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» 2018年10月30日 05時00分 公開

AI、IoT、ロボットの導入で小売業はどう変わる?:データを活用した「接客」の進化を目指すパルコが6年間で考えたこと、変えたこと

アイティメディアは、2018年9月26日に秋葉原UDXで「AI/ディープラーニングビジネス活用セミナー ビジネス価値は、データに宿る」を開催した。本稿では、パルコ 執行役 グループICT戦略室の林直孝氏による特別講演の内容をダイジェストで紹介する。

[柴田克己,@IT]

 あらゆる業種、業界で「AI」「機械学習」「ディープラーニング」といった技術をビジネスに適用する動きが加速する中、着実に成果を上げている企業と、そうでない企業との間には格差も生じ始めている。では、実際の先進企業は、これらの技術をどのようにビジネスへと取り入れ、新たな価値を生み出すことに挑んでいるのだろうか。

 アイティメディアは、2018年9月26日に秋葉原UDXで「AI/ディープラーニングビジネス活用セミナー ビジネス価値は、データに宿る」を開催した。本稿では、パルコ 執行役 グループICT戦略室の林直孝氏による特別講演の内容をダイジェストで紹介する。

チャネルシフトの進む小売業界でパルコが目指す「顧客コミュニケーション」の改革

パルコ 執行役 グループICT戦略室 林直孝氏

 EC事業者の参入でビジネス環境が急速に変化し、競争が激しさを増す小売業界。「AI、IoT、店舗のメディア化 データで接客効果を最大化するために、パルコが変えたこと、目指すこと」と題した林氏の講演では、「PARCO」「ZERO GATE」など多数のショッピング施設を国内外で展開するパルコが、「データを生かした顧客とのコミュニケーション改革」にどのように取り組んでいるのかが紹介された。

 林氏は、パルコにおける具体的な取り組みの紹介に入る前に、その前提となっている小売業界の「チャネルシフト」について説明した。これは、消費者が商品を「選択」「購入」する段階で、事業者側が「オンライン」「オフライン」のどちらのチャネルを提供できるかといった話だ。現在は、従来の「オンライン小売事業者」が「オフライン」へ、実店舗を持つ事業者が「オンライン」へと、それぞれにチャネルを拡大する「チャネルシフト」が起こっているという。

 例えば、Amazon.comが米国で展開しているリアル店舗「Amazon Books」は、これまでオンラインで完結していた「購入」のチャネルをオフラインへと拡張したもの。無人型店舗「Amazon Go」は、購入(決済)部分をオンラインに残し「選択」「購入」の両方をオフラインのチャネルへと拡張する試みといえる。この流れで、商品注文ボタンの「Amazon Dash」や、スマートスピーカー「Amazon Echo」なども、これまで顧客がWebサイト上で行ってきた「選択」「購入」の一部をオフラインへシフトさせるためのデバイスと捉えることができる。こうした動きは、Amazon.comに限らず中国の「アリババ」なども進めており、オンラインで蓄積された「個客」のデータに基づいた、チャネルの「オフラインシフト」を加速させているという。

 一方、これまで「オフライン」、つまり実店舗で事業を行ってきた小売事業者にも、データに基づく「オンラインシフト」を展開できる余地はある。林氏が例として挙げたのは、全国で展開するスーパーセンター「TRIAL」の取り組みだ。2018年に開店した福岡の新店舗では、ショッピングカートに取り付けたタブレット型端末や、売り場に設置されたカメラを通じてデータを取得し、「選択」「購入」時の動向を理解したり、適切なレコメンドを行ったりといったことに取り組んでいる。林氏は「こうした取り組みは『店舗のメディア化』と呼ぶこともできる」と解説した。

「オフライン」を起点に段階的に進められてきたパルコのチャネルシフト

 このような市場状況を背景に、「オンライン事業者が、『オンラインを起点に獲得したデータで行っている個客理解』に基づいて行っているチャネルシフトを、パルコでは『オフライン』を起点に行っていく戦略を採っている」と林氏は言う。

 データに基づいた個客理解の最終的な目的は「個客への適切な商品、サービスの推奨による買い上げ率、買い回り率の向上」と「出店テナントに対する高度な需要予測の還元」だ。この目的を達成するために積極的にテクノロジーを取り入れ、オフラインとオンラインの双方で「接客」の拡張を行ってきた。

 例えば、Webサイトやスマートフォンアプリの展開、IoTをベースとした売り場での個客行動のデータ化、商品・在庫・購買情報のデジタル化といった取り組みがそれに当たる。それぞれで得られたデータを統合し、AIなども活用した分析を行うことで、接客の質を向上させるための知見を得るというわけだ。

 「お客さまのニーズと、テナントの商品や在庫情報とを、ネットとリアル双方の個客データを基に適切にマッチングできる『デジタルSCプラットフォーム』を実現していくことを目指している」

 この「デジタルSCプラットフォーム」実現に向けた取り組みは、これまで段階的に行われてきた。例えば初期には、テナントショップが無料で利用できるWebサイトを用意し、そのブログ上で商品情報やキャンペーン情報などをショップが自由に発信できる環境を整備。さらに、ブログ内で紹介された商品情報に「購入」ボタンを設置することで、ブログ上から直接購入できるようにした。これが同社が現在展開しているショッピングサイト「カエルパルコ」のベースとなった。

 これを発展させる形で2014年10月にスタートしたのがスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」だ。POCKET PARCOでは、ユーザーがよく訪れる店舗や、お気に入りのショップブログなどを登録できるようになっている。これによって、「個客が来店前にどんなブログを見て、どんな商品に関心を持ったか」「実際に、その行動が購買に結び付いたか」「購入後の満足度はどうだったか」といったデータまでが分析可能になった。一方で、「ブログ記事のクリップ」「店舗へのチェックイン」「購入」「購入後の評価」といったアクションをユーザーが行うごとに、店舗で利用できる割引券などと引き換えができる「コイン」(ポイント)が加算されるポイントシステムも採用。ユーザー側のアプリ利用に対するモチベーションを高めている点も大きな特長だ。

 POCKET PARCOで取得した個客行動に関するビッグデータは、AIで分析している。最もシンプルな分析結果の活用例は、ブログフィードのレコメンデーション精度の向上だ。ユーザーごとにパーソナライズされた情報を提示することで、来店率、買い上げ率双方の向上に寄与しているという。

 また、最近実装した機能のうち効果が高かったものとして「PARCO WALKING COIN」が挙げられるという。これはユーザーが店舗へ来店した際にチェックインを行いスマートフォンの歩数計機能と連携させるもの。店内を歩いた「歩数」によってコインを獲得できる仕組みだ。

 「店内回遊が増加することで、WALKING COINに参加するユーザーは、参加していないユーザーと比較して、買い回り店舗数が約2倍、客単価が約1.2〜1.3倍高くなる効果が出ている」

 POCKET PARCOで取得されるデータは、店舗内での買い物の最中にも購買率の向上につながる形で活用されている。パルコの各店舗では、ハウスカード利用者向けの企画を展開しているが、POCKET PARCOのユーザーに対しては同時に「登録カードでの1万円以上の購入で500円の優待クーポンを進呈する」キャンペーンを行った。キャンペーン期間中にカードで1万円未満の買い物をしたユーザーに対し、即座にPOCKET PARCOを通じてキャンペーン内容をプッシュ通知。こうすることで「全配信対象者の約半数が通知後に追加で購買を行った」「通知後に購買に至ったユーザーは平均約3回の買い回りを行った」などの結果が出たという。

 「リアル店舗においては、最も効果が高い時にお客さまに対してアクションを起こすことが重要になる。その意味で、購買直後のタイミングを取得することが非常に大事だということが、このキャンペーンで得られたデータから分かった」

 購入後には、ポイント付与の通知と同時に、商品や接客の満足度についてユーザーが評価する機能も実装している。「ユーザー満足度が高ければ、リピート率も高くなる」という相関関係がデータにも表れていたことから、「テナントに対し、売り場での接客の重要性を数値的な裏付けとともにアドバイスすることが可能になった」。

 また、評価とともにユーザーが任意で記入するコメントについては、各テナントがWeb上の管理画面から参照することもできる。これも売り場や接客を改善するヒントとして活用しているという。

IoTやロボットの導入で「個客が見えない」問題の解決に挑む

 パルコにおける「チャネルシフト」の取り組みは、このような形で成果を挙げている一方、オンラインを起点とする事業者と比較した場合に、現状では解決の難しい課題が2点あるという。

 1点目は、非ID顧客、つまり「POCKET PARCO」アプリを利用していない顧客の、店舗内での行動がほぼ把握できないこと。2点目は、各テナントの商品情報、在庫情報をパルコ側が持っていないため、それらの情報を個客の行動データと結び付けた分析やレコメンドができないということだ。パルコでは、これらの課題解決策を「IoT」や「ロボット」に見いだそうとしている。

 IoTについては、非ID顧客の店舗での行動、行動要因のデータ化に取り組んでおり、2017年11月にオープンした「PARCO_ya(パルコヤ)上野」において既にスタートしている。同施設内の各ショップに導入したカメラを通じて、来店人数カウントや顔認識による属性推定を行い、時系列、男女別、年代別の入店客数分析を行っている。

 このデータを、日々の売上、レジ客数、買い上げ率の変化といったデータとともに可視化し、テナントに提供している。テナントでは、このデータをスタッフの人員配置や売り場作りの見直しに活用できるという。また、経済産業省などが2018年3月に行った「カメラ画像」の利活用に関するガイドブックの改定に基づき、今後はこれらのデータをリピート分析などにも活用していく計画だ。

 ロボットの活用は2015年からスタート。当初は外国人客への対応を含む接客補助としての役割が主だったが、2016年度には東京都立産業技術研究センターなどとの共同研究開発事業として、多機能ロボット「Siriusbot」を開発。開店時には情報端末として「接客」を行い、閉店後にはRFIDを読み取り各テナントショップで「棚卸し」の補助を行わせている。こちらは池袋PARCO、名古屋PARCOで実証実験を行い、改良を進めているという。

 こうした多機能ロボットについては、まだ実証実験を繰り返している段階で本格的な導入には少し時間がかかる。パルコでは、よりスピード感を持って導入できる接客補助デバイスとして、スマートスピーカーやタブレット型サイネージの店舗導入も進めている。これらのデバイスでは、インフォメーションカウンターにおけるFAQを中心とした約600の項目について、来店者からの質問に回答できるという。

 デバイスを通じて来店者に回答した質問についても、分析、可視化を行っている。例えば、店舗やデバイスの設置場所によって、来店者の質問内容にも傾向の違いが見えてくるという。それを吟味することで、情報提供のスタイルを、その店舗、場所に訪れた顧客にとってより有意義なものへと改善する取り組みを行っているそうだ。

オムニチャネル時代のSCは「セレンディピティセンター」に

 顧客コミュニケーションの改革を目指して、パルコに「Web戦略プロジェクト」が発足したのは2012年のことだった。それから約6年の間に「Webコミュニケーション部」「Web/マーケティング部」「グループICT戦略室」と組織内での形を変えながら、同社では「データ活用」のスタイルも、同時に進化させてきた。

 林氏は、この間に自身が行ってきたことは「仕組み(システム)づくり、組織づくりの提案」「それに必要なパートナーの選定(および採用活動)」「投資、運用経費の計画策定」であり、そのためには「社内、社外、国内、海外での人脈づくり(ネットワーキング)」が非常に重要であったと振り返った。

 「Amazon Goのような、オンラインからオフラインへのチャネルシフトは、検索性の高さや決済が簡単といったECの特性を、オフラインでも体験可能にしている。パルコは、オムニチャネル時代のサービスとして、ECの持っている『楽・得・即』といった特性に加え、人の強みを発揮できる『接客』を進化させることで、お客さまの満足度をさらに高めていきたいと考えている。本来、接客はお客さまと商品やサービスとのセレンディピティ(偶然の出会い、予想外の発見)を促すクリエイティブな仕事。ショッピングセンターを意味する『SC』という略称が、『セレンディピティセンター』を表すものに変わっていくことを目指して、今後もデータ活用の取り組みを進化させていきたい」

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