連載
» 2016年12月21日 05時00分 UPDATE

頭脳放談:第199回 時代は再び真空管へ?

いまや真空管を見かけることはほとんどない。しかし、電気的な性能でトランジスタに負けていたわけではない。カリフォルニア大学サンディエゴ校が新しい真空管(?)を開発したという。その特徴は……。

[Massa POP Izumida,著]

 その昔「ソリッドステート」という言葉がもてはやされた時代があった。世界初は米国の会社だったようだが、日本のソニー(当時は東京通信工業)が大々的に「トランジスタラジオ」を売り出し、それまで真空管を使っていたラジオやオーディオ装置などが雪崩をうってトランジスタ化されていった1950〜60年代くらいにもてはやされた言葉じゃないかと思う。

 「ソリッドステートアンプ」ってな具合に使っていた。「ソリッドステート」というと何か進んだものという、いいイメージがそこに込められていた気がする。当然、何に対して進んでいると思われていたかと言えば、真空管に対してである。

 真空管が使われた装置に電源を入れる。電源を入れても、その瞬間に動き出すわけではない(暖まらないと動作しない)。シャシーのすき間から中をのぞき込むと真空管が鈍く光り始める。電球のようだ。そして電球(これまた激減しつつあるが)と一緒で、これがたまに切れる。「玉」が切れたら換えないとならないので不便だ。当時はそんなもんだと思っていたが、装置は重くて大きく、消費電力も大きかった。

 これが「ソリッドステート」、つまりは固体半導体素子の登場によって変わった。軽い上に、電池で動く、スイッチを入れればすぐに動き、その上、トランジスタの信頼性自体は真空管の比ではなく、なかなか壊れない(その他の部品などは別にしてだが)。

 そうして固体半導体素子は大増殖した。今や平均的な日本人なら、一人当たり数百億個のトランジスタ(その数のほとんどは、LSIの中に実装されているMOSトランジスタであるが、いやもっと多いかもしれない)に囲まれて暮らしていると思われる。その陰で真空管は表舞台から去った。

 だが、しぶとく生き残ってはいる。なぜか真空管アンプは「暖かい」音色がするらしく、これを愛好する人々が一定数いる。ご本家、米国製の真空管はビンテージ物として取り引されているが、「実用」目的ではロシア製が出回っている。

 実は、そういったノスタルジックな真空管アンプマニアの間だけでなく、ほとんどの家庭で真空管は生き延びている。現代における真空管の正当な後継者の一つがマグネトロン系のデバイスで、電子レンジの主要部品だ。また航空宇宙(当然軍用)用途では、真空管の後継デバイス群が目立たず、しかし他に代わりのない重要な部品として生き延びている。

 それはなんといっても、真空管というデバイスそのものの性能によるものだ。確かに、民生用途の安く大量にという分野ではソリッドステートに一敗地にまみれた真空管だが、電気的な性能そのもので負けたわけではなかったわけだ。「ソリッドステート」な奴らが攻め込めなかった領域を守りきったわけだ。ともあれ、そこは高山植物のお花畑のようなもので、その生息域は極めて小さい。

 ところがカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)(と聞くとついPascalと答えてしまうのは年寄りの悪いクセである)から、「ソリッドステートな奴ら」を打倒してしまうかもしれない、真空管の後継者ともいうべきデバイスが発表された(UCSDの論文「Photoemission-based microelectronic devices」)。

 技術のキーは、「メタマテリアル(従来の電磁波に対する常識的な振る舞いを超越した物質)」である。マイクロサイズのメタマテリアル(と聞くとつい光学迷彩と答えてしまうのはアニメの見過ぎである)な表面の上に、真空管もしくはトランジスタと同様な増幅効果を持たせられるデバイスを試作できた、という研究である。

 真空管が敗北した理由を思い出そう。それはデカくて電気の消費量が多いという点であった。このマイクロサイズのメタマテリアルな素子は電子顕微鏡で見ないとよく見えないサイズ(最新のMOSトランジスタと比べるとまだまだデカイが実験品だ)で、消費電力も小さくできる(昔の真空管の「あたため」に相当するのは微弱な赤外線レーザーだ)。

 そして、電子は空中のガス(薄いものなので真空といってよいだろう)の中を飛び回る。固体の中をあっちに衝突し、こっちに足を取られて、よろめきながら進むトランジスタ内の電子に比べたら、性能は段違い、ということなのである。確かにポテンシャルはありそうだ。

 UCSDは、固体の半導体素子を使わずにエレクトロニクスができるという点をプッシュしているが、大事なことにも小さく触れている。この素子自体は、個体の半導体素子と共存可能だ、という点だ。

 発表された構造を見てみると、このメタマテリアルな素子は、シリコンウェハの上に形成されているのであった。「何だ結局半導体を使っているじゃん」と言うなかれ。彼らは、シリコンウェハを単なる板として使っているだけなのである。その上に金(ゴールド)を使ってメタマテリアルな3次元構造を作り出している。近寄ってみればメタマテリアルなので、3次元の構造、多分その業界の人にはおなじみの「マッシュルーム構造」を持つが、素子としては2次元である。

カリフォルニア大学サンディエゴ校が開発した新しい素子 カリフォルニア大学サンディエゴ校が開発した新しい素子
シリコンウェハ上に金でマッシュルームのような構造をした素子を形成したものである(カリフォルニア大学サンディエゴ校の論文「Photoemission-based microelectronic devicesより)

 容易に想像が付くことだが、半導体回路を焼き付けたウェハ上に、この素子を重ねて形成することは可能そうに見える。当然、製造技術上の問題はいろいろあるだろうが、基本的にすでにある半導体の製造プロセスとは親和性が高そうなのだ。「ソリッドステートな奴ら」を打倒しようと言っても、新たな製造方法、新たな工場を作って、既存の半導体とぶつかっても勝ち目は薄い。

 それよりは、既存の半導体工場を使い、既存の半導体を生かした上に(まさに物理的にも上層だが)、既存の半導体では難しい領域のデバイスを集積してやるならば、参入障壁はグンと下がり、成功の可能性も大いに開けてくるというものだ。そういう点でもいいところをついていると思う。

 しかし、筆者は「メタマテリアル業界」の人ではないので率直な疑問も述べておこう。外から見ている感想だが、メタマテリアルで魔術のようなビックリしたことができるという発表は時々見る。そして、実製品への応用も始まっているといった話も時々聞く。しかし、メタマテリアルでウハウハもうけているという話は聞いたことがないのだ。

 もうかっているならば、金のなる木を血眼で探している半導体オヤジどもが群がっていないわけがないのだ。確かに、米国の軍用みたいなところでの応用はあるのかもしれないが、そのあたりは秘密が多くて何ともならない。民生品相手の半導体屋が見聞きする範囲でのことではあるが。このUCSDのデバイスもそういう事例の一つになってしまうのか?

 しかし、今までのメタマテリアルというと、「光(電磁波)を手玉にとれる」 という点を率直に取り上げ過ぎ、アンテナが作れますとか、不要輻射対策ができるとか、大事ではあるけれども、ゴールドラッシュを引き起こすのには少々異なる分野である気がしていた。

 それに比べると、本道のデバイスが作れる、というところのポテンシャルには魅力を感じる。例えば、この技術を使って今までの半導体技術では民生品の価格と大きさで作れなかったような周波数帯を使った「何か」すごいものが実現できた、としたらみんなが群がってきて、一気に市場が出来上がる、ということも可能性でありそうだ。

 まぁ、何にしても今後、もう少し実用に近いデバイスを試作して、そのポテンシャルの大きさを印象付ける必要はあるだろうが。その暁には、ビンテージものの「ソリッドステートアンプ」が高値で取引されるかもしれないが……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


Copyright© 1999-2017 Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.

@IT Special

- PR -

TechTargetジャパン

この記事に関連するホワイトペーパー

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。