第213回 Intel元社長が仕掛けるARMコアのサーバ向けプロセッサの成否頭脳放談

Intel元社長Renee James(レニー・ジェームス)氏などが設立したAmpere Computing(アンペール コンピューティング)が、ARMコアを採用したデータセンター/サーバ向けプロセッサを発表した。果たして、このプロセッサの成否はいかに。

» 2018年02月27日 05時00分 公開
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 何だかんだ言っても韓国で開催された平昌オリンピックの熱戦についつい引き込まれ、ついついテレビを見てしまった。いろいろな思いが交錯するところや逆転、逃げ切りといったドラマが、みんなを感動させるのだろうか。

 この冬のオリンピックと同時期に、半導体業界でも「オリンピック」に例えられる催しが開催されていた。こちらはオリンピックよりも一足早く閉幕しているが……。

 ISSCC(International Solid-State Circuits Conference:国際固体素子回路会議)という学会だ。オリンピックと同様、簡単には「出場」さえできず、出場できれば業界の先端、と言ってよい。

 残念なことに、近年ISSCCにおける日本勢のプレゼンス(立場)はズルズルと後退している。日本の半導体業界の退潮を象徴していると言ってしまえばそれまでだ。日本の冬季オリンピックのアスリートたちが着実にレベルアップしているように見えるのと比べ、「反比例」のような感じさえする。

 ISSCCネタを書かなければ、と思ったのだがそんなこんなで断念した。日本半導体の退潮に無常を感じたわけではない。業界の「オリンピック」といっても、何か面白くないのだ。もしかすると、筆者の目が節穴であるだけで、10年たって振り返ったら、世界が根底からひっくり返るような偉大な一歩が地味に発表されていたのかもしれないが……。

元Intel幹部が仕掛けるARMコアプロセッサとは

 ところがそんなISSCC開催地の米国カリフォルニア州サンフランシスコから車で1時間もかからないサンタクララで号砲一発、少々目立つプレスリリースが出ていた。オリンピックやISSCCが始まる直前、2018年2月5日のことだ。Ampere Computingという会社の発表である(Ampere Computingのプレスリリース「Ampere Launches to Accelerate Hyperscale Cloud Computing Innovations」)。

投機的実行とは Ampere Computingが発表したARMコアのサーバ向けプロセッサ
64bitのARMコアを採用したサーバ向けのプロセッサで、低コストや低消費電力などをうたっている(写真はプロダクトブリーフィング「Ampere 64-bit Arm Processor」より)。

 ご存じの通り、サンタクララといえばシリコンバレーの中心地であり、Intelの本拠地でもある。そんなIntelの本拠に2017年秋にできたばかりの会社で、ずばりデータセンターやサーバ向けのプロセッサを作って売ろうという会社なのだ。

 そして、この会社の経営陣の多くが元Intel幹部だ。これだけ読むと、何か古き良き時代にシリコンバレーの「異常な」伝統であった「スピンアウト」をほうふつとさせるものがある。

 Intel幹部であれば、データセンターやサーバ向けのプロセッサビジネスについては深い経験と知識があるはずだと誰もが思うだろう。そして信用もあるのだろう、ベンチャーキャピタリストも本腰で(CEOは資本家側と兼任のようだが)、Intelがまさに金城湯池としてきたデータセンター+サーバ向けのビジネスに正面から乗り込もうということのようだ。

 そして製品に使うプロセッサコアは、ARMv8のカスタムコアである。「ARMコアがサーバのシェアをx86から奪う」というのは、大いにあり得るシナリオとして業界のみんなが予想して来たのだと想像する。

 実際、先行するARMサーバもある。コアとしてみても、昔のARMコアはx86とは大きな差があって、x86がヘビー級ならARMはモスキート級くらいの処理能力だったが、最近のARM 64bitコアは、ライト級かミドル級くらいな感じまで詰めてきた感がある。

 周波数を上げて、数を並べれば、システム性能的にはx86ベース機と戦うことはできそうだ。しかし、実際のデータセンターやサーバの市場シェア的にはARM機はまだまだなのではないかと思う。

 しかし、モバイル市場におけるARMの浸透具合を見ていたら、「サーバでもいずれ遅かれ早かれx86のシェアをARMが奪うだろう」というのは、かなり確度が高い「予想」なのではないか。そういう「シナリオ」が想定できるような市場に元Intelの経営層経験者が参入するというのは、当然、かなりの勝算があってのことだろう、とみんなが思うに違いない。

ARMコア採用のサーバ向けプロセッサが成功するためのポイント

 正直、ここの会社のARMコアを使ったデータセンターやサーバ向け製品が、市場で勝ち切るかどうかは分からない。しかし、ARMコアのサーバ向け製品などやっている、あるいは考えたことのある会社はきっと数多くあるに違いない。

 それから、ARMコアベースのスーパーコンピュータなどをやっている会社も潜在的にはこの範囲に入れてよいと思う。この会社の仕掛けがきっかけになって、「このあたり」のビジネスが「熱い」という雰囲気が出てくると、せきを切ったように、あちらこちらから製品が出てくる可能性がある。何せARMである。その気になれば誰でも手を挙げられるのだ。

 そんな「誰でもできる」ARMベースで、この会社はどこを差別化ポイントにして戦おうとしているのだろうか。

 まず、ARMといって思い浮かぶのは低消費電力ということであるが、そこを1つのアピールポイントにするのは当然である。大規模なデータセンターでは発熱量、消費電力、電気料金が大きな問題となっているから、そこはアピールしなければならない。

 しかし求められるのは、得られる処理性能に対する「電気代」と「場所代」(どれだけ狭い面積に詰め込めるか)だ。だから、低消費電力はそれらのファクタに関係する1つのパラメーターであって、モバイル向けのようにコアの低消費電力がそのまま「売り」につながるわけではない。それに対x86でならばまだしも、ARM同士の競争になった場合には、それほど差がつかないだろう。

 現時点では、詳細な資料が手に入るわけではないので、断片的な資料から推測するしかないのだが、この会社の技術的な「売り」のポイントは、メモリの接続構造にあるようだ。

 実際、サーバ向けのプロセッサチップでは、チップ上の複数コア間だけでなく、複数コアを搭載したチップ間でメモリをシェアし、高速にデータを転送するために非常に高速な接続技術が多用されている。

 どこのメモリにどんなデータを置くか、ということでも性能が変わってくるから、ソフトウェア的なサポートも必須である。比較的安価なメモリで、性能がよく、使いやすく、かつ大容量のメモリサブシステムを構成できれば、システム全体のアドバンテージは大きい。これは近年のDRAMが、集積度、ビット単価、速度の面で年々の向上を期待しづらくなっている、ということと表裏一体の関係にある。

 このAmpere Computingという会社の製品が、従来のサーバ向けプロセッサ製品の面目を一新するようなメモリサブシステムを提示できているのなら、それは大きなインパクトがあり、うけるに違いない。

Ampere processorのブロック図 Ampere processorのブロック図
今回Ampere Computingが発表したプロセッサは、メモリサブシステムに特徴があるという。図はプロダクトブリーフィング「Ampere 64-bit Arm Processor」より)。

 一応、評価機はすでに存在するようだし、2018年3月に行われる展示会にも出てくるようなので、そのうち実際の製品に関するレポートが出てくるのではないかと期待する。

 ただ、少々気になるのが、PDF版のプレスリリース文とWebサイト上の記述の「文言のわずかな違い」である。そこに若干のドタバタ感が感じられる。経営者や資本家としては、一日でも早く製品を販売したいだろうが、なかなか会社立ち上げ後の最初の製品となると、そうそうもくろみ通りにはうまくいかないのではないだろうかと思う。

 焦るとろくなことがない。どれだけまともなものをどれだけ早く出せるかお手並み拝見だ。さらに言うと、経営層の資本家寄りな感じや、Intelに近過ぎるところも要注意かもしれない。

 うまくARMベースのサーバの市場を立ち上げられたら、さっさと会社売却、売却先は近くの某大手半導体会社、などという未来のニュースが頭をよぎってしまう。うがち過ぎか、妄想か。

 しかし、Intelにしたら自身の大黒柱ともいえる、データセンターやサーバ向けに好きなようにアプローチさせておくとも思えないのだが。この会社が言っているような現状打破の逆転劇が見られるのかどうか。まだしばらくかかりそうである。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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