俺、コンサルタント。準委任だから品質には責任持ちません「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(61)(3/3 ページ)

» 2019年01月07日 05時00分 公開
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東京地方裁判所 平成22年9月21日判決から(つづき)

本件新システムの構築に当たっては、本件旧システムの機能を基本的に踏襲することが、業務分析、要件定義および開発管理の3フェーズから成る本件コンサルティング契約を通してのコンサルティング会社の債務の内容となり、コンサルティング会社は、本件旧システムの機能の変更、または削除をする場合にはユーザー企業の同意を得る必要があった。

本件教室管理システムは、ユーザー企業の業務フローそのものに関わる重要な事項について本件旧システムの機能を踏襲しておらず、コンサルティング会社が、そのことについてユーザー企業の同意、または承認を得ていたものと認めることはできないから。コンサルティング会社が本件コンサルティング契約における債務の本旨に従った履行をしたものと認めることは困難である。

 裁判所はコンサルティング会社の訴えを退けた。

コンサルティング会社の説明義務

 本判決には、注目すべき点が幾つかある。

 まず、裁判所は「現行機能を新システムで実装しないことについて、コンサルティング会社はユーザー企業に説明する責任があった」としている。前述の通り、実際のコンサルティングの場面では、全ての機能の取捨選択について必ずしも説明することは少ない。しかし裁判所は、「業務フローそのものに関わる重要な事項について」は説明する責任があるとした。システムの機能に関する要件はさまざまだが、「ユーザーの通常業務に影響を及ぼすような事柄」については、きちんと説明すべきとの判断だ。

 もう一つ注目すべきは、そもそも裁判所がこの案件を準委任契約とは見なしていないという点だ。

 裁判所はコンサルタント会社の成果物の「質」について判断しており、コンサルタントたちの作業「時間」などについては言及がない。コンサルタント会社側の訴え方にも影響されたのかもしれないが、本件でユーザー企業が求めていたのは、単なる改善提言や要件定義書だけではなく、それに引き続いて行われたシステム開発の結果、新しい業務を実現することであった。

 大きなシステム開発の一部としてのコンサルティング業務は、結果の正確さ、詳細性、網羅性がシステム開発の成否に直結する。そのため、成果物の「品質」にも責任を持つ必要があり、本契約は準委任より請負と捉えることが妥当である――そんな裁判所の考えが透けて見える。

大切なのは「形式」よりも「実態」

 裁判所は、「どうすればユーザー企業が円滑にシステム開発を含む業務改善を進められたのか」「それがなぜうまくいかず、その責任はどこにあるのか」を検討して判断を行った。

 通常のコンサルティング業務であれば、網羅性や詳細性はそこまで問われないが、システム開発に直結するのであれば、ユーザーとの確認も含め十分に行わなければならない。それは専門家であるコンサルティング会社だからできることであるし、その段において、準委任契約か請負契約かという、契約書の形式に関する検討は劣後させ、実質どのような作業を行ったか、行うべきだったかを考えた結果が、判決になったのであろう。

 以前もお話ししたが、裁判所は、周囲から思われているほど形式主義ではない。コンサルティングだから準委任契約。準委任契約だから成果物の品質に責任は負わない、などという単純な切り分けはしないし、それは実際の開発現場でも大切な考え方である。

 大切なのは、目的を達成するために誰が何をするのか、できるのかという観点で作業分担や責任、あるいは成果物の品質水準を定めることである。

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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