デンソーは、アジャイル開発チームをどのように築いたか日本企業とエンジニアが“ディスラプター”並みのスピードを手に入れるには?

デジタルトランスフォーメーションのトレンドが進展し、“ソフトウエアの戦い”が各業種で激化している。この戦いは、ニーズの変化を察知して形に変えるまでの「スピード」が勝負。だが「品質」を最重視するウォーターフォール型の文化を持つ日本企業が、アジャイルな戦いに対応するのは難しいといわれている。そうした中、他業界にも増して高度な品質が求められる自動車関連部品を製造するデンソーが、アジャイル開発の導入・実践に成功しているという。同社の導入成功の要因とは何か? デンソーに話を聞いた。

» 2017年08月30日 10時00分 公開
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2017年4月、「デジタルイノベーション室」を設置

 ITの力で新たな価値を創出する「デジタルトランスフォーメーション」のトレンドが進展している。もはやUberやAirbnbの例を引き合いに出すまでもなく、新興企業のITサービスが商流を変え、既存の業界構造をも破壊しかねない状況になっていることも社会一般に広く認識されている。いわば、ビジネス差別化のポイントが「製品・サービス自体のスペック」から、「ITの力を使った顧客体験価値」に変わった今、各業種の従来型企業にとっては、こうした“ソフトウエアの戦い”にいかに対応するかが、今後の行く末を大きく左右する状況になっているといえるだろう。

 世界中の主要自動車メーカーにさまざまな部品を提供する自動車部品のメガサプライヤーであるデンソーは、いち早くこうしたトレンドに対応した企業だ。同社は2017年4月、「デジタルイノベーション室」を設置し、“人・モノの移動にかかわる革新的なITサービス”を内製する体制を構築。まずは初期メンバー20人のスタッフで“新たな価値の創出”に取り組んでいる。同室長を務めるデンソー 技術開発センターの成迫剛志氏は、設置の経緯を次のように語る。

ALT デンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏

 「自動車にかかわる市場環境は大きな変革期を迎えています。ソフトウエアの戦いが迫られている昨今では、たとえば米国シリコンバレーの企業が自動運転車を開発しているように、これまで競合し得なかった業界外のIT企業とも競合するようになってきました。そうした中で、当社としても“モノづくり”から“コトづくり”へと変革していく必要があると考えたのです。まだ具体的な内容は明かせませんが、クラウドを活用した各種ITサービスの開発を進めています」

 デジタルイノベーション室の特徴はアジャイル開発を採用していること。というのも、「“コトづくり”で競合となるIT企業は、かなり開発スピードが速い」。安心・安全・品質を重視する自動車業界では、これまでは時間をかけて高品質なものを作り込むウォーターフォールのアプローチが主流だったが、ITサービスで差別化を図るためには、競合と同じ開発スピードが不可欠となる。そこで同社では、「サービスを迅速に構想・企画・開発し、ビジネスを含めてスピーディに進化させていける体制が必要」と判断。これがデジタルイノベーション室にアジャイル開発を導入するきっかけになった。

 「何より重視しているのはデザイン思考のアプローチを取り入れ、顧客が本当に必要としているサービスをスピーディに作ること。そのためにはシリコンバレーのIT企業のように、まずベータ版を世に出してみて反響をうかがい、トライ&エラーを繰り返しながら迅速に改善していくスタイルが必要です。単にアジャイル開発を導入して速く作ろうということではなく、サービスを企画・構想するサービス開発の上流工程を含めて、“コトづくり”のすべてに一貫して取り組める開発チームを作ることを目指したのです」

アジャイル開発を導入できた3つの理由

 ただ一般に、ウォーターフォール型の文化が根強い日本企業が、アジャイル開発を導入するのはなかなか難しい。特に大きなハードルとなるのは、「文化・組織」と「スキル」の問題だ。この点について、デンソーでは3つのことが導入の大きなポイントになったという。1つは経営層の理解だ。

 「確かに、安心・安全・高品質を重要視してきた企業に、スピード重視のアジャイル開発を持ち込むのはかなりギャップが大きいと思います。ただ、これから競争しなければならないのはIT企業やスタートアップであり、スピード感を持っていないと勝つことは難しい。このことについて、経営層も含めて社内に課題認識があったことが導入の一助となりました」

 2つ目は、既存の情報システム部門とデジタルイノベーション室で組織を分けたこと。当初は情報システム部門の開発チームにアジャイル開発を導入することも検討したが、「従来のIT部門とは全く異なるアプローチに取り組む」と判断した。

 「既存の情報システム部門の業務量や時間的余裕を考えると、アジャイル開発チームは新規に作った方が良いと判断しました。これによってデジタルイノベーション室を、“攻めのIT”を担う第2の情報システム部門的な役割と位置付けたのです。専門チームをまったくゼロから立ち上げたこともアジャイル開発成功のポイントになったと考えています」

 そして3つ目はKDDIが提供している「KDDIアジャイル開発教育プログラム」を活用したこと。成迫氏は2016年8月にデンソーに入社する以前は、ITベンダー、総合商社、クラウドサービスプロバイダなどでITサービス開発に携わってきた経歴を持つ。自ら実践した経験こそないものの、「アジャイル開発とはウォーターフォールではないもの」「いい加減なもの」といった誤解が横行していることは知っていたし、企業のアジャイル開発を支援している「Pivotal labs」とも交流があり、正しいアジャイル開発の在り方はよく理解していた。だが、「理解している」ことと「導入・実践すること」はまったく違う。

 「私自身、デンソーに入社した際、日本の良品質を維持向上するためにさまざまな取り組みをしていることに驚きました。そうした中に、アジャイル開発をどう導入すればよいのか、悩んでいた折りに、『KDDIがスクラム開発を導入して成功した』という事例を知ったのです。KDDIは数ある業界の中でも特にミッションクリティカルな通信事業者であり、当社の文化と似ているところがあると感じました。これは大きなヒントになると考え、その秘訣を聞きにいったのです。その際、自社で取り組んだ苦労やノウハウをコンサルティングサービスとして提供していると聞いて、お願いすることにしました。自社で試行錯誤するより、試行錯誤の末にアジャイル開発に成功しているKDDIのサービスを受けるのがアジャイル・スクラム開発への最短距離だと判断したわけです」

KDDIが考える「エンジニアが幸せになるために必要なこと」

 成迫氏が語るように、KDDI自身、アジャイル開発を導入するまでには数々のハードルがあったという。アジャイル開発教育プログラムを提供しているKDDI ソリューション事業企画本部 クラウドサービス企画部 統括グループリーダーの荒本実氏は次のように語る。

ALT KDDI ソリューション事業企画本部 クラウドサービス企画部 統括グループリーダー 荒本実氏

 「今でこそ当社のアジャイル開発センターのメンバーは約200人まで拡大していますが、当初、数人でアジャイル開発を始めようとした際には『なぜ内製する必要があるのか』という指摘もありました。上層部や関係者を説得して、まずは企画、開発部門でスクラムチームを作り2013年から取り組みを始めました。そこから運用部門にもアジャイル開発が必要であることを認識してもらいながら、会社全体に浸透させていったのです」(荒本氏)

 こうした経験はコンサルティングサービスに有効に生かされているという。特に「コーチングサービス」はKDDIの“エンジニアに対する思い”が強く込められたものとなっている。実際にコーチングの現場に立ってサポートする立場にあるKDDI ソリューション事業企画本部 事業企画部の和田圭介氏は次のように語る。

 「当社には、日本のエンジニアにスクラム開発で働いてもらうことを通じて、幸せになってほしいという想いがあります。KDDIは通信会社ですが、単に通信サービスを提供するのではなく、お客さまのビジネスパートナーとなり、お客さまのビジネスをサポートする存在になるというビジョンがあります。この点はデンソー様に対しても同じです。当社では、エンジニアがそうしたビジョンを持って仕事に当たれるような環境作りを支援しています」(和田氏)

 そのポイントとなるのが、開発スタッフの動機付けだという。「なぜスクラム開発を採用する必要があるのか、ウォーターフォールのプロセスを変える必要があるのか」に納得してもらうことがスクラム開発の第一歩になるという。

ALT KDDI ソリューション事業企画本部 事業企画部 課長補佐 和田圭介氏

 「最初にチームメンバー全員にスクラム開発の価値観を共有しないと、たとえコーチングをしても1つ1つのイベントがいい加減になってしまってベロシティ(開発サイクルの速さ)が高まらず、うまくいかないケースが多いのです。その点、デンソー様の場合は成迫様のリーダーシップもあって、すぐにチームがまとまりました。価値観が統一された上でコーチングを行うと、メンバー全員がスクラムの1つ1つのイベントの意味に納得できるので、正しくスクラムが回るようになります。そしてベロシティが高まれば自ずとモチベーションも高まり、チーム全体が良い状態になっていくのです」(和田氏)

 では具体的に、コーチングでは何を行うのだろうか? 成迫氏は「スポーツでいう監督ではなく、まさしくコーチの役割であることを実感しました」と語る。

 最初の何も知らない段階では、KDDIはスクラム開発の基本を教える。その上で、実際にスクラム開発をスタートすると、すべてに対して口を出すのではなく、チームが自律的に動いているところに寄り添いながら、大きく間違えそうになったタイミングで的確に指示を出すのだという。

 「たとえば、野球でバットの持ち方を覚えてスイングを始めたときに、傍からフォームを見てくれていて『肩が下がっているからもっとこうした方が』といったアドバイスをしてくれるような存在です」

 指示されて取り組むのではなく、サービスの最終顧客を見据えてチームが自律的に動く――価値観の共有と自律性が、エンジニアのモチベーションを下支えする大きな要因となっているのだ。

 また、スクラム開発では「次にやることだけ」に集中すればよいのだが、ウォーターフォールの考え方に引きずられると、つい「将来的に必要な機能」まで考えてしまうケースが多い。そうすると、「今やらなければいけないこと」がぶれてしまったり、やることが膨らんでしまったりする。その点でも「それは今考えなくてもよいことだ」といった具合にスクラムの考え方をKDDIのコーチがチームメンバーにアドバイスする。成迫氏は、「スクラム開発は研修を受けたり本を読んだりした後に自己流で実践するのではなく、きちんとしたコーチから指導を受けないとうまくいかないと思います」と語る。

スクラム開発、成功の3つのポイント

 スクラム開発を始めて約2カ月が経つ中で、効率を上げるポイントも分かってきた。1つは、開発者に間接業務を極力させないこと。たとえば、ドキュメンテーション作りは必要最小限にとどめ、必要のないものは絶対に書かせない。実際に、チームメンバーはPowerPointもExcelもWordも使うことなく、ほぼすべてホワイトボードと付箋を使ってコミュニケーションをとっている。これによって本来の開発業務以外に時間を取られることなく、開発に集中できるのだ。

 もう1つは、短期間で開発するために、チームメンバーの待ち時間を極力なくすこと。常にやることを明確化し、それを着実に進められるようにしている。

 「これはスクラム開発が、やることをしっかり決めて短期間で回していくアプローチだからできることだと思います。ウォーターフォールは、仕様が決まらないまま待ち時間ができてしまい、本来は必要ないものまで作ってしまうケースもあります。また、仕様が落とし込めていないと、後で手戻りが発生するリスクもありますが、スクラムは小さい固まりで仕様を確定して、それだけを作る。そのため、手戻りもなければ、完成したモノの評価も明確になるのです」

ALT 集中できるよう配慮した開発ルーム。壁一面が全面ホワイトボードとなっている

 成迫氏は「これらに加えて、チームが集中できる開発ルームも重要です」と話す。

 開発ルームは周囲の雑音が入らない環境とし、ホワイトボードと付箋とペン、そして充分なスペックの開発環境を用意した。場所も都内ではなく、充分なスペースが確保できる新横浜に開発ルームを設けた。「チームのエンジニアは、キーボードとマウスは自分が最も使いやすい私物を持ってきている」という。プロの料理人が自分の包丁を持っているイメージ――まさしく“職人の集まり”だ。

「もうウォーターフォールの現場には、戻りたくない」

 こうした取り組みによって、残業時間はほぼゼロだという。遅刻することなく朝9時に始業し、1時間昼休みを取り、18時に終業する。

 「18時10分には誰も残っていません。メンバーはモチベーション高く、仕事に集中し、プライベートの時間も充実しています。これも働き方改革のひとつの形態ではないかと思っています。日本のITエンジニアは残業が多く、夜働いているのが美徳のようにも捉えられますが、アジャイル開発で効率よく成果をあげ、終業後は充実したプライベート時間を過ごす。そんなワークライフバランスが取れることこそが美徳と考えます」

 成迫氏は、これまでの日本のIT業界における「システム開発にかかわるすべての人が不幸になってしまう構図」を指摘する。

 その根底にあるのは、「業務分析や要件定義などの上流工程も含めて外部に依頼するユーザー企業のアウトソース指向、それらを下請け、孫請け企業を束ねて請け負うITゼネコン体制、そしてそのようなプロジェクト体制で行うウォーターフォール開発では仕様が決定できずにスケジュールが遅延したり、後で大幅な仕様変更が発生したりすることで、すべてのしわ寄せが開発の下流工程に集中しがちなこと」だという。

 「そうした問題点を解決できるのがスクラム開発であり、また、これまでしわ寄せを担ってきたエンジニアがシステム開発のビジネス目的を理解しつつモチベーション高く開発を推進できる、“やりがいが得られる”アプローチだと感じています。トップダウンで開発生産性の向上を求めるのではなく、開発チームのエンジニア自身が “ビジネスとしての成果”を早期に達成し、最大化するためにどのように生産性を上げていくか、ということを自律的に考えられるチームづくりを行っています。エンドユーザーが本当に必要なものは何かを、開発者1人1人が常に考えながら、チーム全員が一丸となって開発しているのです」

 現在のデジタルイノベーション室の20人は、スクラム開発の経験者は1人もいない状態でスタートした。だがスタートして3週間後には、「以前のウォーターフォール開発現場にはもう戻りたくない」という声が挙がったという。

“頼られる”デジタルイノベーション室へ。現在メンバー募集中

 デジタルイノベーション室のアジャイル開発の推進・拡充は、先の長い日本の大企業にどのような変革をもたらすのだろうか。成迫氏は、今多くの企業で課題となっている“攻めのIT”の実現について、「ビジネスとITは両輪と言われますが、攻めのITを担う第2情シスのリーダーが、“両輪の端”を分かっていることが大切です」とまとめる。

 「“IT側の端”は開発・運用の現場、“ビジネス側の端”はシステムを使うエンドユーザーです。この両端をしっかりと理解しておくことで『攻めのIT』はうまくいくと考えます。“言われたこと”をただこなすのではなく、エンドユーザーが必要としているものは何か、ビジネスの成果は何かを考え、主体的・自律的に動く――この点でアジャイル開発は有効に機能すると考えます。確かにアジャイル開発を導入する上では、さまざまなハードルがあるのも事実です。しかし社内だけで難しいなら、KDDIのようなパートナーの力を借りる方法もあります。当社もKDDIの協力を得ながら攻めのITを推進し、ビジネス部門に頼られるデジタルイノベーション室になっていきたいと考えています」

 デジタルイノベーション室がスタートして2カ月、現在はチームの成果を出すことを第一とし、その上で「今後のビジネスに有効」であることを社内の各部門に認識してもらう活動を行っているという。

 「新しいサービスを立ち上げる時には、デジタルイノベーション室に相談すれば、ビジネスをリーンスタートできるという認識を社内に広めていきたいと思います。また、チームを作って軌道に乗せるまでにはある程度の時間がかかるため、今から第2のチーム、第3のチームを作る準備をしています。9月から第2のチームを、11月から第3のチームをスタートさせる予定で、現在メンバーを募集中です」

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提供:KDDI株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2017年9月29日

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