第203回 IoT実用化への号砲は鳴った頭脳放談

スタートの号砲が鳴ったようだ。多くのベンダーからIoTを使った実証実験の発表が相次いでいる。多くが、無線通信規格にLPWAを使い、自治体を巻き込んだ実証実験だ。あと半年もすれば、実用化へのゴールも見えてくるのだろうか?

» 2017年04月27日 05時00分 公開
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 「時を同じくして」というとき、偶然同じタイミングということも皆無ではないが、多くの場合、スタートの号砲か、ゴールラインがある意味で「共有」されているものだ。各社のニュースリリースを眺めていると、そういう気配が濃厚に漂うことがある。今回のキーワードは「IoT実証実験」である。

 まず2017年2月、アンリツがKDDIのIoT実証実験に協力する、というニュースリリースが流れてきた(アンリツのニュースリリース「アンリツがKDDI株式会社のIoT実証実験に協力」)。アンリツは、一般消費者には無縁だが、無線機器の計測などに欠かせないプロ向けの計測器などを作っているメーカーであり、それが無線通信キャリア大手のKDDIに協力するのは当然といえば当然である。

 ここでは、IoTといっても「アプリ」について漠然とスマートホームなどと述べているだけで具体的な言及はない。ニュースリリースの「中心」は、むしろ低消費電力でケータイ並みの通信距離を持つ無線通信規格である「LPWA(Low Power, Wide Area)」であることを覚えておこう。ここでは、無線屋がごく普通に、当然のように、無線を語っている。

 次にドコモから「ドコモIoT/LPWA実証実験環境」に関するニュースリリースが2017年3月に出ている(NTTドコモのニュースリリース「LPWA通信を活用したIoTサービスを実現する「ドコモIoT/LPWA実証実験環境」を提供」)。これまたIoTの実証実験向けであり、登場する無線規格もLPWAである。

 このニュースリリースを読むと、農業、インフラ、小売り、防災、自治体などと利用を想定している「業界」を列挙している。だが、実際にドコモがアプリを規定しているわけではなく、ドコモが提供するのは、そういう業界の人がIoT実証実験を行える「環境」である。

 そして、参加法人パートナーとして、48法人が50音順に列挙されている。実際に汗水たらしてIoT実証実験をやるのはここに列挙された法人(かその下請け)の人たちなのであろう。営利企業もあるが、自治体や公的研究機関も入っている。さすがドコモというべきか。

 そして2017年4月になって、ソフトバンクが藤枝市と組んで、「IoTプラットフォームを利用した実証実験」を実施というニュースリリースである(ソフトバンクのニュースリリース「藤枝市とソフトバンクがIoTプラットフォームを利用した実証実験を実施」)。3例目にもなれば、もう予想が付く。もちろん、メインは「LPWA」だ。

 藤枝市は「実験の場」を提供し、ソフトバンクがLPWAネットワークを提供、そして「サービス事業者」がIoT実証実験を行う。本稿を書いている時点で、サービス事業者向けの説明会というものはまだ開催されていないから、当然、どんな法人が実験することになるのかは分からない。

 しかし、ここでは例外的に「子どもの見守り」という具体的、かつ地方自治体としては類例の多いシステムについては、構築予定と書いてある。ここだけアプリが具体的かつ提供開始時期まで決まっているようだから、既に話は付いている、というように読める。しかし、それ以外に「新たなIoTビジネスモデル」の検証という、こちらは抽象度の高すぎるテーマが提示されていて、そちらの方は応募者の勝手のようだ。

 うがった見方をすれば、話の進んでいた子供見守り用の実証実験のインフラをそれだけに使うのはもったいないから、ついでに他も相乗りさせてやれ、というスキームに見えなくもない。

 相も変わらずというべきか。無線通信キャリアは「土管」ビジネス志向で、LPWAの通信インフラを提供するから、誰かIoTのビジネスを立ち上げてくれ、というスタンスのように見える。しかし、ドコモの例を見れば、それに48法人も手を挙げている。それだけ低速でも広い範囲をカバーできるLPWA通信の潜在価値を認めている人々がいる、ということである。そして、それはケータイキャリアの3社に限らないようだ。

 2017年3月末のニュースリリースの筆頭は、水道メーター、ガスメーター会社のアズビル金門だ。そして、そのバックエンドに控えているのは日本IBMである(日本IBMのニュースリリース「福岡市でIoTを活用した住みやすい社会インフラの構築に向けた実証実験」)。実験の場を提供するのは福岡市だが、福岡市が「巻き込まれている」のは、福岡に拠点のあるBraveridgeという会社がLPWAをやっているためかもしれない。

 具体的なメーターの会社が絡んでいるだけあって、メーター類を手掛かりとして「住みやすい社会インフラ」を目指すらしい。福岡の会社以外にもLPWA関係を手掛けている複数の会社が参加している。ここでの日本IBMの役割は通信の部分ではなく、その先のデータセンターのようだ。通信インフラそのものはドコモのものなどで構わないが、集まった会社のメンツからは土管の入口と出口を押さえようという意図に見える。

 ここまでがIoT実証実験と言いながら、まずは「LPWAありき」の構図のものだと思う。しかし2017年4月にはLPWAではないIoT実証実験も発表されている。こちらは関西電力とインテルが中心だ(インテルのニュースリリース「インテル、 家庭向けの宅内IoTプラットフォームの実証実験を開始」)。

 実験の「場」は関西電力の抱える契約者ベースである。実験のプラットフォームとしてとして関西電力が顧客に提供している会員サービス、毎月の電力料金が見られるWebサイトを使う。つまり通信は普通のインターネットで、インテルは各家庭向けのホームゲートウェイと、各種の環境センシング装置を提供するというのが構図である。

 もちろんゲートウェイやセンシング装置に使われるのはインテルのプロセッサだ。そして具体的な「IoT実証」となる各種のサービス(関西電力の既存の基盤から当然家庭向けのサービスとなるだろう)は、各サービス事業社によるとある。具体的な事業者名は後日ということであるが、インテルはモバイルヘルスケア、小売り、保険金融、教育、旅行などの事業会社と連携する予定と書いている。それなりに話が進んでいる、という書きぶりである。

 このインテルのケースでは、土管の入口を押さえるとともに、入口となるゲートウェイ内にバックエンド側のアプリケーションと密着した「何か」を作り込むことで入口側をガッチリつかもうという意図に読み取れる。

 こうして各種のIoT実証実験のニュースリリースを続けざまに読んでいると、ちょっとむなしさが感じられてくる。通信なり、データセンターなり、末端側の装置なりということでビジネス的な意図は一応明らかなのだが、結局のところデータが流れる容器の話ばかりである。

 内部にどんなデータが流れ、実際にどんな価値を生み出すのかは「実験する誰か」次第で何も語られない。その先は「想像しろ」ということだ。まあ、中身を語るニュースリリースではない、ということは理解している。それに、具体的な中身を語ってしまったらアイデアを盗られる、先を越されるという懸念も大きいだろう。

 しかし、このような実証実験の対象は、地域社会の何か、家庭の何か、その効用の測り方が確立しているとは言いにくい領域である。IoTが実際に利益を上げていそうな分野、例えば工場の最適化などであれば、実際にIoTに掛かったコストに対して、削減できたコストがいくらという形でその効用が理解されやすいのだが……。

 日々のオペレーションを改良し、費用を削るとか、IoT以前に逃していた機会を捕まえて売り上げを伸ばすとか、商業ベースの考え方では多分成り立たない分野も多い。ことに極まれな異常事態に対する備えのようなものは評価が難しい。

 しかし、これだけの「実験の場」が一気に提供されるということであれば、最初は玉石混交としているが、そのうち淘汰されて良いものが残る可能性もある。あるいは、当初は的外れであったシステムが、実験の場でもまれて改良しているうちに的確な効用を生み出すシステムに進化する可能性もある。

 号砲は鳴った。いろいろなところでほとんど一斉にスタートである。実験というからにはそんなに長い間、ダラダラ続けるものではないから、半年、一年もたてば、イケるアイデア、脱落するアイデアともに明らかになるだろう。今のうちに、どこかでそういうアイデアを一覧できるとよいのだが……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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