連載
» 2018年06月08日 05時00分 公開

久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(11):日本ハムファイターズの本拠地移転、本当の狙いとは?〜野球場とERPの意外な共通点〜 (1/3)

前回はサービスマネジメント=運用ではない! 新しいサービス、素晴らしい体験、新たな価値を創造する取り組みもサービスマネジメントそのものである! と述べた。今回は野球場を題材に、ビジネス革新へのサービスマネジメントの適用を一緒に考えてみたい。

[久納信之/鉾木敦司,ServiceNow Japan]

編集部より

 数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。

 これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。

 その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。

 著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この2人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。


日本ハムファイターズが球場を新たに作る

 今回は最近急速な進化を遂げている野球場(ボールパーク)を題材に、皆さんと一緒にサービスマネジメントを捉え直してみたい。最初に述べておくと、筆者はボールパークは、もはやそれ自体がサービスであると位置付けている。

 皆さんもお聞き及びだろうか? 北海道日本ハムファイターズが札幌市のお隣、北広島市に新球場を建設し、ここを新たな本拠地球場とすると発表し、大きな話題となっている。

 日本ハムファイターズの本拠地札幌ドームと言えば、2002年日韓ワールドカップに合わせて建設された21世紀型ドーム球場だ、北海道という寒冷な気候の下でも、野球やサッカーといったスポーツや、コンサートなどの多種多様なイベントに活用できる素晴らしい建造物だ。私は日韓ワールドカップの時に実際に試合を見に行ったのだが、サッカーグラウンドのピッチを丸々ドームに出し入れできる仕組みになっていて、日光の下で育てられた天然の芝生の上で行われる試合をドーム内で見ることができ、大いに感動したことを覚えている。

 さて、この札幌ドームは自治体である札幌市の所有物なのだが、日本ハムファイターズと札幌市との間で今後を見据えて、その運営権や経営権についての交渉がなされたが、残念ながら合意に至らなかったと報道されている。ちなみに他の全てのパリーグ球団は本拠地球場を自ら建設、あるいは買収したり、自治体との交渉によって経営権を取得したりして、経営と運営を自前で行える状況にある。

 ではなぜ日本ハムファイターズをはじめとする全ての球団が、本拠地球場の経営権・運営権を手中に収めようとするのか? その理由は、一言で言ってしまえば来場するファンに新たな素晴らしい体験を提供するためだ。本連載「Think Big IT!」においては幾度となくビジネスが、モノからコト、つまりサービスへと急速にシフトしている、そしてそのサービスがどれだけ素晴らしいユーザー体験をユーザーに提供できるかが、ビジネスの主戦場となると述べてきたが、野球場こそまさにプロ野球ビジネスの主戦場となっているのだ。

 プロ野球の主戦場が野球場になるのは当たり前だろう? そう思われた読者も多いはずだ。どういうことか? 今やプロ野球球団が目指すビジネスモデルは、単にプロレベルの野球の試合を見せて、その対価を得るという枠組みを飛び越え、野球場(ボールパーク)という空間が提供する総合的なコト、すなわち素晴らしいユーザー体験に対して喜んで対価を支払ってもらうことをもくろむモデルに急速にシフトしている。

 例えば、ネットを通じたファンクラブの運営や、ファンクラブメンバー向け特典プログラム、チケットの販売が手のひらの上で(=スマートフォンで)明朗完結する。そして、チケットはLINEで届く。もはや窓口やコンビニへ出向いて紙のチケットを受け取る必要なんてない。そのまま球場に向かえばよいのだ。そこにはスピード、透明性、完結性がある。

 加えて、最寄りの駅やホテルや駐車場の利用、そして野球場に近づいていく通路が新たな体験ができるように設計管理されている。人の流れがさまざまなイベント、ダンスショー、トークショー、抽選やミニゲーム、ファンクラブデスクや球団直営売店へとつながっていくようになっている。野球の試合を見る前、野球場に足を踏み入れる前に、すでに雰囲気を十分楽しみ、もう一度この空間に来たいと思わせるような工夫が施されている。

 入場後は、無線技術とスマートフォンを活用した座席への自動誘導サービスが稼働している球場もある。主役である野球観戦には、昔の野球場と比較すると、ファールグラウンドが縮小され、よりグラウンドや選手に近い観客席(いわゆるフィールドビューシート)が用意されているし、試合途中の攻撃と守備の交代時にはテレビ中継カメラがファン(カップルが多いが)を映し出してお楽しみを演出する。試合後には選手と直接触れ合う機会も用意されている。

 観戦中の食事事情にも進化が見られる。スマートフォンであらかじめ注文することで、売店での行列の待ち時間をなくす工夫や、好きな銘柄のビールを自席まで届けてくれるなど、飲食の売上を確保しつつ、観戦を妨げない工夫を施す球場が増えている。

 そして試合が終わるとグラウンド(俗にいうダイヤモンド)が解放されてファンがゲームイベントを楽しむことができるのだ。プロ野球の球場のグラウンドへ降りてベースランニングを体験したり、ベンチで記念撮影をしたりと、選手と同じ目線で観客席を眺める感激はひとしおだ。

 このような一連の総合体験がファンに対して、「ボールパークに行くだけで楽しい、また行きたい」と感じる体験を提供してくれる。そしてファンの心を釘付けにして多くのファンクラブ会員や来場リピーターを増やすわけだ。

 今ではファンクラブに所属して優先枠を利用しなければ良い席の購入が難しいくらいに人気が高まっている。そうなのだ、もう単純に試合を観せるだけではファンを増やすことはできないしビジネスとしての収益を上げることができない。

 さて、自前で新たに球場を建設することを決めた日本ハムファイターズの話に戻ろう。日本ハムファイターズの観点からすると、球場の経営権や運営権がなければ、思い通りにファンに価値ある体験を提供することができないのだ。自治体の球場では観客席やディスプレイなどの改造や変更は勝手にできない。自治体が固持するさまざまな制約の下では売店の選定や配置、広告なども思い通りにはできない。

 従って、来場するファンに対して魅力的な体験を創造して提供することはできないし、継続的に改善を重ねてどんどん新たな体験を創造することもできないわけだ。今日継続的に新たな体験や価値をサービスとして提供していかなければ球団経営というビジネス競争に負け、収益を上げられず選手の年俸原資が不足してスター選手の確保もままならず試合にも勝てず、球団もチームも弱体化し、結果として応援するファンが減っていくという悪循環に陥ってしまうことになる。なので、日本ハムファイターズは自前の球場を建設する決断に至ったわけだ。

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