債務不履行(さいむふりこう)法律用語解説|システム開発契約(基礎編)(7)

契約書に書かれている法律用語、トラブル時にIT訴訟で争点となるかもしれない契約の種類。エンジニアなら知っておきたいシステム開発契約に関わる法律用語を、IT紛争解決の専門家 細川義洋氏が分かりやすく解説します。

» 2017年10月10日 05時00分 公開

債務不履行とは何か

 債務不履行とは、「契約によって約束した内容を実施しないこと」です。

 システム開発に限らず、誰かと契約をすれば、そこには「やらなければならないこと(債務)」と、「やってもらうこと(債権)」が発生します。

 システム開発の請負契約の場合、受注者(ベンダー)は「システムを開発して収めることが債務」「その対価をもらうことが債権」です。発注者(ユーザー)は、その逆です。

 当然ですが、債務を果たさなければ、債権は消えます

 受注者が期限内にシステムを納めなければお金をもらえませんし、発注者がお金を払わなければ、システムは作ってもらえません。このように「どちらかが約束を果たさないこと」が債務不履行です。

3つの債務不履行

 債務不履行は、大きく3つに分類されます。

 約束した期限を守れないのが「履行遅滞」。納期が来てもシステムをリリースできない場合などです。

 約束した内容を実行できなかったのが「履行不能」。最終的にシステムをリリースできなかった場合などです。そして、約束した通りのことを実行できなかったのが「不完全履行」。リリースはしたけれども一部機能が欠落している、あるいは発注者の望んだものと違ったというケースです。

債務不履行をすると、どうなるのか?

損害賠償を求められる

 債務不履行があったら、債権者はその完全履行を請求できます。システムができかけなら「最後まで作れ」、お金をもらっていなければ「全額払え」と言えるわけです。

 「債務不履行によって発生した損害」が債権者にあれば、その「賠償請求」も発生します。

 システムは完成しなかったが、発注者が既に設備を整えていた、発注者のメンバーも開発に協力していた。納期が遅れたために、古いシステムのリース契約を延長せざるを得なかった。このような費用を受注者が請求される可能性があります。

 ソフトウェア開発の発注者が受注者に請求する項目は、以下のようなものがあります。

  • 新システムが導入されなかったために使い続けることになった「旧システムの運用、保守費用やリース料」
  • 新システム導入のために協力をした発注者社員の「人件費」
  • 新システム導入の「準備にかかった費用」(建物の設備費用など)
  • システム導入を前提として雇い入れたり契約したりした人の「人件費」や補償
  • 新システム導入で期待できた「利益(逸失利益)」

 受注者が発注者へ請求するのは「代金」ですが、全額の回収が無理な場合は、以下の項目もよく請求されます。

  • それまでにかかった「人件費」
  • 開発のために準備した「ハードウェア、ソフトウェアの費用」
  • 開発のために契約した「エンジニア(協力会社など)への補償」
  • この契約をしなければ受けられた別の仕事の「売り上げ」

 どの場合も「請求ができる」というだけです。実際にお金をもらえるかどうかはケースバイケースで、話し合いや裁判の結果によります。

契約を解除される

 債務者にとってもっと怖いのは、債務不履行があったら、債権者に契約を解除する権利が発生する場合があることです。

 契約の解除とは、「契約がなかったことにする」ということです。

 債務者が受注者の場合は、既払い金を全額返さなければいけません。そこまでにある程度のものを作っていても、1円ももらえません。さらに損害賠償請求を受ける可能性がありますので、契約解除はぜひとも避けたいところです。

債務不履行と判断されない場合

 システム開発の場合は、システムの動作がおかしくても、それが直ちに不完全履行になるとは限りません。ソフトウェアは、「作りきれなかった」状態と、「作ったけれども瑕疵(かし 欠点のこと)がある」状態の区別が付きにくいからです。瑕疵の場合は、債務不履行とはなりません

 発注者が債務不履行だと主張しても、「できたものに瑕疵があるだけ」と裁判などで判断されたら、受注者はその瑕疵を修補すれば責任を果たしたことになりますので、一方的に契約を解除されることはありません。

債務不履行のポイント

  • 債務不履行とは、契約によって約束した内容を実施しないこと
  • 債務を果たさなければ、債権は消える
  • 「履行遅滞」「履行不能」「不完全履行」の3種類がある
  • 債権者は、不履行債務の完全履行を請求できる
  • 債務不履行によって発生した損害は、賠償請求される
  • 債権者に契約を解除する権利が発生する場合がある
  • 不具合が瑕疵と判断されれば、債務不履行とはならない

債務不履行が争点となった裁判解説

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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