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私を救ったあの日の言葉田中淳子の“言葉のチカラ”(2)

悔しい出来事があって、会社で泣いてしまった田中さん。彼女の気持ちを楽にした先輩のひと言とは――

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田中淳子の“言葉のチカラ”

涙の新人研修

 私は新人時代、かなりの落ちこぼれだった。

 新人研修はコンピューター技術のかなり深いところまで学ぶプログラムで、文系出身の私はどんどん理解できなくなっていった。人生において前にも後にも、あれだけ「何が何だか、まったく分からない」という経験をしたことはないほどだ。

 講師は、配属予定先の部門の先輩が担当してくれた。先輩は落ちこぼれの私を何かと気に掛けてケアしてくださったが、私の「何が分からないかが、分からない」という状態や気持ちまでは理解できなかったようだ。どこまでかみ砕かれても理解できないのだ。要はセンスがなかったのだと思う。ある時、そんなダメダメ新人の私に先輩が冗談で「バカ!」と言った。同期が全員そろっている席でだ。

 「本当にその通りだ」と思った。そうしたら自分の状況に腹立たしくなり、目から大量の涙が出てきた。

 職場で泣くなんて最低である。それは分かっていたのだが、一度決壊した涙腺はすぐには修復できないもので、止めどもなく涙があふれてくるのだった。仕方がないので、トイレに行き、涙が収まるのを待ったのだが、心境をうまく説明できず、いつまでもうじうじしていたことを覚えている。

 その後も何度か、職場で泣いた。自慢しているのではない。恥ずかしいことだと分かってはいる。でも、悔しいと思って踏ん張った瞬間に、どこかの配線がつながり涙が出てしまうのだ。

諭すでも慰めるでもなく

 中堅と呼ばれる年齢になっても、泣いたことがある。

 あれはたぶん、20代後半だったと思う。ある日上司から会議室に呼び出され、何事かと思ったらお説教だった。

 「田中さんはリーダークラスなんだから、もっと後輩に対してきちんと指導をしていかなければならない」といった話から始まり、心当たりのあることやないことが1時間以上、ずーっと続いた。

 一部は「なるほど」と思ったが、大半は当時の私にとって理不尽に思える内容だった。歯を食いしばって聞いているうちに、とうとう涙腺が決壊した。「泣いてはいけない、泣いては負けだ」と思えば思うほど、涙が流れてくる。上司はそれでもまだ話をやめない。

 ようやく区切りがついて自席に戻ったのは、20時くらいだった。残業している先輩が何人かいて、私が会議室に入ってから出てこないことも知っていた。

 席に戻った私は明らかに様子が変だったのだろう。先輩の1人が突然、こう言った。「みんな軽く飲んでいかない? 田中さんもどう?」

 私への思いやりから出た発言だと感じ、ありがたくついて行くことにした。乾杯後、先輩たちは当たり障りのない話をし、私に何があったのか聞き出そうとしなかった。居心地が悪くなった私は、自分から説明した。「かくかくしかじか、こういうことがあって、恥ずかしながら泣いてしまった。職場で泣くなんてカッコ悪いし、ルール違反だ。恥ずかしい。ごめんなさい」。そんなことを言ったと思う。

 すると、先輩の一人がこう言ったのだ。「そうかなー。俺も泣いたことあるよ。悔しくて。泣くことあるよなあ、男だって」。すると他の先輩も「うん」「あるある」「あった」と応じた。

 その時、すーっと楽になった。

 ビービ―泣くのはカッコ悪いし、職場では絶対にしてはいけないことだと思っていた。しかし、「俺も泣いたことあるよ」とみんなが言ってくれた。

 「泣くな! みっともない」と諭すのでもなく、「まあ、気にするな」とか「大丈夫?」と慰めるのでもなく、涼しい顔で「俺もあるよ」と平然と言われたことに、私は救われたのだ。

 先輩たちが本当に泣いたことがあるのかどうかは分からない。

俺も泣いたことあるよ。

いいんじゃない?

そういうことも、たまにはあるよ。

おかしくないよ。

 そう言ってもらえたことで気持ちが落ち着いた。上司の叱責に対しても、心当たりのあることはちゃんと受け止めようと思えた。前向きな気分になり、翌日までネガティブな気分を引きずらずに済んだ。

泣いた後輩への接し方

 もちろん、その時も今も、泣くのが良いことだとは思っていない。しかし、あまりに悔しくて、あまりにふがいなくて涙腺が緩むことは、誰だってあるだろう。理不尽な思いをしたり多大なる誤解を受けたりした時など、老若男女、誰しも泣けてくることはあるに違いない。

 「後輩が泣いて困る」「部下がよく泣くので指導しづらい」という声を聞くことがある。「そういう時、どう対処したらいいのだろう?」「泣かれたら謝った方がいいのだろうか」と相談を受けることもある。

 泣いている本人もカッコ悪いと自覚しているものだ。単に、一度出始めた涙が止まらないだけだ。だから、慰められたり、諭されたり、ましてや謝られたりすると、余計にどうしようもなくなることがある。そもそも、上司や先輩がした指摘自体は至極まっとうで、謝る必要がないケースも多いはずだ。

 こういう時は、気にせず放置しておくに限る。しばらくしたら、また話の続きをすればよい。

筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」も好評連載中。

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!



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