UPDATE

「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(35):プロジェクトが頓挫したので、18億円請求します (3/3)

[ITプロセスコンサルタント 細川義洋,@IT]
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東京地方裁判所 平成28年4月28日判決から(続き)

確かに、本件システム開発に関して(中略)締結された各契約は、本件システムの構築に向けた1個のプロジェクトである本件プロジェクトを組成しているものであるとみることができる一面を有するが、他面では、それぞれが上記の各フェーズにおける独自の意義を持つ独立した1個の契約として独自の給付目的を有しているため、その解除原因としての債務不履行事由もそれぞれ別個に観念することができる。

従って、そのような各契約にかかわる個別の債務不履行事由をなおざりにした上で、単純にそれら契約がその組成要素として位置付けられる本件プロジェクトが頓挫したという一事のみで、これら各契約全体を解除しそれら契約の拘束力から一切解放されるという解除を認めることはできないというべきである。

 若干分かりにくい文章かもしれないが、要は「個別契約が締結されている中で、その1つが完遂しなかったからといって、他の部分も含めた全体が解除されるものではない」ということだ。

 要件定義や設計は検収してもらったが、プログラムには不具合が多かった。そうした場合でも、個別契約が別々になっていれば、要件定義と設計に関して支払った費用を返す必要まではない、ということだ。

争いごとを未然に防ぐために

 とはいえ、この連載で何度も申し上げてきたように、裁判に勝ってもベンダーにメリットがあった訳ではない。

 ベンダーは、裁判という多大な工数を要する作業を行い、かつ今後も付き合えたかもしれないお客さまをなくして、本来もらうべき費用を獲得しただけだ。本来なら裁判などしないに越したことはないのだ。

 争いごとを未然に防ぐためのポイントは幾つかある。

契約の「性質」を基本契約書に記す

 1つ目は、基本契約と個別契約の「性質」や、プロジェクトが中止になったときの「考え方」を基本契約書に記し「合意」しておくことだ。

 「この基本契約によって、ベンダーはシステムの完成に責任は持つが、双方の合意によってプロジェクトを中止する場合には、そこまでに納めた納品物について費用の支払いを行うこと」を明示し、「プロジェクトの中止によって発生した損害については、別途協議とすること」と明記する。

 「債権・債務関係」と「損害賠償」を切り離しておくわけだ。

 「要件定義と設計を400万円で行う」という個別契約と「開発からテストまでを300万円で行う」という個別契約があれば、設計途中でプロジェクトが中止になっても、「要件定義の100万円は払ってください。プロジェクト中止の損害賠償は別途交渉しましょう」と主張できる。

たとえ「宿題」付きでも、とにかく約束通りに納品する

 2つ目は、個別契約で約束した成果物を期限通りに納品することだ。

 当たり前のように思えるが、開発現場では案外これが難しい。ユーザーが決めるべきことを決めないで、要件定義の期限が過ぎてしまうこともあるし、設計内容に要検討事項が残ってしまう場合もある。

 しかし、こうした理由で納品を延ばすと、プロジェクト中断時に費用をもらう「根拠」がなくなってしまう。

 要件にせよ、設計にせよ、今できている範囲で納品し、未決事項や残存した検討事項は、おのおの「期限」と「解決方針」「解決責任者」を明確にして合意し、工程そのものは完了させることだ。残存している懸案の質や量によって、ユーザーが納品を認めてくれない場合もあるが、交渉は必ず行うべきだ。

 プログラムも、バグが多い段階で納品するのは簡単ではないが、少なくともよく使う「正常系がきちんと動作して、バグの改修計画が立っている」なら、十分に交渉できる。実際に、そうやって納品を認めた裁判の例もある、ぜひやってほしい。

 大切なのは、作業着手前にうまくいかなかったときのことも考えて、ユーザーと話し合って契約しておくことだ。

 全てがうまくいく前提で契約やプロジェクト計画を立て、問題が発生しても合理的な判断ができずただケンカをするだけ、という裁判は、よく見る。

 基本契約であれ、個別契約であれ、IT開発にはかなりの確率で失敗や問題が発生することを前提に、ユーザーとベンダーがよく検討して締結すべきだ。

細川義洋

細川義洋

ITコンサルタント

NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


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