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» 2018年07月27日 05時00分 公開

頭脳放談:第218回 Intelが買収した「eASIC」ってどんな会社?

Intelがまた会社を買収した。「eASIC」という少々特殊なASICを扱っている会社だ。そもそもASICって何? eASICのアドバンテージはどこにあるのか、を解説する。

[Massa POP Izumida,著]
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 Intelがまた会社を買収したようだ(Intelのプレスリリース「Intel to Acquire eASIC - Adding to Our Programmable Solutions Talent and Capabilities」)。買収された会社は、同じシリコンバレーにある。Intel本社から目と鼻の先と言っていい「eASIC(イーエイシック)」である。eASICは、「その業界」では一応名の通った会社であるし、創業は20世紀末にさかのぼるから、ポッと出のベンチャーでもない。

 しかし、eASICという社名を言われてピンとくる人は、実際それほど多くないだろう。この会社を一言で説明すれば、「社名の一部になっている『ASIC』と普通の『FPGA』の隙間で商売してきた会社」である。そう説明しても、多分若い人にはあまり理解されないのではないかと思う。何といっても、このごろは「ASIC」というもの自体が理解されていない気がするからだ。

 私事で恐縮だが、業界に入り、下っ端で配属された初めてのプロジェクトは8bitのマイクロコントローラーだった。以来数十年をマイクロコントローラー、マイクロプロセッサなど、日本式に言えば「マイコン屋」でやってきた。けれど、ほんの一時だったが「ASIC屋」も経験したことがある。中間管理職だったので自分でASICを設計することはなかったが、同じ半導体業界といえ、マイコン屋とは「心の持ちよう」の違いにビックリしたものだ。

 今にして振り返れば、一度は世界を席巻した日本のASIC業界が落日を迎えつつあるころのことだった。日本だけでなく、当時のASIC業界では撤退する会社も多く、ほとんどのASICベンダーが苦境にあえいでいるような時期でもあった。外目に、eASICはそんなASIC業界の苦境の中に現れて、着々と地歩を固めて今に至っているように見える。今回のIntelの買収も、ASICの何が強みで、何か弱点であったのかを知らないとなかなか理解できないのではないかと思う。

 eASICをFPGAの会社に分類するか、ASICの会社に分類するかと問われれば、筆者はASICの会社の方に分類する。eASICの製品の基本的な回路構成はFPGAにごく近いものがあるにもかかわらずである。なぜならば、ビジネスについてのスタンス、言ってみれば「心の持ちよう」という点で根本的にASIC側なのである。

そもそもASICとは

 ASICとは何か、それは「お客が使い道を決め」、つまりは仕様を決め、多くは自ら設計をし(設計外注に丸投げというケースも多いが)、製造にかかわることだけ(これには設計の後工程でもある設計検証やテストなども含まれる)を半導体ベンダーにやらせて作ったカスタム(開発費をお客が負担し、該当のお客だけがチップを入手できる)半導体製品である。端的に言うと、ASICベンダーは自分が製造しているチップが「何者」であるのか、について関知しない。客の希望通りに作るのみ。

 FPGAだってお客が設計をするじゃないかと言われるかもしれない。しかし、FPGAの場合、汎用品であるFPGAのチップを買ってきて、お客がそれをプログラムしている。買ってきた製品の型番が同じなら、お客のA社もB社もみんな同じチップを使っていて、そのチップの仕様を決めたのはFPGAベンダー側である。当然、FPGAチップの開発費はFPGAベンダーが製品に広く乗せられているはずだが、チップを買うときに開発費を別途払えとは言われない。

 これに対してASICの場合、チップの仕様も用途もお客に責任がある。製造上の問題にのみ半導体会社は責を負う(実際にはいろいろ大人の問題もあるが)。そしてその製造にかかわる開発費としてお客が費用(多くはNREと呼ばれる。NRは「払い戻し不可の」という意味を持つ)を負担している。

 今のようにFPGAが登場する以前、世の中にはASIC製品があふれていた。家電製品、PC関連、制御など、基板の上にはASICが大量に存在していた。そしてそれらのかなりの割合が日本のASICベンダーの製造によるものだった。

 当時、日本の半導体業界が先端工場への巨大な投資に対応し切れず、後れを取るにつれて日本の地盤が下がった。ことASICについては国内国外に関係ない逆風も吹いてきた。「開発費」の高騰という問題である。

 例えば数百万円の開発費で10万個のASICチップを作れた時代なら、チップ単価に数十円の開発コストを乗せれば採算が合う。この程度であれば、小口や中小の案件でも幅広いASIC商売は成り立つ。だが、プロセスが微細化するにつれて、開発費は数千万から数億円といったレベルに高騰していった。

 なお、開発費の大部分は製造に使うマスク代である。先端プロセスのマスク(レチクル)は目の玉が飛び出る値段なのだ。こうなると数千万個といった製造規模か、金に糸目をつけない特殊用途でもないと成り立たない。つまり先端のASICを発注して採算をとれるようなプロジェクトのハードルがひどく上がってしまったのである。当然お客は激減した。

ASICとFPGA、それぞれの利点・欠点

 ちょうどこのころ、FPGAの商売が立ち上がりつつあった。FPGAのチップ単価はASICのチップ単価に比べれば非常に高かったが、開発費の支払いは不要だ。1個からでも購入できる。よって、試作に始まり、少量個数の量産など数量の少ないところからFPGAは使われ、ASICという選択肢は消滅していった。

 しかし、FPGAを使っている人はお分かりだろうが、ASICより不利な点も多いのである。まずは「フィールドでプログラムする」という、ある意味で本来の機能とは関係のない機能のために搭載しているロジックの量が半端ないのだ。そのため、全体のロジックの中で、「プログラミング」のためのロジックは最大80%(eASICの主張による数字)にも達するという。

 つまり、チップ単価がそれだけ増す(先端のFPGAなど1個数十万円、初物では3桁万円という話もある)、ということである。また、チップがその分電気を多く消費する(PC用のCPUやGPUと肩を並べる)、ということでもある。あるいは、余計な回路の分、性能が上がらない(CPUどころかGPUのクロックにも遠く及ばないことが多い)。「チップ単価」「消費電力」「性能」のあらゆる面で、ASICとFPGAでは、ざっくりした感触だが一桁くらい、特性によってはもっと違うこともある。だから、FPGAを使っているのだけれど、安く作れるならばASICに移行したい、というモチベーションは確実に存在する。

eASICはASICとFPGAの隙間を埋める?

 その大きな「ギャップ」を突いているのがeASICだ。概念としては「Structured ASIC」という分類になる。カスタム設計のためのマスクが必要なのは、従来型のASIC(スタンダードセル)と同様だが、数十枚を要する従来型に比べて、たったの1枚で済む。その1枚もメタル層間のVIAと呼ばれる層で他の微細さの際立つ層よりは緩い。たった1枚のカスタマイズだが、発注して製造してもらうという従来ASICと同じ工程を踏む必要がある。

 しかし、枚数が少ない分、コスト的および納期的なアドバンテージは大きい。また、プログラマブルなロジックを使っている点ではFPGAと同様だが、通常のFPGAがSRAMセルをプログラムに使い、またプログラマブルなスイッチを使って配線を接続しているのに対して、配線層そのものをカスタマイズしているためにこれらの余計なトランジスタは不要となる。FPGAに比べると回路規模も消費電力も減るのが、スピードアップできる理由である。

 反対に言えば、即書き換えできるFPGAに比べたら納期は長大で、一般的なASICに比べたら余計なものを積んでいるので回路規模も大きい。FPGAとASICのギャップが大きいからこそ存在できるジャンルであり、ギャップが狭くなったら押しつぶされる危険もある。

 このようなギャップを埋める会社をIntelは買ったわけだ。ご存じの通り、IntelはFPGAの大手「Altera」を買収し、今や押しも押されもせぬFPGAメーカーでもある。また、ASICのさらに先の形態ともいえる製造受託(ファウンダリ)ビジネスもやっていないわけでもない。どうして「間を埋める」必要があったのか、今後の動きをよく見極めるべきだろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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