日本企業特有の制約がある中で、いかにデジタルトランスフォーメーションに対応するか特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道(1)

デジタルトランスフォーメーションのトレンドが進展し、ビジネスはソフトウェアの戦いに変容している。こうした経営環境に対応するために、最初からテクノロジーに立脚してきたWeb系や新興企業とは異なり、既存業務、既存資産を前提に変化に対応しなければならない従来型企業は、どのような変革のアプローチを採ればよいのだろうか。

» 2018年09月10日 12時00分 公開
[@IT]

「改善」ではなく、「テクノロジーを前提に変革」できるか否か

 テクノロジーの力で新たな体験価値を生み出すデジタルトランスフォーメーション(DX)のトレンドが各業種で進展している。これに伴い、ビジネスは「ソフトウェアの戦い」に変容し、「人の力だけでは実現できないサービス価値」を企画する発想力、それを形に落とし込むスピードが差別化の一大要件となっている。

 特に昨今、各種メディアを賑わせているAIやブロックチェーンなどの事例はその象徴といえるだろう。コールセンターにおける顧客対応やECサイトにおけるレコメンドなど、膨大なデータを基に瞬時に適切な回答を提示し、ロイヤルティー、収益向上につなげるといった例は、まさしくテクノロジーの力あってのものだ。ブロックチェーンについても「改ざんが困難」「実質的にゼロ・ダウンタイム」といった特長を生かし、金融、流通、小売りなど、「取引」が関わるさまざまな業種への適用が進んでいる。

 こうしたDXの潮流が高まっているのは、一部Web系やスタートアップに限ったことではない。SOMPOホールディングスのコールセンター対応事例など、AIのビジネス活用事例は国内でも進展している他、ブロックチェーンについても2017年、みずほ銀行が実貿易取引の確実化・効率化の検証に乗り出すなど、その潮流は従来型企業にも着実に及んでいる。

 無論、社外向けのB2Cサービスにとどまらない。製造機器における故障の予兆検知、業務システムにおける障害やセキュリティ脅威の分析・対処、RPAとの組み合わせによる業務自動化など、社内業務においてもテクノロジーを使った変革が進んでいる。ビジネス/サービスの在り方、提供の仕組み、人々の日常そのものが、“テクノロジーを前提に”塗り替えられようとしているといえるだろう。

 その過渡期にある今、テクノロジーを使いこなす企業とそうでない企業の差は年々拡大している。特に、シンプルな単体のサービス開発ではなく、「タクシーの配車」「料金の決済」など複数のサービスを組み合わせて、「移動」という体験をより便利な形に変えたUberに象徴されるように、既存のビジネスプロセス/ビジネスモデルそのものを、「改善」ではなく、「テクノロジーを前提に変革」できるか否かが、勝敗のカギになりつつある。

 この点で、既存資産を持たない分、新たな取り組みに乗り出しやすい新興企業に対し、長年の間、自社を支え続けてきた既存ビジネス/既存システムを持つ従来型企業は、どのように変革に立ち向かうのか、存続に関わる課題を突き付けられているといえるだろう。

「速さと確実性を担保した」アプリケーションを開発するための2つのアプローチ

 ではそうした変革に乗り出す上では何が必要なのか。そのカギとなるのがAIやブロックチェーン、RPAなど全ての事例に共通する要件「スピード」だ。サービスが社内向け、社外向けかを問わず、「ニーズに応えるスピード」「体験価値を提供するスピード」など、どのようなビジネス/サービスについても、「速さと確実性を担保できること」がデジタル変革の条件となる。このためには、ビジネス/サービスを支えるインフラにもそれなりの仕組みが不可欠だ。

 これには大きく分けて2つの要件が求められる。一つは、「サービスをスピーディーに開発・改善する仕組み」だ。

 具体的にはCI(継続的インテグレーション)によりビルド、テストを自動化すると同時に、各種自動化によってCI/CD(継続的デプロイメント)のパイプラインを構築し、「速く作り、速く本番環境に提供する仕組み」が必要だ。これを実現するテクノロジーとして、Dockerなどのコンテナ仮想化技術、現時点ではKubernetesに代表されるコンテナ管理ソフトウェアや、それらを動かすPaaS基盤が不可欠となる。アプリケーションのアーキテクチャについても、機能追加、改善をスピーディーに行う上では、従来のようなモノリシックな構造ではなく、単機能のサービスを組み合わせて1つのサービスを構築するマイクロサービスアーキテクチャのアプローチを、アプリケーションの特性に応じて選択、採用する必要がある。

 とはいえ、アプリケーションは以上のように開発、改善にスピードが求められる、いわゆるSoE(Systems of Engagement)領域のものだけではない。一般的な企業にとっては、前述のように自社業務を支え続けてきた基幹系をはじめとするSoR(Systems of Record)領域の各種業務システムも存在する。これらも従来の静的な仕組みのままでは、現在の経営環境に対応することは難しい。

 そこで求められるのがもう一つの要件、「既存システムのクラウド移行」だ。これにより、インフラの運用を抜本的に効率化し、ビジネス要請に俊敏に対応できる仕組みへと変革することが不可欠となる。つまり、SoE領域とSoR領域、およびそれぞれに即した開発・運用スタイルに向けて、クラウドを軸に「現在の経営環境に応えられるスピードと柔軟性を担保できる仕組み」へ刷新する必要があるのだ。

安定・安全・信頼を確実に担保した状態で、いかに「スピード」を獲得するか

 だが、新興企業ではない一般的な従来型企業にとって、この既存資産のクラウド化がハードルになっている。もちろん基幹系を含めた全てのシステムをクラウドに移行するという選択肢もあるが、現実的には、データを外に出せないなどのセキュリティポリシーの問題、SLAの問題などもある。

 そこで各システムの特性を考慮しながら、「オンプレミスに残すもの」「パブリックIaaSに移行するもの」差別化につながらないシステムなど「SaaSやPaaSに置き換えるもの」を仕分けし、オンプレミスとのハイブリッド環境を築く必要があるわけだが、ベンダーやSIerに開発、運用を丸投げにする文化が続いてきた日本企業においては、各システムの特性を全て把握、整理できていないために、適切に仕分けをすることが難しい傾向が強い。これには技術的な問題だけではなく、たとえ仕分けができても、システムの特性に関わらず常に高度なSLAを求める社内エンドユーザーに“適切なSLAで納得してもらう”ための交渉が難しい、という問題も含まれている。

 一方で、従来型企業においてはクラウド活用自体に対するハードルもいまだに高い。セキュリティに対する懸念は一時よりも払拭(ふっしょく)されてはきたが、データガバナンスなどの社内制度上、パブリッククラウドを利用できないという問題もある。自社DCにプライベートクラウドを構築する方法もあるが、構築コストや運用ノウハウが課題になるケースも多い。

 一般的な企業にとって、長年の間、ビジネスの安定・安全・信頼を支え、自社が立脚してきたインフラを抜本的にトランスフォームすることは、決して容易なことではない。すなわち、既存業務/システムの安定・安全・信頼を確実に担保した状態で、いかに「スピード」を獲得できる仕組みへと変革するか――これが一般企業における大きな課題の一つだ。

制約がある中で、SoR領域とSoE領域の連携をどう実現するか

 問題は技術面だけではない。SoRを中心とした既存システムのクラウド移行は一般的な企業にとって大きなハードルとなっているが、その一つの背景ともなっている「IT活用に対する日本企業のスタンス」の問題もある。

 SaaS、IaaSを中心にクラウド活用自体は浸透しているが、活用の目的は「コスト削減」にあることが一般的だ。だが既存システムをクラウドに単純移行しただけでは、大幅なコスト削減は難しい。換言すれば、「クラウドというインフラにコスト削減効果を丸投げ」してしまうのではなく、「業務をどう改善したいのか」「どのようなビジネス価値を生み出したいのか」といった目的を基に、その実現手段としてクラウドの適用方法を主体的に考えなければ、そのメリットを十分に引き出すことはできないのだ。こうしたITに対するスタンスをどう変えていくか。

 また冒頭で述べたように、DX時代と呼ばれる経営環境に対応するには、全社的なビジネスプロセス、ビジネスモデルの変革が必要だ。つまり、以上のようなSoEとSoR、両領域の業務とシステムを連動させて、全社的に変革を推し進めていく必要がある。

 だが、例えばDevOpsやアジャイルのアプローチでSoE領域のアプリケーションを開発していても、全社的ではなく一部の局所的な取り組みに終始し、実ビジネスとしては成立していないケースも多い。例えばAIを使ったサービスを立ち上げようにも、必要なデータが既存システムのどこにあるのか分からない、データはあっても既存システムとの安全な連携が難しいといった例も目立つ。

 DXに向けて全社レベルで競争力を高めるためには、SoE領域とSoR領域、それぞれの担当者が会社としての1つの目的=ビジネスゴールを見据え、互いの領域のノウハウ、知見を理解、共有し合いながら、全社プロジェクトとして主体的に取り組むことが求められる。しかし現在は、SoEとSoRの足並みがそろっていないケースの方が多いのが現実だ。こうした“新たな価値”を生み出す上での課題をどう解決していくか――。

 とはいえ、いかにハードルが高くとも、市場環境が待ってくれるわけではない。すでにディスラプションは各業種で起こっており、テクノロジーの力を使いこなせるか否かが、新たなゲームルールとなっている。では、予算や人的リソース、ノウハウに制約がある中でも、既存業務/システムの安全・安心・信頼を担保しながらクラウド移行を果たし、スピードや変化対応力が必要なSoE領域の業務/システムとともに価値を生み出していくためにはどうすればよいのか――――そのために不可欠な取り組みや仕組みを明確化しながら、日本企業にとって実践可能な“変革の現実解”を探るのが本特集の目的だ。ぜひ参考にしてほしい。

特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道 〜“他人事”ではないDXの現実解〜

テクノロジーの力を使って新たな価値を創造するデジタルトランスフォーメーション(DX)が各業種で進展している。だが中には単なる業務改善をDXと呼ぶ風潮もあるなど、一般的な日本企業は海外に比べると大幅に後れを取っているのが現実だ。では企業がDXを推進し、差別化の源泉としていくためには、変革に向けて何をそろえ、どのようなステップを踏んでいけばよいのだろうか。本特集ではDXへのロードマップを今あらためて明確化。“他人事”に終始してきたDX実現の方法を、現実的な観点から伝授する。




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